第22話【偽物と】先輩天使と後輩天使【本物と】



(ここは……)


 目を覚ますと、そこは部屋の中であった。


 とても狭く、沢山の物が乱雑に散らかっている部屋だ。


 そして、目の前には黒い髪の男と人形が一体。


 何者かは不明。だが、彼女の体は本能で動く。


「お初にお目にかかります、我が新たなる主よ」


 目の前の男は新しい主だと、魂がそう告げている。


 ならば確かめる必要はない。私はただ主に従えるだけだ。


「えーっと…ウリエルで…いいのかな?」

「できれば、名を授けていただけると。『ウリエル』は、前の主によって与えられた名ですので」

「な、名前か…」


 久しい名前を耳にする。


 確か…いや。思い出す必要もないだろう。


 もう、今の私には必要のない名だ。


 新しい主は頭を抱えて名前を考えている。そして…


「フラム…ん〜…」


 その単語を聞いた瞬間、彼女は即座に口を開いた。


「フラム…私は本日よりフラムとなりました。よろしくお願いいたします」


 そして、最大限の敬意を込めて礼をする。


 意味も、その理由も確かめる必要はない。私は主のフラム、ただそれだけだ。


「えーっと…服…はとりあえずこれでいいか」


 地面に落ちていた服を、主は私に纏わせる。


「oh…」


 呆けた顔をした主は、これは駄目だな…などと呟きながら新しく命令を下した。


「ねぇ、フラム。いい感じに翼で体を隠せない?」

「こう…でしょうか?」


 そうして、その後も主は光る板を操りながら、こちらに指示を続ける。


(この行為に一体なんの意味が…?)


 主の命令の意味が全く理解できない。別に理解する必要はない、主の下僕である私は主の命令に従うだけ、なのだが…


「グッド!!グレェェッ!!!!パーフェクッッッッ!!!!」


 そう興奮しながら板を操り指示をすること1時間。


「ふぅ…こんなもんでいいかな?よし、ありがとうフラム。それじゃあとはゆっくりしてていいからね」

 

 ようやく収まったらしい主は、こちらに礼を言い、そのまま更に大きな機械の方に移動し、四角いスイッチが沢山ついた板を触りだす。


(さて、どうしましょうか?)


 天使とは主の命令に従うだけの、いわば兵士のようなもの。天使にとっての喜びは、主の命令に従うことであり、主の命令は絶対。だからゆっくりしなければならないのですが…


 そう考え周辺を見渡す。


 全てが初めて見るようなものばかりだ。確かこういうものを機械というのでしたか?


 昔、人間が作っていたのを思い出す。


(機械といえば、一応彼女もですか…)


 そこで、部屋の隅でぼーっとしている白い人形に目を向ける。


 ……私より先に主に呼び出された存在。隠しているようですが、あの気配は…


「少しいいですか?」

「はい、どうしましたか」


 我らの姿を模して人間が作った玩具。外の者に人間が対抗するために作り上げた失敗作。




 ─────見ているだけで吐き気がする。




 忌まわしい。人間が主の御業を再現するなど本来であればあってはならないはずだ。


 だが、口にも出さないし態度にも出さない。主がこの玩具を呼び出したということは、そこには何かしらの意図があるはずだ。だが、主の考えを理解することなどできるはずもない。


「この部屋について説明をしてもらえますか?」

「わかりました」

 

 彼女に部屋のことを説明させる。


「ここは台所です。調理を行えます」

「ここは手洗い場です。排泄を行えます」

「ここは浴室です。入浴を───」


 淡々と、一つずつ説明していく彼女。


「ここは外につながる扉です。マスター…ノスター様の許可があれば外に出ることができます。一応ダンジョンの外に出なければ外に出ることはできますが」


 そこで主の名を初めて耳にする。


「………っっ!」

「?」


 歪んだ口元を戻す。危ないところでした。このようなだらしない顔を主の前で晒すわけにはいけません…


 今回は主は見ていませんでしたが、もしこのようなところを見られたときは…


 そこでフラムは目の前の少女がこちらを見ていることに気が付き、思考を切り替える。


「……そうですか。この外には出てもいいのですか?」

「はい。外に出ますか?」

「そうですね。一度外も確認しておきましょう」


 そうして扉を開くと、そこには長く明るい美しい通路が広がっていた。


「これは…」


 なんと心地の良い場所なのだろうか?とても神聖な気配がする。


 神域、そう称するべき場所だ。


 扉をしっかりと閉じる。ここなら主にも会話は聞こえないだろう。


「この先には、ダンジョンの出口があります。それ以外には特に」

「いい加減、惚けるのもやめたらどうですか?」

「どういうことでしょうか?」


 通路について説明していた彼女の言葉を遮って、そう話しかける。


「惚けても無駄です。そんな器でその気配を隠しきれるとでも?」

「…?」

「……その趣味の悪い玩具の姿で何をしているのですかと言っているのです。貴方のような裏切り者が主の下にいるなど、どんな理由があろうとも許されることでは…」


 確信を持って問い詰める…

 

「………?」


 が、彼女はまるで本当に知らないような反応をする。


(記憶がない?いえ、そのようなことがあり得るわけが…)


 浮かんだ自分の考えを即座に否定するが、不思議そうな表情の彼女は嘘をついているとも思えない。


(一体何がどうなって…)

 

 フラムは完全に困惑していた。そんな彼女の様子に気がつくことなく、ルエルは扉を開き部屋に戻る。


 そんな彼女の後ろについて部屋に帰ると…


「失礼しますよぉ〜」

「えっ!?な何を!?」


 突如主によって体を触れられる。私のような穢れた体に!!?!


(だ、駄目です!まだ出会って1日目なのに…!こ、こんなっ!)


 そうして、哀れな天使は主の思うがままに弄られるのであった。




          ▼





「…も…もうしわけ…ござ…ぁ…」


 途切れ途切れの言葉と絶望の表情で、彼女は俺にそう謝罪する。


 目の前には、真っさらになった部屋があった。


 パソコンや衣類、全てが光によって消え去ったようで塵一つ落ちていない。


 ちなみに俺はルエルに引っ張られて外に出された。


 宝玉にバールやカメラなど、必要そうなものは全て投げ出されている。


 流石はぐう有能天使ルエルちゃんである。


「ん〜いや、まあ大丈夫だよ。宝玉も傷もないし日用品はだいたい安いし、装備は無事だったし…それより怪我とかしてない?」

「わ…私は…」


 フラムは口ごもる。うーん…まあ怪我はなさそうだな。それに今回は値段は高かったのに甘く見ていた俺の不注意だ。反省しよう。それにパソコンや服ならアカウントも問題ないだろうしもう一度買い直せば…


 そう考えていると突然、フラムは首に剣を押し当て自分の首を切断しようとする。


「ちょっちちょ!!??ストップストップ!!なにやってんのフラム!!」


 フラムの手を抑えどうにか止めるのだが…力強っ!?


 ルエルにも手伝ってもらい、どうにか剣を取り上げる。


 こわっ!やめてよ!目の前で美女が生首になるところなんて見たくないし、君にどれだけDPとFW使ったと思ってるの!?


「全然怒ってないから、ね?壊れたことも許してるし一旦落ち着いて…」

「…申し訳ありません…申し訳ありません……」


 フラムは壊れた人形のように謝罪の言葉を呟いている。


 こんな時、なんて声を掛ければいいんだ?美女を慰める気の利いた言葉なんて童貞な俺にわかるわけが…ん?


 すると、ルエルが前に出てくる。


「少しよろしいでしょうか?マスター」

「ルエルの姉御…!」


 まさかの救世主登場である。ルエルがまさかこんな状況を解決してくれるなんて…


 そう思った瞬間、パンッという乾いた音が部屋に響き渡る。


「────んぇ?」

「マスターは貴方に落ち着けと言ったはずです。貴方はマスターの命令を聞けないのですか?」

「ぁ……」

 

 ルエルがそうフラムに言うと、繰り返し口から漏れていた謝罪の言葉が止まる。


「貴方が何をしようと私に何かを言う権利はありませんが、今、貴方が何をしているのかを考えなさい」

「────主の…命に…反して……?」


 ルエルの言葉を聞いたフラムは、小さな声で何かを呟き、そして…


「誠に申し訳ありません、主よ…少し頭を冷やす時間を頂いても宜しいですか…?」

「あ、うん。ゆっくり休んでね…?」


 そう許可を出すとフラムはトボトボと部屋から外に出ていった。


 そんな彼女を二人で見送り、そしてその様子を眺めていたルエルに気になったことを質問する。


「もしかしてルエル…怒ってる?」

「怒っているですか?」


 そうビクつきながら聞くが、ルエルはいつもの無表情でそう返事をした。


 いつもと違うような言葉と雰囲気、というか圧力であったのでそう思ったのだが…あれぇ?気のせいだったのか…?


「……まあ、とりあえずいいか」


 フラムが落ち着くまでに、部屋をもとに戻しておこう。彼女がまたあんなふうになったら大変だしな…


 そうして俺はダンジョンメニューを開き、部屋の修復を行うのであった。

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