眼鏡をかけた彼女と、銀の鈴の前

だるまかろん

眼鏡をかけた彼女と、銀の鈴の前

 ある晴れた日、僕らは約束をした。

「銀の鈴の前で待ち合わせをしよう。」

「はい、分かりました。では、午後二時に銀の鈴の前で待っています。」

 僕は飛び上がって喜んだ。現在の時刻は午後一時で、あと一時間後だ。それまで、少し時間に余裕がある。

 東京駅の丸の内南口の改札を出る。一番高くなっている天井の真下まで進むと、ニヤニヤと笑みがこぼれた。床の模様が丸いからか、僕は三百六十度回転したくてたまらなくなったのだ。

「東京駅が、僕を歓迎している。」

 僕は錯覚に陥ったのだ。昼間だというのに、妙に薄暗くて開放感のある様は、僕に安心感や懐かしさを感じさせる。

 僕は丸の内南口から外に出て、東京駅全体を眺める。赤いレンガのような特徴的な創りに圧倒される。それは言葉にはできないものだ。周りには高層ビルが立ち並んでいる。この僕が首を上にして見上げなければならないという有様だ。何という屈辱だ、だが悪い気持ちはしない。僕は東京駅という建物に再び立ち向かおうとしたのだ。それはゲームの最終決戦で敵を倒すのと似ている。僕は、意を決してゆっくりと一歩踏み出した。

 僕が再び改札に入ると、時刻は午後一時半だった。僕は急いで銀の鈴の前に向かった。 

 僕は十分前に、銀の鈴の前に着いた。

 彼女は銀の鈴の前で、眼鏡をかけ直してしているのが見えた。銀の鈴の光を見て、眼鏡をキラキラと輝かせていた。僕は、恐る恐る彼女に近づいた。

「こんにちは、久しぶりだね。」

 僕が声をかけると、彼女は笑った。

「こんにちは、久しぶり。」

 久しぶりに聞いた彼女の声は、鈴の音のように、僕の耳に響いて離れなかった。

 彼女はそっと眼鏡を外した。

「眼鏡、かけなくて大丈夫?」

「大丈夫だよ、今日からコンタクトレンズにしたから。」

 眼鏡姿の彼女も素敵けれど、コンタクトレンズの彼女も素敵だ。何でも似合う彼女には敵わない。

「僕も今日、コンタクトレンズだ。」

 僕が彼女に言う。彼女は意外ねと言って笑った。

「銀の鈴の光が眩しくてね、乱反射しているって感じがするよ。」

 僕が言うと、彼女はクスッと笑った。

「私たちの初めてのデート待ち合わせも、この場所だったの。覚えている?」

「もちろん。」

 僕らは初デートで、お互い眼鏡を購入した。眼鏡は他の人に見てもらわないと分からないからって。じゃあ、二人で行きましょうとか、そんな流れだった。

 また、二人で銀の鈴の前で会って、また眼鏡に戻りたくなった。

「新しい眼鏡が欲しいの。あなたと一緒に行きたい。」

 彼女が言った。

「もちろん。」

 僕らは眼鏡専門店に行き、眼鏡を購入した。また、あの頃に戻ったような気がした。

 夜になって、僕は古い眼鏡をタンスの奥に閉まって、見えないところに隠した。もう振り返らなくていいように。

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眼鏡をかけた彼女と、銀の鈴の前 だるまかろん @darumatyoko

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