#7
ルナは何も答えなかった。
その時間があまりにも苦しく感じた僕の口は、次から次へと浮かぶ言い訳を吐こうと空回りする。
「……『ずっと』って、どれぐらい?」
やっと口を開いた彼女は目を合わせる様子もなくレタスをフォークで弄ぶと、「お待たせしました」と元気のいい店員がプレートを2つ抱えて現れた。
「お子様セットAになります」
差し出されたプレートを前に小さく手を挙げるルナが店員にはにかみ、コクリと頷いた店員によって手際よく熱々のオムライスが彼女の前に配膳される。そのまま静かに僕の目の前に置かれたハンバーグには、小ぶりの国旗が不服そうに湯気を上げて揺らめく。
「ルナに会ったあの日が、彼女の満1年の結婚記念日だった」
箸でハンバーグに切り目を入れながら僕が答えた瞬間、真向かいからカラカラン……ッと金属が弾む高い音が響く。
「い、1年?!」
落ちたフォークと響く声のお陰で店内の注目を集めていることにすら気付いていないルナは、両手をテーブルに突いて「本気で言ってるの?」と勢いよく身を乗り出して僕に詰め寄る。
「本気も何も、本当の事だし」
やれやれと手で顔を覆った僕はグルリと辺りを見渡してから、驚きが理性を上回ってしまった彼女に「声、デカイって」と口を尖らせた。
「……ごめん、つい」
苦虫を潰した様に渋い表情のルナは一度椅子の背もたれに踏ん反り返って天井を拝むと、ゆっくり上体を戻して「無いわぁ」と嗤う。
「つまり他の男と結婚した元カノを1年も引きずってあの状態だったってコトでしょ?……お兄さん重過ぎるって」
「なんとでも言え」
「そんなの、女なんて次の男ができたら上書き更新だよ?どうせきっとお兄さんのことなんて覚えてないって」
「煩い」
歯に絹を着せなさ過ぎる物言いに抉られた僕は子供じみた言葉しか返すこともできないまま、半分八つ当たりのようにルナを睨みつける。
「なんか心配して損しちゃったぁ。今にも死にそうな顔でお兄さんが歩いてたからアレって思ったけど」
戯けた口調のルナは落としたフォークを拾いながら楽しそうに笑うと、「男が思うほど、女って弱くないんよ」と小さな舌を出す。
「ウチは生きる為に好きでもない男とキスして、美味しくもないイチモツを咥えてお金にしてる。そうするしか生きられないと思ってやってるうちに、それがごく当たり前の作業になった──その彼女さんがどんな人かは知らないけど、きっと自分の違う道を歩むお兄さんが思い詰めてくたばるより、何処かで幸せに笑っている方が断然嬉しいと思う」
「……そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
ギュッと目を絞ってククッと笑い飛ばす彼女の笑顔は気持ちの良いほど清々しく、クヨクヨしていた自分まで同じように釣られて笑ってしまう。
「まぁでも、お兄さんのそーゆーとこ、ウチは好きだけどね」
「……夏樹」
「へっ?」
「『お兄さん』じゃなくって、『夏樹』だよ」
綺麗に半分になった小ぶりのハンバーグを箸で摘んで口に放り込んだ僕は、目をぱちくりと回すルナに飛び切りの笑顔を向けた。
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