絢爛たれ!百鬼総合和太鼓部

空亡 ありあ

序章

 感情を伴う事柄に点数を付けることは非情だ。

 けれど、時としてそうしなければ自らを誇ることはできない。


 音楽や美術のコンクールは日々様々な所で行われている。

 一人の人間が数十の作品に目を通すこともあれば、数百の人間が一つの作品を審査することもある。けれど、その全ての人間を納得させるという事はどの分野においても非常に難しいのだ。


 例えば、「一目見ただけで心が揺すぶられた」という表現のように、刹那で一目惚れのような感覚になることもあれば、何度も何度も繰り返し見ているうちに作品に秘められていた魅力に気が付くこともある。



「俺たちが舞台に立てるのはたった十分程度。何百日、何千時間練習してきたって、俺たちが魅せられるのはたったそのくらいの短い時間なんだ」



 音楽のコンクールは他の体育系の大会とは優劣のつけ方が全く違う。相手のサッカーゴールにボールを入れれば一点。自分のコートに入ってきたボールを打ち返せなければ相手に一点。

 そういう明確な得点方式が音楽の世界には無かった。



「だからそのたった数分に全てを賭けるのが、俺たちの青春だと思う」



 初春瑛人は自分自身が先程まで演奏をしていた舞台を見ながら、そうどこか誇らしげに呟いた。

 彼の周りでは多くの生徒が悔しさを胸に泣き、かと思えば少しの生徒が満開の笑顔と共に歓喜の涙を流している。

 ホール中に溢れかえる悲喜交々に、どんよりとした憂鬱感すら覚えてきた数名の観客が、後ろめたそうに会場を後にしていく姿を見送ってから、初春は再び視線を先ほどまで関東大会が行われていたその舞台に戻した。



「今日はあそこが良いと思えたけれど、明日は違うところの方が優れていたと思うのかもしれない。数分後には、数秒後には、俺たちの音の方が素晴らしかったと彼らは思うかもしれない。結局は人の心なんだ。俺たちが戦っているのは」

「俺は誰かに点数を付けてもらう為に太鼓叩いてるわけじゃねえ。こんな思いするくらいなら、始めっから大会になんかに出るべきじゃなかった」



 達観したような様子の初春を横目に見ていた、同じ一年生の柊千鶴が怒気を孕んだ声で否定の言葉を口にする。

 その手に握られたヒノキの撥が、柊の汗を吸い込んで濃く色を変えた。



「大事な人が泣いてる所を目の当たりにして、それでも出場して良かったなんて綺麗事言えるのは、人の心を揺さぶる演奏者として不適合だと思うぜ」



 冷たい声音で柊が責めるようにそう伝えた後、しばらく二人の間には沈黙が流れた。聞こえるのは、鼻をすすり、嗚咽を漏らし、誰かを慰め、誰かに謝り、自分を貶す悲しい音だけ。



「瑛人。俺はいつかの未来で、最後はお前に太鼓叩いてて良かったって笑ってやりたいよ。あの人たちみたいな終わりにだけは、絶対にさせねえ」

「分かってる。俺だってそうだ。でもね千鶴、俺たちがここに立っていた証明を、その誇りを貫くには、あの舞台に立つしかないんだよ」



 そう小さな声で言う初春に、柊がわざと聞こえるくらいの大きさで舌打ちをし、その場から足早に去っていく。

 初春は一瞬だけ彼が進んでいった方向に目をやり、追いかけようかと躊躇いはしたが、それでもその場から動かなかった。

 たくさんの涙と、ほんの少しの笑顔の中から。



* * *



 和太鼓。

 伝統的な日本文化であり、国内外問わず多くのファンを持つ音楽ジャンルの一種だ。


 しかし演奏者人口が他の楽器に比べれば少なく、全国の高校でも和太鼓部として確立している学校はまだ少ない。

吹奏楽部は部活一覧で目にすることは多いが、和太鼓部、さらに幅を広げて琴や日本舞踊も同時に行う伝統文化部がある高校は極めて稀だろう。

 講師として初心者に教えることが出来る和太鼓奏者も各地にゴロゴロいるわけではなく、県を跨いで習いに行ったり、または遠征費を支払って講習に来てもらうことが多い。

 当然ながら初期費用もかなり高額になるため、太鼓そのものを地元から譲って貰ったり、馴染みの工房から融通してもらえない限りはかなり金銭面で負担が大きい。


 それゆえに、高校生が叩く和太鼓というのは多くの人を惹きつける。

 同時に、若き学生たちにとっても、和太鼓という馴染みのない、逆に新しささえある伝統芸能は魅力的であり、自分たちの青春を捧げるに相応しいと感じるのだろう。


 この国で、五臓六腑に、魂に音を響かせることの出来る楽器は、和太鼓の他に無いのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る