落ちこぼれのめがね

如月千怜【作者活動終了】

落ちこぼれのめがね

 冒険者学校を卒業してから、長い日々が経った。


「ジュリー、これお願い」

「は、はい!」


 だけど私は、ギルドの事務作業を手伝うくらいのことしか出来ていない。トレーニング自体は今もしているのだが、一度も実戦に出ないままでは、訓練校で学んだ技術は少しずつ落ちつつあった。


『――メガネ女の剣士とかいるかよ!』


 同期の男の子で、一番私と成績が近かった子にパーティーに入れさせてほしいと言った時の言葉が、また反響した。


「…………」

「ほら、早くして!」

「は、はい!!」


 誰も私をパーティーに入れてくれないのは、子供の頃から目が悪いから。教官からも『魔力を持たない君は、冒険者になるのを諦めた方がいい』と何度も言われた。少なくとも射撃手よりは向いていると言われて選んだのが、剣士だったのだけど。

 普通の人よりハンデがある私を仲間に入れてくれるパーティーなんて、どこにもいなかった。


「……ジュリ君、やっぱり君は前線に出たいのかい?」


 気の毒に思ったギルドマスターからもらった、ギルドの事務作業――実態はほぼ雑用ばかりだけど、手を抜いた記憶は一度もない。


「ギルドマスター……」


 ギルドマスターの気遣いが、ますます涙を強めた――その時だった。


「……実は前々から話そうか悩んでいたことがあったのだけど」

「?」

「君を採用してくれるかもしれないパーティーのあてが、一つだけあるんだ」

「――!?」


――初めて聞いた、衝撃の言葉であった。


「本当なんですか?」

「ああ。だがそのパーティーは、常に危険な最前線で戦っている。君を守ってくれる人はたくさんいるだろうけど、それでもついていくことで他のパーティーより危険な場面が増えることは否定できない」


 そう言いながら、ギルドマスターが一つのポスターを指さした。

 そこに書いていたのは『星空の旅団レグルス』という名前だった。


「……れ、レグルス!?」


 信じられない相談だった。ギルドマスターの冗談を疑うほどに。


「レグルスって、あのクラウディオ・スカラーさんが団長の……!?」

「ああ、かつてはそうだった。だが今彼は先の戦いで重傷を負い、今はこのポスターに描いてあるイングリットという女の子が団長になっている。彼女は君より年下だ」


 本当に、あのレグルスだった。例え団長が代替わりしても、冒険者候補生なら知らない者は誰もいないと言っても過言ではない最大規模のキャラバンだ。


「本当なんですか!? 本当にレグルスが私を採用してくれるんですか!?」

「ああ。試験は厳しいが、君の努力次第なら実現すると思う。今の彼らは有力戦士の多くが戦死及び負傷して、人員を一人でも多く必要としているからな」


――それが、本当なら。


「――それが本当なら、なんで今まで話してくれなかったんですか!!」

「――!!」

「なんでずっと! ずっと私がパーティーに入れてもらえるかもしれないチャンスを先送りにしてたんですか!! もっと早く話してくれてれば、私だってすぐに!」

「落ち着け、落ち着くんだジュリ君」


 そのギルドマスターの声は、優しく私の言葉を受け止めた。

 ギルドマスターは私に語りかける。


「本当のことを言うと、僕は君を危険なところにつれて行きたくなかったんだ」

「!?」

「どんな仕事でもずっとここで一生懸命頑張っている君を見ていると、こんな一生懸命な子を死ぬかもしれない戦いに連れ出したくないと、さっきまで本気で思っていた」


 ギルドマスターは語った。彼が私を前線に出したくなかった理由を。


「だけど、君が諦めきれていない様子を見て、僕が間違っていたことに気が付いた。君はずっと、このギルドの役に立ちたいと思っていたんだね……本当にすまなかった」


 ギルドマスターでありながら、下っ端の雑用である私に彼は自ら頭を下げた。


「――だが、行くからには約束してくれないか」

「…………」

「合格してレグルスの一員になるにしても、不合格になって僕のところに帰ってくるにしても。決して自分の命を無下にすることはしないと約束してくれ」


初めて、ギルドマスターから真剣な顔で見つめられた。

教官も私に向けてこんな真剣な表情を見せたことはない。同級生の子達は尚更だった。


「それが僕の君に求める、レグルスの入団試験を受ける唯一の条件だ」

「……わかりました」


その言葉と真剣な眼差しに、私は今までとは比べ物にならないほどにやる気が湧いてきた。

――入団試験の日まで、短い。その分トレーニングを頑張ろう。

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