アポカリプスを越えて 空に戻る日

和泉茉樹

空に戻る日

 移民船勤務を命じられた。

 遺伝編集技術の暴走によって破局を迎えた地球に移民船が帰還してから五十年も経ってない。私は十八歳で地上へ降下してから、ずっと地球で過ごしてきた。今までの十年と少しを経ても地球環境を改善させる見通しは立っていなかった。

 中尉に任官するのと同時に移民船に異動となった。私は地上勤務を希望し続けていたのに。

「ちょっと勉強すればまた戻れるだろう」

 上官である大尉が慰めてくれたが、私の気持ちは晴れなかった。

 私は輸送シャトルで十年以上ぶりに宇宙へ戻った。シャトルは想像以上に快適で、あっという間に移民船の待つ軌道上へ舞い上がった。

 途中、窓の向こうに地球が見えた。緑でも青でもない、どこか暗い色合いをした惑星。

 記録の中で見た地球とはまるで違う星だ。

 シャトルは移民船の一つに格納された。降りる時はハッチからチューブを伝って移民船に乗り移るのだが、無重力に近く、幼い頃は慣れていたはずのそれに違和感を感じて戸惑った。

 荷物を受け取り、ゲートを抜けて形ばかりのエントランスに出た。待ち構えている乗客の家族や関係者が挨拶をしたり抱擁したりしているが、私にはそういう相手はいない。

 そのはずだった。

 通り過ぎようとした私の視界の隅に、女性が見えた。

 メガネ姿は初めて見たが、よく知った顔だ。

 私はそちらへ移動していった。

 相手は微笑んでいる。私が微笑むことができたかは、わからない。

「目が悪くなったの?」

 自分の発言に自分で呆れたが、相手は特に気を悪くしたようでもない。

「もう歳だからね」

 そう、とだけ私は答えた。

「お帰りなさい、クリスティン」

 私はちょっと躊躇ってから答えた。

「ただいま、お母さん」

 眼鏡の奥で、母が少しだけ目を細めた。

 地上に惹かれる私がいる一方で、まったく違うことを考えている自分が、ちょっとだけ不快だった。

 地上こそが人の住む土地だと思う。

 でも、待っている人がいるのなら移民船も悪くないのだろうか。



(了)

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