第3話 帰宅
「グギャギャ! ギャギャ!」
目の前に三匹のゴブリンがいる。
棍棒持ちが一匹と素手が二匹だ。
首に紐でぶら下げた臭豆腐の袋に手をかける。
ゴブリンたちが様子見している今のうちに……。
「——くっせぇぇえええええ!」
チャックを開けた瞬間、激烈な匂いが鼻をつく。
嗅いだ瞬間から吐き出しそうだ。
しかしゴブリン顔を顰めるだけでいまだ健在だ。
まだ効かないのか。
そう思った直後、再び半透明の板が現れる。
――――――――――
『管理者権限Lv.1』を使用して『種族名:ゴブリン』に『弱点:悪臭』を付与しますか?
YES / NO
――――――――――
ちゃんと確認せずに勢いでYESを押す。
すると一瞬でゴブリンたちが昏倒した。
「よ、よしっ! 早く閉めないと……!」
気絶したのを確認すると急いで臭豆腐の袋を閉じる。
匂いの根源は消えたものの、残り香だけでもキツい。
「うぷっ……。は、はきそ——」
俺は嘔吐きながらもなんとか耐える。
しかし背後から激しい吐瀉音が聞こえてきた。
「オロロロロロロロッ!!」
ビシャビシャと吐瀉物が地面に吐き出される音がする。
まずい、誰かに迷惑をかけてしまったか。
そう思って振り返ると扇情的な鎧をまとった少女が地面に手をついて吐いていた。
「オウェッ! ウェッ!」
「えっ、ええと……なんか、すまん……」
俺は思わず謝った。
赤髪ポニーテールの彼女は四つん這いの状態で顔を上げ、こちらを涙目で睨んでくる。
「……くっ!」
そして少女は悔しそうに歯噛みして、再びうつむいた。
いや本当に申し訳ないことをした。
この歳にもなって女性の尊厳を踏みにじるようなことをしてしまうなんて。
申し訳なさに立ち呆けていると少女はプルプル震え始める。
その後、彼女は震える足で立ち上がって口元を右手の甲で拭うと、何も言わずに走り去っていった。
「う〜ん……あとでもう一度、ちゃんと謝らないとな」
しかし、いなくなってしまったものはしょうがない。
いま追いかけても迷惑なだけだろうし。
しょうがないから、俺は再び気絶しているゴブリンの方を見る。
まだ死体が消えていないから死んではいないみたいだ。
どうやって殺したものかと悩んでいると、少女の吐瀉物の傍に短刀が落ちていた。
彼女が嘔吐しているときに落としてしまったのだろう。
「……うん、あとで返さないといけないしな。拾っておこう」
それでたまたまゴブリンの胸に突き刺さったりしても仕方がないよな。
たまたまだし。
右肩に担いでいたラジカセと左手に握っていたコードレス掃除機を地面に置く。
そして両手で短刀の柄を握るとゆっくりゴブリンの心臓に差し込んだ。
プスッ、プスッ、プスッ。
すぐにゴブリンたちは経験値とドロップ品に変わった。
レアドロップはなかった。
手に入ったのはゴブリンの魔石が三つだけだ。
それを拾いポーチに入れると俺はひとり頷いた。
「もうゴブリン狩りは封印しよう。くさいし」
心に決め、俺はゴブリン以外の魔物を探しに再び草原を歩き回る。
***
ゴブリンを避けながら定期的にスライムを狩る。
そうしていると第一層の難敵キック・ラビットに出会った。
キック・ラビットは一匹だけだった。
ピョンピョン跳ね蹴りを素振りしながら威圧してくる。
「キュイ!」
俺は早速掃除機を地面に置きラジカセの再生ボタンを押した。
最初に流れるのはビー○ルズのヘ○プ! だ。
ジョ○・レ○ンのノイズ混じりのボーカルが草原に響く。
大きめのラジカセだから重低音も抜群だ。
ちなみにビー○ルズは俺たちの親の世代だった。
一時期古いロックにハマっていて、それでよく聞いていた。
俺には16歳以前の記憶がなく家族の記憶もない。
気がついたら学生寮で一人暮らしをしていた。
役所に行っても家族は死んだことになっていた。
父、母、妹、みんな死んでいた。
だからなんとなく、両親がどんな人だったのかを知りたいと思ったのだ。
それで古い世代のことを調べていた時期があったのだ。
ヘ○プ! を聞いてもキック・ラビットはノリ出さない。
どうせまたすぐに半透明の板が現れるのだろう。
そして予想通りにそれは現れたのだが、先ほどまでと内容が若干違っていた。
――――――――――
『管理者権限Lv.1』では『種族名:キック・ラビット』の改変は行えません。
権限レベルを上げてください。
――――――――――
権限レベルか。
確かに『Lv.1』の表記は気になっていた。
どうすれば権限レベルを上げられるのだろう。
それにいくら魔物を倒してもレベルが上がっている感じがしない。
スライム二十数匹とゴブリン三匹は倒した。
レベル2に上がるのにはもっと倒す必要があるのだろうか?
うむ、わからん。
事前にスレ民たちに聞いておけばよかった。
「って、さっきなんか冊子をもらった気が」
ふと思い出し俺はリュックから受付でもらった冊子を取り出す。
取り出した瞬間、俺の側頭部にキック・ラビットの跳び蹴りが炸裂した。
……あっ、キック・ラビットのことすっかり忘れていた。
そのことに気がついたときにはもう遅く、俺のHPは一撃で底をつきダンジョン前のリスポーン地点に戻されるのだった。
***
「あっ! お疲れ様です」
受付番号を受け取り再び呼び出されるのを待つ。
しばらくして呼び出され、先ほどと同じ受付嬢と当たった。
「なんともなかったですか?」
「はい、問題ありませんでした」
「それは、よかったです」
安心したように受付嬢が言った。
俺はカウンターにポーチから魔石を取り出して重ねていく。
「おおっ、初心者にしてはなかなかの収穫ですね」
「スライムの魔石が二十四個。ゴブリンの魔石が三つですね。レアドロップはないです」
「レアドロップなんてそうそう手に入らないので、仕方がないですよ」
そう言いながら受付嬢は魔石の置かれたトレーを持って奥に行った。
換金してくるのだろう。
待っている間、俺は周囲の様子をちらと伺う。
すぐ傍のベンチで受付を待っている男ふたりがうわさ話をしていた。
「おい、聞いたか? 最近初心者狩りが活発らしいぜ」
「へえ。今回はどこのクランなんだ?」
「『紅の月』ってところらしい。女だらけのクランなんだとか」
「女だらけ?」
「そうそう。下心をあおって初心者に近づき油断したところを狩る、みたいだ」
「なかなか悪質だな」
「まあ魔物よりも探索者狩った方が経験値がうまいなんて、そんなシステムじゃなぁ……」
「そう考えるとダンジョン作ったやつって、かなり陰湿よな」
ほお。
初心者狩りとな。
よかった、そんなのに出会わなくて。
運がよかったな。
てかあれだけ歩き回ったのに、出会ったのってあの嘔吐少女くらいなものだ。
いくらダンジョン内が広いとはいえ、探索者の数も多い。
もう少し出会ってもいいと思うのだが。
もしかすると、探索者同士の縄張りみたいなのがあったりするのだろうか?
うん、帰ったらちゃんと冊子を読んでおこう。
「お待たせいたしました。こちら金額をお確かめください」
合計一万二千円。
……普通にバイトするより時給良さそう。
ダンジョンに潜っていた時間はおよそ四時間。
時給換算すると毎時三千円だ。
コンビニの夜勤でさえ一千二百円くらいなのに。
倍以上だ。
「はい、大丈夫です」
「それでは、またお越しくださいね」
お金を受け取ると俺は帰路につく。
うん、バイトのシフト減らして探索者の活動を増やすか。
あの裏技があれば楽に稼げそうだ。
そしてアパートの自室にたどり着くと疲れからかすぐに眠りにつくのだった。
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