第12話 コードネームNo.01
探索者協会ダンジョン研究所日本支部。
その建物は神奈川県の郊外にひっそりと建っていた。
その建物の一番奥の部屋にその女はいた。
暗い部屋だ。
ディスプレイの光だけが瞬いている。
見ているのは冴えないおっさんがドラゴンと戦っている動画である。
そのおっさんの名前は小田哲という。
「これは……もしかするかもしれない……」
女はポツリと呟く。
そして机に散らばった資料を手に取る。
資料にはダンジョンが生まれてからの歴史が事細かに書かれていた。
1999年7月に突然生まれたダンジョン。
その直後から街に魔物が溢れていく。
これを【第一次魔物災害】と呼び、世界中を混乱に叩き落とした。
しかし2000年7月16日。
つまりダンジョンが生まれてからちょうど一年後にパタリと魔物災害が収まる。
そして皆が知っているダンジョンの石碑に【01 > 2000/07/16】という表記が刻まれたのだ。
これがダンジョン最奥にある【世界樹の宝玉】の使用履歴だとすると、誰かが一年でダンジョンを攻略し、宝玉を見つけ、それを使って魔物災害を止めたということになる。
その人を探索者協会では暫定的に【No.01】と読んでいた。
しかしその人は今どうなっているのか。
どうやってダンジョンを攻略したのか。
宝玉にどんな頼みをしたのか。
それらの一切は今まで完全に不明瞭であった。
だが。
この男──小田哲は何かを知っているかもしれない。
魔物の特性を変えるスキルのようなものを持っていると女は予測していた。
それが正しければ、彼が宝玉を使用してそのスキルを入手。
その後、魔物たちがダンジョンの外に出てくるのを抑えたのだと推論できる。
魔物災害が起こってから二〇年以上が経過した。
人々はその恐怖を忘れ、挙句はダンジョン景気などと言って浮かれている。
ずっと恐怖に怯え続けろと言いたいわけじゃないが、現状の、ダンジョンを利用して経済が潤っていることに対する危機感のなさに、女は憂いを覚えていた。
いつしかしっぺ返しが来てもおかしくはないと思っていた。
「って、あれ? これは……?」
何度も動画を見返していると、気になる部分を見つけた。
スリープ・シープや【紅の月】のリーダーの異変が起こる直前、小田が空中に指を走らせているのだ。
何かを相殺しているようにも見える。
「何をしてるんだ……?」
スキルを使うときに、普通はあんな仕草はしない。
何か特別なものがあると見てもいいだろう。
それで疑惑から確信に変わった女は、スマホを取り出して知り合いに電話をかける。
「もしもし亜紀?」
「……なぁに? もう深夜よ?」
スマホのスピーカー眠たそうな声が聞こえてくる。
相手は亜紀。
女の幼馴染であり、到達階層五十六層。
日本有数のトップ探索者であり、日本の最大手クラン【彗星の踏破団】のクランリーダーだった。
「あの動画、見た?」
「あの動画……? ああ、あのおっさんのヤツね? はあ……いつも美優は説明不足なんだから」
亜紀は一瞬不思議そうにしたが、すぐに小田の動画に行き着く。
伊達に二十年以上も幼馴染をやっていないのだ。
ため息をついて少し愚痴った後、亜紀は研究者の女——美優に言った。
「あれ、なかなか不思議よね。あんなスキル私見たことないし。美優には心当たりあるの?」
「まあ一応。推測でしかないけど、小田……動画のおっさんはNo.01かもしれないわ」
美優が言うと亜紀は黙った。
声が聞こえなくなり、通信が切れたのかとスマホの画面を確認しようとして、その直前に亜紀の声が聞こえてきた。
「……それ、ホント?」
「おそらく」
「だってNo.01って言ったら、二十年近くも探し回って一切見当たらなかった探索者でしょ? 今では都市伝説とさえ言われている」
「そうね。でもスキルの種類や彼の特異性、そしてちょくちょく挟まれる見たことない仕草。状況的にはあり得ない話ではないわ」
再び聞こえなくなる声。
おそらく亜紀は混乱しているのだろうと、美優は予想をつけた。
「でも彼が今更出てきて、あんな低階層の動画を撮るってのもおかしな話だと思うけど」
「確かに意図は理解できないわね。でも彼しか知らない情報があるのかも」
確かにそれは否定できないわね、と亜紀は言った。
さらに続けて、私に何をしてほしいのかと美優に尋ねる。
「そうね。最善としては亜紀のクランに彼を引き込むことね。そうすれば関係性も築けるし、そこから信頼を得られれば、私たちでは知り得ない情報を引き出せるかもしれない」
「……う〜ん、流石にそれは厳しいかもしれないけど」
「もちろん強引な手を使うのは厳禁だからね。無理そうだったらすぐに手を引いて、ほかの接し方を考えていくつもりよ」
そうして二人してどう彼に接触するかを話し合った後、通話を切る。
美優は彼の動画に関する考察のメモと、亜紀と話し合った結果のメモをノートに書き込むと、さらなる情報を求めてネットに潜り、ついには小田の立てたスレの裏スレにまで辿り着くのだった。
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