魔法図書館司書の溜息

@Susukinohara2024

司書着任命令

第1話 司書着任命令

 カレル王国北東部に小さな子爵領がある。この小さな子爵領を管理するのがザハリアス子爵家だ。ザハリアス子爵家は王国開闢以来続く名家であり、家格こそ低いものの王家へ対する忠誠心が非常に強く家としての一体性が強いのも特徴の一つである。

 ザハリアス家は当代の領主であるヴィクター・ザハリアスに代替わりしてから経済的に躍進した。理由は活版印刷機の発明である。これにより手書き写本などよりも早く、安くきれいに本が作れるようになり市場に流通すると飛ぶように売れた。この売り上げを原資にして領民のための施策が行われた。領校の開設や、一般向けの図書館設置などなど枚挙にいとまがない。これらの施策によって農民が最新の知見に触れられるようになり農法改革が一気に進み、領校の置かれたシモンの街は学都として発展した。また、読み書き計算や基本的な知識を教える領校予科によって教育を受けられる子供も増え領内は空前の読書ブームになり、図書館を始めとする各種施設の拡充が行われた。その施策で新たに開設されたのが魔法図書館である。魔法図書館は主に領内の魔法使いと領校魔法専修科学生を利用対象とした施設で、領校か王立学院の学生ならば誰でも無料で利用することが出来る。領外の物でも身分の貴賤に関係なく銀貨二枚を払えば利用できる。これは学生以外はある程度経済力のある層が利用者として想定されているからだ。普通の図書館は無料である。ただし、本の貸し出しは領内在住を条件としているが。


「して、お父様。何故をもってご功績のお話をなさるのですか。今までお話になったことは全て屋根裏のネズミでも存じていることではありませんか」


朝食の席で自分の父親——ヴィクター・ザハリアス――に長々と自分の領地改善のための努力を聞かされた娘のアンナ・ザハリアスは不思議そうに首を傾げた。普段、この父は手柄話をしないのだ。酔っている時は別だが。そう言われるとお父様は思い出したように「おう、それよな」と言った。


「図書館を増設していると申したが、司書が新たに数名必要になったので領校や領校予科の卒業生から希望者を募って、人員が集まり次第新館の運営を開始することになっておる」


まあ、順当な線だろうなと思った。領校卒業者が領内の公的施設に就職することは今に始まったことではない。確か、六期卒業生同期の半分は領内で公職についたはずだ。


「しかし、魔法関係専門の図書館となると話は変わってくる。魔導書の真贋を見極めるために一定以上の魔法知識が要求されるからだ。しかし、領校正科の魔法教育は王立学院の受験に必要な知識だけで、実践的なものではない。かといって実践的な教育を行う領校魔法専修科は修業年限が六年で去年開設したばかりなのであと五年はあてにできん」


まあ、教育を終えるまでは有適正者でも戦力外だ。仕方ないだろう。


「そこで、エミル村に居る魔法使いの婆さんに頼んだのだが、年を理由に断られたのだ。俺は、さすがの婆さんでも寄る年波には勝てんのかと世の無常を感じたぞ」


エミル村の魔法使いのお婆さんなら私も知っている。私が領校に入る前に色々と魔法などについて教えてくれた人だ。……かわいそうに。あの婆さん七十にもなって面倒ごとを押し付けられかけていたのか。今度クッキーでも焼いて持っていこう。


「そんなわけでお前、魔法図書館の司書をやれ」


はい?


「いま、なんとおっしゃられましたか?」


お願い、聞き間違いであって。


「うん?だから、シモンの街に行って魔法図書館の司書をやれといったのだ。王立学院に通っていたのだから魔法書の類の扱いは心得ているだろう」


どおりで妙な風向きだと思った。……とんだ厄ネタだ。断ってしまおう。


「お言葉ですが、私は王都から帰ってきたばかりでして、……今しばらくの間、静養させていただけないでしょうか?」


そう言うとお父様あきれたようにかぶりを振った。


「お前、半年前からそればっかりではないか。もう十分に休んだろう。いい加減働け、引きニートじゃあるまいし」


頼んだぞ、というとお父様は食堂から去って行った。

かくして、私は魔法図書館の初代司書に就任したのである。



…………それはそうと、引きニートってなぁに?

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