第6話 過去の歴史と未来の選択①

「そっか、僕、勝ったんだ……本当に、生きて、勝てたんだ」


 嗚咽混じりに口から出てくる言葉は、目の前の勝利を、生の実感を繰り返し伝えてくる。しかし同時に目から溢れ出てくる涙は、今まで抑え込んでいた恐怖や痛み、苦しみがあったことを如実に表していた。


『ご主人様、本当におめでとうございます。ケルベロス討伐、見事でした』


 シエラは、あたかもケルベロスを僕一人で討伐したかのように言ってくる。しかし、そんなはずない。そんな事にはさせない。ケルベロスにはシエラがいなかったら勝てなかった。シエラがいてくれたから勝てたんだ。この勝利は、二人で勝ち取ったものだ。

 それを伝えるために口を開きかけたその時、僕の言葉は見知らぬ声に遮られた。


『まさか、ケルベロスを倒してしまうとはのぉ』


 その声は、シエラとは違い頭に直接響いてくるものではなかった。だからと言って、僕の目に声の主が映っている訳でもなかった。その声は、今いる部屋全体に響き渡っていた。


「……えっと、誰、ですか」

『そうじゃよね。分からないよね。儂は、このダンジョンの主じゃ』


 主! そうだった。ケルベロスの説明欄にも書いてあった。ケルベロスは、原初のダンジョン最奥への門を守護する魔犬。言わばただの見定め役。決してダンジョンボスなどではない。本当のボスは、この声の主。

 とは言え、連戦何て今の僕には無理だ。ボスの情報もなければ、対策もしていない。何より、もう戦う気力が残っていない。一体、どうしたら。


『そんな困った顔をせんでも大丈夫じゃ。お主と戦うつもりはない』

「本当、ですか」

『本当じゃ。あ奴らの魂も感じないしのぉ。ただ、ケルベロスを倒すほどの強者。一度、話がしたかっただけじゃ』


 その返答に、安堵の溜息を漏らす。どうやら、生きて帰れることは確定したようだ。


「それで、話って何ですか?」

『ああ。儂が聞きたいことは一つだけじゃ。この世界は、どうなった』


 その質問はあまりに大雑把で、しかしその声は、どこか大きな不安を孕んでいた。


「詳しく説明すると時間が掛かっちゃうし、外国のことはよく分からないので、日本のことを搔い摘んでお話しても良いですか」

『ああ。構わんよ』


 主から許可を貰うと、僕はぽつぽつとこの日本の、ダンジョンが現れてからの歴史を語り始めた。


「まず100年前、この世界に突如としてダンジョンが現れました。それは出現と同時に、僕たち人間に特殊な能力を授けたんです。それがスキル。そのスキルは人種に関係なく、人間なら誰もが発現しました。最初は皆戸惑っていたみたいですが、ある時誰かが言い始めたんです。この力を使って、革命を起こさないかって。それで始まったのが、政権を巡っての戦いです。結果は革命軍の勝利でした。まあ、スキル的に強い人が集まっていたので、当然と言えば当然なんですけど。それで政治体制も大きく変わって、強いスキル持ちは優遇され、弱いスキル持ちは冷遇されるようになってから数年、政府はとあることに気付いたんです。それは、生まれてくる子供に発現するスキルは、ランダムで付与されている訳ではないという事です。子供は皆一様に、親のスキルを融合させたようなスキルを持って生まれて来たんです。これが、血統配合の始まりでした。そこから政府はスキルの申告を義務付けると、強いスキル持ちだけを全国から集めて、その人たちだけで子供を作り始めました。強い子供を作ることに躍起になっていったんです。勿論集められた人たちは一国のトップのような優遇を受けられたので、断ることはありませんでした。でもそれと同時に、弱いスキル持ちの冷遇化は加速度的に進んでいったんです。それが何年、何十年と続き、日本は今となっては、世界トップの血統配合国家になりました。周りからは尊敬と畏怖の念を込めて、統合国家日本と略されて呼ばれています。これが、ダンジョンが現れてからの、日本の歴史です」


 僕が全てを語り終えると、その場には重い沈黙が流れる。

 やがて主が口を開いたが、そこからは申し訳なさが感じ取れた。


『そうか……やはり、迷惑をかける結果となってしまったのだな』

「やはりって、どういう事ですか?」

『……ダンジョンをこの世界に出現させたのは、儂なんじゃ』

「え⁉ それって、本当なんですか?」

『本当じゃよ。儂嘘つかない』


 その言い方は完全に嘘をつく人の言い方なんだよ。でも、わざわざ僕の前で嘘をつく理由もないだろうし、恐らく主の言っていることは本当なんだろう。

 だとしたら、何でこの世界にダンジョンを出現させたんだ。侵略? 支配? 何にしろ必ず訳があるはずだ。それを確かめるためにも。


「主さん。ダンジョンをこの世界に出現させた理由。聞いても良いですか」

『少し長くなるが、それでも構わないかの?』

「はい。大丈夫です」


 僕の返事を聞き終わると、主はまるで孫に語り聞かせるように話し始めた。


『儂は、異界と呼ばれる場所に住んでおった。お主の世界で言うところの、神の世界というやつじゃ。そこで儂は王みたいなことをしておったんじゃが、どうにも上手く治められんくての。次の王に座を引き継がせて辞めたんじゃ。その時に異界の嫌われ者を集めて造ったのがこのダンジョンじゃ。少しでもそ奴らが生きやすくあればと思っての。そんで色々あって、このダンジョンを中心に、九つの新たなダンジョンが造られたんじゃ。そんで数年経って、何か急に異界から出てけって言われての。色んな副作用が転移先の世界に起こる危惧はあったが、まあ案ずるより産むが易しってことで、ダンジョンを転移させたんじゃ。そんで着いた先がここ、地球だったって訳じゃな』


「……いや、色々すっ飛ばし過ぎでしょ! 新たなダンジョン形成の話とか、異界から追い出された理由とか、転移の時の副作用とか、話してほしいところ、もっと沢山あったんですけど!」

『だってそれ話してると、本当に日が暮れちゃうんじゃもん』


 この人が王を辞めて本当に良かったなと思いつつ、しかしどうしても知っておかなければならない事を、主に質問した。


「あの、転移時の副作用って何なんですか?」

『まあ、主にはスキル発現のことじゃな。あれは、ダンジョンが蓄えている膨大な魔力が、転移時に地球上に溢れたことにより起こった現象じゃ。魔力がこの地球に、人間がダンジョンに適応しようとした結果でもあると思うがの。まあ、そのスキルが血統配合で強くなることは知らなんだが。動物にスキルが発現しなかったのは、ダンジョン内にいるモンスターと同じという判断をされたからじゃろ』

「そうだったんですね」


 たった数分で、様々な事実が明らかになっていく。

 異界があること、ダンジョンが現れた理由、それに伴うスキル発現の理由など、上げれば切りがなかった。

 しかしそれは向こうも同じだった様で、今度は主から質問が飛んでくる。

 どうやらこの問答は、もう少しだけ続くようだ。

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