恋からはじまる文筆活動

紗久間 馨

書くきっかけになった人

 私が書くことを始めたのは、今から二十数年前の中学生の時だ。記憶を辿ると後悔や羞恥のあまりに叫びたい衝動に駆られる。

 きっかけを単純に言うと、読書好きな人に恋をしたから。書いた文章でその人に認められたいと思った。


 私が恋したのは、通っていた中学校の男性教員だ。教師一年目で十歳の年齢差があった。

 失礼な話だが、好みのタイプでないのにどうして一目惚れしたのか、今の私には謎である。一つ思い当たるとすれば、眼鏡がよく似合っていたということ。瞬間的に恋に落ちていなかったとしても、きっと時間とともに恋心を抱いたと思う。

 立場と年齢、全てにおいてアウト。とても苦しかった。


 先生は授業で本を紹介することが多く、いつしか私も文章を書きたいと思うようになった。先生の心に刺さる言葉を綴れば、私に好意を寄せてくれるのではないか、と。閉じ込めた感情を何かにたとえて放出させる詩みたいなものから書き始めた。


 作品のいくつかは発表したことがある。

 私が中学生の頃、ガールズバンドやヴィジュアル系バンドが流行っており、学校内にコピーバンドを組んでいる人もいた。

「曲を作ったんだけど、誰か歌詞を書いて」

 ベースを弾く同級生が言うのを聞き、私は「書いてみたい」と手を挙げた。カセットテープを繰り返し再生して書いたのを覚えている。完成した曲は、全校生徒が集まる学校行事のステージで披露された。

 その歌詞は私の手元に残っていない。大人になって読み返した時、恥ずかしくなり処分した。まだ持っているバンドメンバーはいるかもしれないが。誰も覚えていなければいい。


 先生にとって私は生徒の一人であり、努力したからといって特別な存在になれるわけなどない。

「先生のことが好きでした」

 告白したのは卒業してからのことだ。ずっと気持ちを抑えていたのに、暴走してしまった。もう会うことなどないし、気持ちを伝えてもいいのではないか。急に寂しさが押し寄せて、勢いだけで動いてしまった。

「ごめんね。今は仕事が忙しくて、そういうことは考えられないんだ」

 わずかな期待を残すような言葉で振られるならば、好意がないとはっきり言ってくれるほうがいい。しかし、たぶんあれは先生が自身を守るための言葉だったのだろうと、今になって思う。教師になるという夢を叶えた人になんて酷いことをしたのだと、己の浅はかさを恥じている。


 高校生になっても書き続けた。恋心は徐々に消え、先生を好きになって始めたことは、私の好きなことになった。

 高校時代は詩を書くことが多く、大学時代はサークルで脚本を書いたりもした。良い評価を得られた作品はほぼないが、逃げたくなるほど恥ずかしい記憶は多い。


「いつか上手く書けるようになったら」

 大学卒業後はそんな言い訳をして書かずにいた。書ける状態でなかったこともあるのだが。

 書かなければ「いつか」なんて永遠に来ない。と、ふと思った。だから今、稚拙な文章しか書けなくても私は投稿している。後に黒歴史になる可能性はあるが、何もしないよりは一歩くらい前進している気がする。


 先生を好きになっていなければ、私は書く楽しさを知らずにいたかもしれない。黒歴史もまた私を作る要素の一つなのだと気づかされる。


 さて、今日も駄文を書き散らしていこうか。黒歴史を糧にできるほどの力を身につけるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋からはじまる文筆活動 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画