オレじゃお前を運べねーんだよ!

「待て、お前が魔法を使うってことは……!」

 イリスは『彼女』についてある事実を思い出した。それを阻止しようと慌てて彼女のもとに駆け寄るが――


「飛んで行くの!」

 その一言によって魔法が完成した。


「うわっ……!」

 直後、鼓膜が破れそうなほどの轟音と世界が白一色に染まったかのような閃光がイリスを襲う。彼女の魔法はイリスの反対側に向けて撃たれたにもかかわらず、その衝撃によってイリスは吹き飛んでしまった。

 近くの木の幹に掴まってようやく止まった。


 閃光は運河のような半月上の溝を正確になぞり、少しだけ拡張してはるか彼方の山脈に向けて飛んで行った。


 数秒もすると魔法による衝撃は収まっていき、必死に近くの木に掴まっていたイリスはふらふらになりながらもどうにか自分の足で立てるようになっていた。


「ひでえ目に遭った……。相変わらずでたらめな威力だな。……とか言ってる場合じゃねえ!」


 イリスは先ほど(間接的にだが)自分を吹き飛ばした女性の元に駆け寄った。何故なら、イリスの記憶によると彼女は魔法を使うと……。


 半円状に抉られ、村から森へ一直線に伸びている、少しだけ大きくなった溝の方を向いている女性は、まるで糸の切れた操り人形のように全身から力が抜け、ふらりと倒れ込んだ。


 彼女が倒れるところにイリスが掛けより、支えようとする。

 が、二人の体格差によってそれはイリスの思ったとおりにはならず、イリスは無様に潰される形になった。


「ぐぇっ」

 カエルが潰されたような声を出しながらも、イリスは女性の上半身を抱きかかえて揺する。


「おい、しっかりしろ! こんなところで寝るな、デルフィ!」

 その声にデルフィと呼ばれた女性はうっすらと目を開けて微笑んだ。


「勇者さん、生きていたの……。久しぶりなの」

 そう暢気そうな声を出して眠りに落ちていった。


「おい、起きろ――! オレじゃお前を運べねーんだよ!」

 イリスの悲痛な叫びが日が傾きつつあるデモン族の村に響き渡った。


 彼女が毎日同じ時間、同じ場所で使い続けた魔法はこの日、裏の森をすべて消し飛ばし、その先に連なる山脈をも貫通して大陸の外にまで達したのだが、それに気づくものは誰もいなかった。

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