第7話 過去の歴史と未来の選択②

『聞きたいことは一つだけとか言っておいて何じゃが、なんで日本政府は強い子供を作ることに躍起になっていったんじゃ?』

「丁度その時期に、ダンジョン内の鉱物やモンスターを討伐した時に取れる素材が、お金になることが分かったんです」

『このダンジョン内の物が、日本でそんなに価値があるのか?』


「そういう事じゃないですよ。ダンジョンで取れた素材を持って外に出た時、何故かその素材がお金に変わっているんです。それに、そのお金は自分のメイン口座に勝手に入ってるんですよ。まあ、確定申告が必要なんですけどね」

『ふむ。それも恐らく魔力の副作用じゃろう。ダンジョン内の物には、無機物、生物関係なく少なからず魔力が宿っておる。その魔力がダンジョン外に出た時、その世界に適応しようとして、所有者が最も必要な物、つまりお金に変わったのじゃろう。それがメイン口座に入っておるのは、所有者の記憶を読み取ったからじゃろうな。今思ったけど、儂のダンジョン魔力有能すぎない?』


 言い方はあれだが、確かに有能なことに違いはない。今の日本は、いや世界は、このダンジョンと魔力があることによって成り立っている。

 もしこの世界からダンジョンが無くなったとしたら、辿る道は崩壊の一途だろう。


『お主のお陰で、地球の現状が大雑把に分かった。つまりお主らは、ダンジョンを主軸に、そこから取れる素材を用いて生計を立てておるのじゃな』

「そうですね。因みに、そういう人たちのことを、世界共通で冒険者と呼んでいます。当然、冒険者にならずに普通に生計を立ててる人もいますけど」

『そうか。して、お主は何故こんなところに来たんじゃ?』


 この問答が始まってから、いつかは来るだろうと思っていた質問。

 大丈夫。いつもみたいに笑って話せば、何も問題ないはずだ。

 そう言い聞かせ、出来るだけ自然な笑顔を作り出す。そうして開こうとした口は、優しさに溢れた声に遮られた。


『そんなに辛そうな顔をしながら話さなくても大丈夫じゃよ。ここには、儂とお主らしかおらん。ゆっくりで良い。お主の本当の声で、本当の顔で聞かせてくれんか?』


 その言葉に、自然とこの顔は涙を浮かべていた。

 もう偽らなくても良い。無理して笑わなくても良い。それだけでも嬉しかったのに、主は僕に一人の人間として接してくれた。それが一番嬉しかった。


 シエラもそうだったけど、このダンジョンで出会った人たちは、皆僕に対して人間として接してくれる。僕はこんなに幸せで良いのだろうか。

 そんなことを思いつつ、静かに深呼吸を繰り返す。

 そうして整った息を以って、今度は嘘偽りない自分で話し始めた。


「僕は、友達と一緒にダンジョンに行っていたんです。向こうからすれば、僕はいつでも壊せる玩具みたいなものだったと思うので、自分たちが敵わない敵に遭遇した時の、時間稼ぎとして連れていかれたんだと思います。それでも僕も冒険者として、最大限頑張っていました。それでダンジョンも中層まで来た時、ある部屋を見つけたんです。そこには祭壇みたいな物があって、こんな言葉と一緒に魔法陣も描かれていました。『大いなる秘宝を求める者。生贄を捧げん。』十七歳の高校生男子がそれに興奮しないはずもなく、僕は当然のように生贄に捧げられて。それで転移した場所がここでした。まあ、転移した瞬間にケルベロスに吹き飛ばされて、気絶しちゃいましたけど」


 事のあらましを言い終えた僕は、ほっと一息、胸をなでおろした。

 しかし、それを聞いた主の口調からは先程までのおちゃらけた雰囲気は感じ取れず、むしろその声は、ひどく真剣味を帯びていた。


『そう、だったのか。本当に申し訳ないことをした』

「何で主さんが謝るんですか?」

『お主の境遇も、今回の出来事も、元を正せば全て儂が原因じゃ。しかしながら、儂は地球に直接干渉することも出来なければ、お主を救うことも出来なかった。そんな儂に出来ることは、こうしてお主に全力で謝ることだけじゃ。こんな事でお主の気持ちが晴れることはないじゃろうが、それでも申し訳なかった』


「主さん。僕、主さんに感謝してるんです。確かに、生まれてから今まで、辛いこと、苦しいこと、沢山経験しました。でも、だからこそ、こうして主さんに会えた。大切なパートナーにも出会えた。そう思うんです。だから、主さんには感謝こそすれ恨むなんてありえませんよ。という事で、そんなに申し訳なさそうにしないで下さい」

『そう言ってくれるか。お主は本当に、優しいのぉ』


 本音を言ったつもりだったのだが、もしかして建前に聞こえてしまっただろうか。

 そんな心配を心の中でするが、主に限ってそれはないと思い直す。まだ出会って一日も経っていないが、主は本音と建前をしっかり聞き分けられると絶対的な安心感を覚えていた。


『そんなお主だからこそ、頼みたい事がある。どうか聞いてはくれぬか?』

「はい。何ですか」

『その前に、お主名前は何と言うのじゃ?』

「大空(おおぞら) 由生(ゆうせい)です」

『良い名じゃな。では由生。儂からの頼み事じゃ。どうか、このダンジョンを破壊(こうりゃく)してほしい』


 その頼み事に、二つ返事で応じることは出来なかった。

 しかしそれは主も分かっていたのか、すぐに続きの言葉を紡ぎ始める。


『何も今ここで決断しろとは言わん。お主の話から、この世界がダンジョンを主軸に回っていること、世界情勢のことも把握しておるつもりじゃ。じゃから、もう一度ここに来るまでに決めてほしい。その時の決断が何であれ、お主が決めたことなら儂は素直に従うつもりじゃ』


 いくら補足があっても猶予があっても、僕の一存で世界は存続にも崩壊にも進む事実は変わらない。

 そんな大きな決断を、本当に僕がしても良いのだろうか。僕に、命を背負う覚悟はあるのだろうか。

 そんな様々な不安が、問いが、責任が頭の中を駆け巡る。

 しかしそんな思考を、この世で最も信頼している声が遮った。


『ご主人様。ご主人様はきっと、これから沢山の土地を巡り、多くの人と関わっていくと思います。その中で、様々な問題や困難にも直面するでしょう。そしてご主人様なら、必ずやその問題達を解決するはずです。そうして成長していく中で決めて行けば良いのではないでしょうか。先程の頼みの答えを。その時に出した結論なら、ご主人様も信じられるのではありませんか』


 そんなシエラの言葉は、一瞬にして僕の頭を晴れさせた。

 確かにシエラの言う通りだ。僕が沢山の土地を巡って、多くの人と関わるかは分からないけど、色んな経験を通して成長した僕なら、今より遥かに良い答えを出せることは確信できる。

 それなら、今僕が言うべきことは。


「主さん。僕が主さんにとって、世界にとって、正しい決断が出来るかは分かりません。でも、成長した僕ならきっと、自信を持って答えることが出来ると思うんです。だから、またここに来た時に、必ず決めさせてください」

『うむ。お主の想い、しかと受け取った。辛い決断をさせてしまうと思うが、存分に成長して、またここに戻って来ておくれ』


 いつまでも待っている。そんな思いを感じさせる言葉は、逆に戻ってくるまでにどれくらいの時間が掛かるのだろうという思いを加速させた。

 そんな疑問を見透かしたように、主はその口を開く。


『そうじゃな。明確な時間は言えないが、ここの門を開くには条件があるからの。大変な事には違いないな』

「え、そうなんですか。その条件って?」

『それを言ってしまえば詰まらんじゃろう。それに、お主のパートナーなら、既に予想が立っているのではないか。儂が話している最中も、門を調べていたからのぉ』


 ドキッと心臓が跳ねる。

 僕は会話の中で一度もシエラの名を出していない。それなのにどうして、シエラの存在を知っているのか。


『どうしても何も、儂はこのダンジョンの主じゃぞ。お主の中に意識が二つあることくらい、最初から気付いておったわ』

「そう、だったんですね。やっぱり、腐っても異界で王様やってた人ですね」

『腐ってもは余計じゃ』


 そうして数秒笑い合って、ついに帰る時間が訪れた。


『由生、お主と話した時間、久しぶりに楽しかった』

「僕もです。こうして笑い合ったのは、家族と話している時以来でしたから。本当に、楽しかったです」

『うむ、良い笑顔じゃ。今後も、その笑顔と優しさを絶やさないようにの』

「出来ますかね?」

『出来るとも。何せお主は、あのケルベロスを倒したのだからな』

「あ、そうでしたね」

『何じゃ、忘れておったのか?』

「ケルベロス戦の後の情報量が多くて。それに、何だか現実感もなくて」

『ほっほ、それもそうか』


 楽しい会話はいつまでも続いてほしいと思うもので、僕は自然と話しを引き延ばしていた。しかし、時間はゲームのように止まることはない。帰る時は、すぐそこまで迫っていた。


『由生、転移陣を出しておいた。そこに乗って帰りたい場所を思い浮かべれば、その場所まで飛ばしてくれる』

「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」

『どうってことない。最後に由生、お主のスキルを教えてくれんか。ケルベロスを倒した者を、儂と対等に語り合った者を、名前以外も覚えておきたいのじゃ』


 そのお願いに、僕は自信を持って答える。ケルベロスを倒したスキル、僕を生きてここから帰したスキル。僕のスキル名は。


「世界を統べる者、です!」

『……そうか。良いスキルじゃな。では、気を付けて帰るんじゃぞ。また会えるその日を楽しみにしておる』


 その言葉を最後に、部屋は静けさを取り戻した。


「じゃあシエラ、僕たちも帰ろうか」

『はい、ご主人様』


 そうして魔法陣の上に乗る。

 僕が自宅を思い浮かべると、魔法陣は輝き始め、その光を徐々に強めていった。


「ねえ、シエラ」

『なんでしょう、ご主人様』

「僕の頼みを聞いてくれて、僕を一人の人間にしてくれて、ありがとう」

『何を言ってるんですか。私はシエラ。ご主人様のシエラです。ご主人様の頼みを聞くなど、当たり前のことです。それに、ご主人様は生まれた時から、素晴らしい人間ですよ』


 シエラの本音が頭に響き、身体が完全に光に包まれたと同時、僕はダンジョンから消えていた。

 時を同じくして原初のダンジョン最奥、玉座の間で、主は懐かし気に呟いていた。


「まさか、あの名をもう一度聞くことになるとは。のぉ、オルケウス」


******


 光が収まると、そこは自宅の玄関だった。

 魔法陣で思い浮かべたのが自宅だったので、当然と言えば当然なのだが。しかし外から入らないというのは、些か不思議な気分だった。


「まずは、無事に帰ってきたことを伝えなきゃ」


 玄関に靴を揃えて脱ぐと、真っ先にある部屋へと向かう。


「ただいま。父さん、母さん」


 今はもう動かない二人の写真に手を合わせると、僕はその足で自室へと向かった。

 そしてそのままベッドに倒れ込むと、意識が徐々に薄れていく。


 それもそのはず。今日一日で色んな事が起きすぎた。今必要なのは、一に睡眠、二に睡眠だ。幸い明日は土曜日。学校も休みで予定もない。気になった事や分からない事は、明日整理しよう。

 その思考を最後に、僕の身体は深い眠りへと落ちて行った。

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