第13話 準備
クロに急かされながらお散歩の準備を開始する。
元々出掛ける予定ではなかったため私服の用意は出来ていなかったが、それについては問題ない。
慌てずパジャマを脱ぎ終えると、僕はクローゼットへ向かった。
慣れた手つきでそれを開けると、そこには綺麗に出しやすく整頓された衣服たちが顔を並べていた。
私服の準備が問題ないと言ったのは、普段から出掛ける事がないため直ぐに準備できるからであった。
僕は悲しい様な嬉しい様な複雑な感情を抱えながら、白のTシャツと青のトップス、黒のテーパードパンツを手に取る。この組み合わせなら、最低限周りから変に思われることはないだろう。
そう考えながら、クロのためにと急ぎ足で着替え始めた。パンツに足を通し、トップスに腕を通す。その度に外出へのワクワクが高まっていくのを確かに感じていた。
「はは。僕、高校生にもなって外出に興奮してるんだ」
自分を嘲るように発したその言葉は、しかしシエラによって否定された。
『良いではありませんか、ご主人様』
「シエラ?」
『私は、どんなことにも喜びや興奮を覚えなくなった人より、些細な事を喜び、共に楽しもうと出来る人の方がよっぽど素敵だと思います。それに、ご主人様より上の年代でも、デートなどの時は緊張や興奮を覚えるのです。それなのに、ご主人様が久しぶりの外出で興奮してはならない理由などありません』
その言葉は、ただ僕を慰めようと、安心させようと発された言葉ではなかった。シエラの心からの、本心での言葉であった。
「ありがとう、シエラ。そうだよね。楽しんで良いんだよね」
『当然です。ご主人様。それに』
「楽しまないと、楽しみにしてくれてるクロにも失礼。でしょ」
『流石です。ご主人様』
「シエラのお陰だよ」
そう。今日のお散歩は元々、クロが行きたいと言い出した事。つまりクロが楽しめなくては意味がないのだ。それなのに僕はクロを主体ではなく自分本位で考えて。本当に申し訳ない事をしてしまった。
そんな思いを抱えながら、着替え終わった格好でクロを優しく抱き上げる。僕を見つめるその瞳には欠片の汚れも見当たらず、ただ小さな子供のようにキラキラと輝いていた。
「クロ。今日のお散歩、全力で楽しもうね!」
『うん! クロ、主と全力で楽しむ! 主、大好き!』
まるで満開に咲く花のような笑顔を見せると、嬉しそうにペロペロと頬を舐め始める。それはくすぐったくて、こそばゆくて、それでいて、とても幸せだった。
「そうだクロ。リードどうしようか」
『りーどって何?』
「遠くに行き過ぎないようにする首輪だよ。基本、皆それを着けさせてお散歩するの」
『じゃあクロ大丈夫! 絶対主から離れないから!』
「クロがそう言うなら分かった。リード無しでお散歩しようか」
『うん! 行こう、主!』
言い終えるなり僕の腕から飛び降りると、クロはその足で元気よく玄関へと向かう。僕も足早に階段を降りると、そのまま靴を履き、扉へと手を掛けた。
今までコンクリートの塊のように重かった扉。しかし今は、鳥の羽のように軽かった。それも、この二人が居てくれるお陰だろう。
「行ってきます!」
二人への感謝を胸に、久しぶりに元気よくその言葉を発する。当然返答などはなかった。しかし、囁くようなそれは小さな声で、行ってらっしゃいと聞こえた気がした。
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