お嬢ちゃん、大人の人は?

 イリスが王国軍時代に集めた情報によると、この辺りは山々に囲まれた盆地だった。


 周囲にはうっそうと木々が生い茂り、それにともなった林業も行われているとのことだった。それら森で切り出された木々はイリスが歩いている狭い山道を通って出荷されるわけだが、この通り狭い道なのでその林業も大々的には行われていないように見える。


 要するに、主立った産業もない貧しい村ということだ。


「の、割には……」

 下り坂の途中、出っ張った岩の上に乗って遠くを見ると村の向こう側に太くてまっすぐの木がない部分が見受けられる。あんな場所に街道はないはずだが……?


 その他にも村の周囲には不自然に木の生えていない丸い土地が何カ所か存在している。あれはもしかして……。


 そんなことを考えながら歩いているのも、他に見るべきものがない岩と木々と下草の風景が延々と続いていたからだ。そうした道のりもイリスのゆっくりとした足取りで三十分もしないうちに終わりを迎えた。


 木々が急に開けたかと思うと、前方には小さいながらも段々畑に景色が移り変わった。その向こうに見える小さい集落。先ほどルーヴェンディウスに連れられて着地した時に見えた目的の村だ。


「おや、珍しいな。客人か? こんな辺境に来るたぁ、あんたさてはよっぽどの暇人か物好きだな」


 人好きのする笑顔で話しかけてきたのは畑の中で野良仕事をしていた壮年の男性だ。首に巻いたタオルで汗をふきながら、笑顔でイリスの方を見ている。

 南部にあるこの村は一足早く春を迎えており、ちょうど種まきの季節らしかった。


「お嬢ちゃん、大人の人は? もしかしてはぐれたのかな?」

 店では店員に話しかけられたくないタイプだったイリスだが、今回ばかりはありがたかった。目的とする人物の情報が何もないからだ。たとえ相手が子供扱いしてきたとしても。


 この村にいる可能性があることはわかっていたが、実際いるかどうかもわからないという確度の低さだ。この村にいなかった場合、捜索はルーヴェンディウスに任せる手はずになっていた。


「あぁ、ゴルゴン爺さんの孫娘なら……」

 村人の問いを無視してイリスがここへ来た目的を話すと、男は村の中の方を指さした。


「この時間なら、にいるはずさ。ここからだとちょうど村の反対側だな」


 イリスが礼を言うと、被っていた麦わら帽子を振って見送ってくれた。彼の癖のある短い黒髪の間から小さな角が二本、見え隠れしていた。

 この世界で頭に角を持っている種族は多くない。代表的なのは鹿や牛や羊の獣人だが、彼は獣人ではない。


 デモン族――人間やエルフに似た容姿を持ちながら、その頭に角を持つ種族。腕力魔力に優れ、東大陸ではリリム以前の代々魔王を輩出していた帝国を支配していた最強とも言われる種族。


 ここ西大陸では、そんな東大陸のデモン族に追われ逃げてきた少数のデモン族が辺境の地に隠れるように暮らしていた。そもそもデモン族の弾圧から逃れてきた人々がルーツの西大陸ではデモン族とはイコール悪魔との認識が今でも根強い。

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