第2話 初ダンジョン

 インターフォンが鳴った。

 出てみると宅配だった。


「おおっ、ようやく来たな。早速開封するか」


 受け取った段ボールを目の前にニヤリと笑う。

 これでようやくダンジョンに潜れる。

 昨日もコンビニの夜勤で腰を痛めそうになったからな。

 雑誌の品だしですら、もうしんどい。

 早くレベル上げがしたくて堪らなかったんだ。


 ホント歳には勝てないな。

 さっき、宅配の人から段ボールを受け取るときですら、ちょっとヤバかったし。

 早く若い頃の身体に戻りたいものだ。


 段ボールを開け掃除機を組み立てていく。


「……最近の電化製品って説明書入ってないのかよ。使い方が分からんぞ」


 QRコードを読み取ってスマホでみないといけないらしい。

 いまだガラケーの俺では説明書も見られない。

 そろそろ買い換えてもいいんだが、新しいものにするのって勇気いるよね。

 仕事の連絡も別にガラケーのメールで済むしな。

 まあ仕事っつってもコンビニのバイトだし。

 ちょちょっとシフト提出するだけだから、スマホとかいらんのよな。


 趣味はレトロゲー集めとレコード集めだから、これまたスマホなんて必要ない。

 田舎の方のリサイクルショップとか行くと、結構掘り出し物があるんだよな。


 って、そんなことはどうでもよくて。


 四苦八苦しコードレス掃除機を組み立て終える。

 早速充電しながら、今度はラジカセに電池を入れた。

 カセットテープは、昔使ってたドライブ用のやつを引っ張り出す。

 俺らの時代はすでにCDが主流だったけど。

 中古の車でも聞けるように、いくつかテープやMDも作ってたんだよな。


 電池を入れカセットを入れ、再生ボタンを押す。

 すると若干のノイズ混じりで音楽が流れ始めた。

 ザ・ビー○ルズ、レッドツェ○ペリン、ローリング・ス○ーンズ、などなど。

 うんうん、ちゃんと流れてる。

 よかった不良品とかじゃなくて。


 それから臭豆腐も来ていることを確認する。

 もちろん、この家では開けない。

 木造築三〇年のこの家で開けると、おそらく近所迷惑になる。

 壁がペラッペラだからな、さすがにね。


 そして準備を終えた俺は、右肩にくそでかいラジカセを担ぎ、左手にコードレス掃除機を持ち、首から臭豆腐をぶら下げて外に出るのだった。



   ***



 ダンジョンについた。

 初めてきたが東京都千代田区にあった。


 真っ白な塔が天高くそびえている。

 雲の上までありそうだ。

 直径も千代田区を完全に覆うくらいある。

 やべぇでけぇ、ってのがぱっと見の感想。


 そしてダンジョン入り口前には、鉄筋コンクリートの三階建てくらいの建物があった。

 なるほど。

 ここで入場手続きとかするんだろうな。

 駅の改札から直接歩道橋が延びていたので、それを伝って建物まで行く。


 建物内に入ると死ぬほど人であふれかえってた。

 みんな大層な鎧とか身にまとってて、ファンタジー感がすごい。

 俺は受付番号をもらい、とりあえず呼ばれるのを待つ。


 しかしさっきから奇異の視線を向けられてる気がする。

 電車の中でも半径五メートル以内に人が近寄ってこなかったし。

 格好がまずいのだろうか。

 でもユニ○ロのジーンズとカジュアルシャツだぞ。

 別に変じゃないと思うが。


 しばらく奇異の視線に晒されながら待っていると番号を呼ばれた。

 掃除機を握り直しラジカセを担ぎ直して、受付に向かう。


「……ええと、これからダンジョンに潜られるんですよね?」


 受付嬢が頬を引きつらせながら尋ねてきた。

 年齢は二〇代なかばくらい。

 濃い茶髪を伸ばし、スーツをきっちり着込んでいる。

 可愛らしい系の女性だ。


「はい、そうです。初めてなんですけど……」

「あっ、初めての方なんですね。それではこの用紙にサインの記入をお願いします」


 受付から一枚の紙を渡してくる。

 ふむ、なるほど。

 何かあっても責任はとらないとか、ダンジョン内での揉めごとには関与しないとか、そんなことが小難しい文体で書かれている。

 俺は下の記入欄にサインを書いて受付嬢に渡す。


「ありがとうございます。次は身分証の提示をお願いします」


 俺は財布から免許証を取り出す。

 写りが悪くてあまり他人には見せたくないが。

 何度、犯罪者だのと揶揄われたか。


 受付嬢は免許証を確認してパソコンに何かを記入すると、戻してきた。


「とりあえずこれで探索者登録は終わりです。こちらが初心者用の冊子で、こちらが探索者のIDカードになっています」

「どうも。それではまた」

「……ちょっと待ってください。ちゃんと冊子は確認しておいてくださいね。必要なことが全部書いてありますからね。ちゃんと読むんですよ?」

「ふむ……分かりました」

「本当に分かってますか? 絶対に読んでくださいね? 絶対ですよ?」


 受付嬢、さっきまで事務的だったのに、いきなり押しが強くなった。

 ぐいっと乗り出してきてじっと見つめてくる。

 かなり整った顔立ちだ。

 俺は少し照れてしまい、すぐ振り返ると歩き出しながら言った。


「分かった、分かった。確認しとくよ」


 そうは言ったものの第一層なら大丈夫だろう。

 俺は深く考えずゲートにIDカードをかざして、ダンジョンに潜るのだった。



   ***



 ゲートをくぐると地平線が見えるほどの草原が広がっていた。

 塔の中なのに青空が見える。

 不思議な光景だ。

 点々と、米粒ほどの魔物たちが草原の上をうごめいている。

 そしてその魔物たちにほかの探索者たちが襲いかかっていた。


 一見テーマパークみたいだ。

 まあ死んでも生き返るのだから、似たようなもんか。

 しかも魔物を倒すと手に入る物資は外で高く売れる。

 だから金を持った探索者には、高い防具や武器が売れる。

 ダンジョンが産まれて、二十三年。

 現在どこもかしこもダンジョン景気で潤っていた。


 しばらく草原を歩く。

 そして手つかずのスライム三匹を見つけた。


「さて、早速掃除機を試してみよう」


 俺は左手に持ったコードレス掃除機の電源を入れる。

 もちろんパワフルでだ。

 ギュオォオオオ、と甲高い音が響く。

 その先端をスライムの方に向けて——。



 ポヨン、ポヨン。



 ……吸い込まれねぇじゃねぇか!

 掃除機の風圧で少しポヨンポヨンと揺れるだけ。

 スライムが吸い込まれる様子は一切ない。


 嘘をつかれたのか。

 そう思ってスイッチを切った瞬間。



——————————

『管理者権限Lv.1』を使用して『種族名:スライム』に『弱点:吸引』を付与しますか?

YES / NO

——————————



 突然目の前に半透明の板が現れた。

 なにこれ?

 管理者権限?

 うむ、よくわからんがYESを押してみよう。


 YESの部分に指を押しつける。

 すると表示が変わった。



——————————

『管理者権限Lv.1』により『種族名:スライム』に『弱点:吸引』が付与されました。

——————————



 ……確かめてみるか。

 俺はもう一度、掃除機のスイッチを入れる。

 ギュオォオオオ。

 スライムはいとも簡単に、掃除機の中に吸い込まれた。


「おおっ、嘘じゃなかった! すごい、ちゃんと吸い込まれた」


 裏技って言ってたからな。

 一度アクションを起こさないと使えないとかなのだろう。


 俺は掃除機のゴミパックを開く。

 中にはスライムのドロップ品が入っていた。


「小さな魔石がひとつ。ちゃんとドロップ品も回収できるんだな」


 経験値を回収できているかはまだわからない。

 ほかのスライム二匹を吸い込んでもレベルが上がっている様子はなかった。

 もう少し回数を重ねて確かめてみるか。


 そうして俺は草原を歩き回りスライムを吸い込んでいく。

 しばらくして、今度はゴブリン三匹の群れに出会った。

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