プリンスナイトと神前試合のその後

 神前試合から一夜明け、結局真白は、一睡もできなかった。


「む、郵便が来たみたいだぞ?」

「ぴぃっ!……か、確認してくる」


 急いで郵便受けを確かめる。請求書だった。


「……ネット料金か。よかったー」


 なぜ真白がここまで怯えているかというと、昨晩の神前試合で真白の召喚した式神が、ドームの屋根を崩落させたからだ。

 崩落後は頭が真っ白になり、家に着くまでの記憶がほとんど無い。試合には勝ったとだけ聞いたが、とりあえず、ドーム修繕の請求書がこないかと一晩中怯えていたのだ。というか、今も怯えている。


「落ち着け、龍翠りゅうすいがなんとかすると言っていたのだ。何も心配することはない」

「そうです。真白様落ち着いてください」

「とにかく、大丈夫だ。龍翠でもどうしようもなければ、儂がなんとかする」


 異常を察したセレナが麦茶を持ってきてくれた。とりあえず落ち着いた。

 ちなみに、ドームを解体された幼女先輩は、居間でお料理番組を見ている。

 こちらも、カラスと同じで消える気配が全くなく不思議だった。


「心配する必要は何もない。この結果は予想していなかったが、試合に参加してもらったのだ。責任は龍翠と儂がとる」

「そ、そう……わかった。ごめん、取り乱してた」


 冷静に考えれば、白猫の言う通りかもしれない。

 だが、真白に責任がきた場合に備えて、バイトでも探しとくかなと考えた。


「わかってくれたなら何よりだ。それでは、そろそろ儂は帰るとする」

「え、帰る?」

「ああ。もといた神社にな」


 馴染みすぎて忘れていた。白猫には帰る場所があるのだ。


「そうか……元気でね。たまに、お参り行くよ」

「うむ。いつでも待っているぞ」


 カラスとセレナもどことなく寂しそうだ。白猫が家に来た翌日にカラスを召喚したから、真白と変わらない時間、白猫と過ごしてきたわけだ。


「そんなに悲しまないでくれ。今生の別れというわけではない」

「そう、だね」


 白猫の言う通り今生の別れではない、会いに行こうと思えば行けるのだ。それでも、真白は寂しかった。


「帰る前に、一ついいか?」

「ん? なに?」

「お主の名前を、ちゃんと聞きたい」

「……あ!」


 出会ってから真白は一度も名乗ってなかったのだ。


「ごめん、全く気付かなかった。それじゃあ、改めまして……神原真白だよ。よろしくねー」

「神原真白……良い名だ」

「白猫の名前は、白虎だったっけ?」

「いや。白虎という名は、儂を崇める者たちが勝手に呼び出した名だ。儂の本当の名ではない。本当の名は……遥か昔にあったような気もするが、もう忘れてしまった」

「それじゃあ、好きなあだ名つけてもいい?」

「うむ、お主になら構わん

「それじゃあ……『琥珀こはく』なんてでどうかな?」

「琥珀さーん?」


 琥珀が急に黙り込んだ。


「どうしたの?」

「いや……すまない」

「え? なにが?」

「自覚がなかったがゆえ、気がつかなかった……本当にすまない」


 さっきのしんみりした雰囲気がなくなり、琥珀がなぜか謝った。




 櫻川丘駅のホームには、威圧感溢れるダンディな中年男性と、少しやつれた表情のグラマラスな糸目美女が居た。


木場きば、今回は……すまなかったな」

「ほんとにねー」


 木場家当主がやつれている理由は、ドーム屋根の崩落にあった。

 陰陽術師の存在は、人の世に知れ渡ってはならない。ゆえに、会場に居合わせた術師総出でドームの屋根の修復が行われたのだ。

 その中で、最も活躍したのが木場家当主の用いる『結び』の術である。術師達によって並び直された屋根の部品を、彼女は全て繋ぎ合わせ、崩落前と同じ姿へ戻してみせたのだ。

 ちなみに、ドームの外には人払いの結界が貼られていたため、屋根の崩落を目撃した者は誰もいない。


「あの術は、長くは持たないからねー。私は帰るからあとは自分たちで頑張ってね」

「ああ、後はこちらでなんとかするよ」


 グラマラスな糸目美女は、電車へと乗り込む。


「にしてもぉ。あんな陰陽術師が領域内にいるなんて、大変ねぇ〜水瀬くん〜」


 水瀬家当主である龍翠をからかうように、木場家当主は言葉を投げかけた。あんな陰陽術師とは、もちろん真白の事である。


「別に大変ではないさ。彼は悪い人間ではないように感じる」

「試合会場の屋根は崩れ落ちたけどねー」

「……」


 バツの悪そうな表情を見せる龍翠を、木場家当主は笑った。


「ふふっ……ま、あの式神にも驚かされたけどぉ〜。それよりも、白虎様が、ねぇ……」

「それは……同感だ」


 困り果てる龍翠を見ながら、木場家当主は再度笑った。

 そして、彼女は帰路につくのだった。













 庭に、祠が建った。

 祠を建てたが家の雰囲気と合わないため違和感はがあるが。


「とりあえず、お供えでもするかな。猫缶」

「祀られている儂が横にいるのだ。儂にくれ」


 蓋を開けて差し出すと、むしゃむしゃと猫まっしぐらな猫缶を食べ始めた。


 なぜ祠が建っているのかというと、琥珀が真白の従魔になり、ウチに住むことになったためだ。

 相手の事を気に入り、与えられた名を気に入ると、妖は従魔として仕えてくれるらしい。琥珀の場合、その事を気にして与えられた名に無関心を装おうとしたのだが、思った以上に気に入ってしまい、抗えずに従魔となってしまったのだそうだ。

「家に居座ることになってすまない」と言っていたが、真白としては全然構わない。

 知らなかったとはいえ、琥珀を従魔にしてしまったのは申し訳ないが。

 琥珀は祠が無いと落ち着かないらしく、もといた神社の境内から咥えて持ってきたらしい。


「ん? どうしたの?」

「……真白様」


 セレナがクイクイと裾を引っ張ってくる。早くご飯を食べたいらしい。


「琥珀、こっちで食べて。そろそろ打ち上げ始めるよー」

「む、すまん。我慢できず、先に食べ始めてしまった」


 居間に戻ると、真白とセレナで作った料理をカラスと幼女が並べてくれていた。全員分のコップや皿に麦茶も注いでくれている。気がきく。


「準備任せちゃって悪いね。それじゃあ、試合が無事に終わった事と、幼女先輩がウチに来た事と、琥珀が従魔になった事に……乾杯!」

「乾杯」

「乾杯!」

「カー!」

「……!」



 幼女にオモチャにされるカラスを見ながら、琥珀とセレナと他愛もない会話を楽しみ、夜はあっという間に更けていった。
















 それは、遠い記憶。


『なんじゃ、怪我をしておるのか?』

『……ナー』


 通りかかった老人が、怪我を負って倒れている1匹の猫を見つけた。


『どれ、治してやろう……これで大丈夫なはずじゃ』

『ニャッ』


 倒れていた猫はその老人へと擦り寄り、感謝を表す。


『ずいぶんと懐かれてしまったのぉ』

『ニャニャ』

『なに?儂と共に旅をしたいのか?』

『ニャッ』


 老人は少し困った表情を見せた後、すぐに猫へと向き直る。


『少しの間だけなら、良いじゃろう』

『ニャッ』

『名前か?しょうがないのぉ。そうじゃな……『コハク』でどうじゃ?』

『ニャッ!………』













「………む?夢か」


 琥珀は目をこすりながら、身を起こす。

 夢の内容は思い出せないが、懐かしさと寂しさの入り混じった感情が、胸に溢れた。


「うっ……苦しい……」


 振り向くと、白髪の幼女と白いカラスの枕にされ、呻きながら眠る主人の姿があった。

 その姿が目に移ると同時に、溢れていた感情が、少しずつ晴れていく。


「もう一眠り、するかの」


 呻く主人を枕に、琥珀は再び眠りについたのだった。


 To be comtinued

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レジェンドオブアストラル ゆきみだいふく @yukim

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ