学校の王子様がバイト先の常連になったので、俺が全力で人生を変えようと思う
人生変化
第1話 喫茶店と王子様
穏やかなジャズの音楽と珈琲の香りに包まれる店内。
昼時には談笑するマダムたちでいっぱいになるうちの店も、夕方になれば閑古鳥が鳴いていて、お客さんの姿は一人もない。
あと一時間もすれば帰宅ラッシュの時間帯。社会に揉まれ疲れた大人たちが、ひとときの癒しを求めて喫茶店に訪れる頃合だ。
今のうちに重ねてあるティーカップを仕舞おうと手に取った時、来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいま……げ」
姿を現した、見覚えのある容姿に思わず声を漏らす。
170に近い、女性にしては高い身長。
スレンダーな体型でありながらも出るところは出ていて、モデルさながらの美しいスタイル。
艶やかな黒髪はウルフカットで肩ほどに切り揃えられていて、端正な顔立ちと相待って見惚れてしまうような格好良さがある。
「カウンター、座ってもいいですか?」
彼女はどうやら俺のことに気づいていないらしい。
なるべく顔を見せないようにしながら返事をして、席に座る様子を眺めた。
どうしてここに。
俺の働く喫茶店は高校から二駅分は離れている。知り合いと会いたくないから遠い店でバイトをしているというのに、こんな偶然があるなんて。
「あの、カフェオレお願いします。……結構甘めで」
しなやかな指でメニューを捲りながら注文する彼女。
俺のクラスメイトであり、『王子様』と呼ばれる学校の人気者だ。
◇ ◇ ◇
金曜日。どこか浮き立つような朝の喧騒に呑まれながら教室に入った。
窓側の最後列、俗に言う当たりである自分の席に座る。
「……おは、ゆーくん」
「おはよーさん。今日も相変わらず眠そうだな」
「イベントが昨日までだったから。ポイント、稼げるだけ稼ぎたい」
気だるげに声をかけてきたのは、
黒よりかは灰色に近いボブカット。小柄な体はぐでーっと机の上に投げ出され、ふにゃっとした瞳でこちらを眺めている。
誰の目から見ても美少女なのに、いかんせんやる気がないんだよな、こいつ。そのおかげで俺がこうして親しくできているから、何も言えないけど。
「ゆーくんは昨日もバイト?」
「おう。やっと夢のカフェ店員になれたし、毎日楽しいわ」
「……残念。バイト始めてから、ぜんぜんゲームしてくれなくなった」
「わ、悪い。帰ってからってなると勉強の時間ないし……それに、俺と四ノ宮、結構ランク離れてるだろ?一緒にやっても足引っ張るだけだしな」
「友達とゲームするのがいいの。私の友達、ゆーくんくらいだし」
俺と四ノ宮は中学校からの付き合いだが、二人とも友達がほとんどいなかった。
彼女はそのマイペースすぎる性格と、あまり感情を表に出さないが故に。
俺は当時家庭環境が悪く、色々と荒れていたことに加え、コミュニケーションが得意ではなかったから。
クラスの余り物同士が集まるのは、自然な流れだったのだと思う。
「分かった分かった、でもバイトがない日だけな?暇な時ランク上げとくから」
「……約束」
珍しく嬉しそうな顔をしてから、机に伏せて眠ってしまった。
俺たちの会話はいつも最低限だが、それでも不思議と居心地がいい。男女の中では決してなくて、友達以上の何者でもない。四ノ宮にとってもそれは同じだろう。
色々と足りていない俺たちには、そんな関係で十分だった。
「みんなおっはよー!」
「ひな、そんな走らない。せっかくの綺麗な髪型、崩れちゃうから」
「あはは、ごめんごめん。いつもありがと〜」
四ノ宮が眠った直後、二人の女子が教室に入ってきた。
教室が華やかになったことがすぐわかるほど、目を惹く容姿をしている。
『お姫様』と『王子様』。漫画の登場人物のような愛称で呼ばれる二人は、この学校で知らない人はいないほどの人気者だ。
「ひなちゃん、インスタ見たよ!なにあの美味しそうなお店っ」
「私も見た!ってか、誰あの一緒に写ってたイケメン!もしかして彼氏?」
「あは、ありがと〜。あれはね、ひなのお兄ちゃん。いつもはダサいのに、インスタ上げるときだけ本気出しちゃってさ〜」
たちまち複数人の女子に囲まれて、有名人のように質問攻めされる女子。
彼女は
「こらこら、質問はそのへんで終わり。ひな、今日小テストなの忘れてるでしょ。成績やばいんだから、ちゃんと勉強しないと」
「う、そうだった……ごめんみんな、また今度話そ!」
「全くもう、ひなは目を離すとすぐにサボるからなー」
「あはは、ごめん……あ、そうだ凛音ちゃん、これあげる!じゃーん、人気ケーキバイキングのチケット〜。いつも迷惑かけてるお礼に、頑張って予約したんだ〜」
「……ゆるす」
そして、もうひとり。
お姫様と夫婦漫才を繰り広げるのは、王子様と呼ばれる女子生徒。
彼女たちは誰にも付け入る隙がないほど仲が良くて、小さい頃からの幼馴染であると言うのは、学校では有名な話だ。
そんな王子様は、昨日俺のバイト先に来やがった張本人でもある。
「……はあ」
思わずため息を漏らす。
店員が俺であることはバレていないはずだ。王子様はカフェオレを飲んだ後すぐに帰ったし、そもそも学校の人気者が、ほとんど話さない俺を認識している訳がない。
それに、バイトの時は普段長い前髪を上げている。友人でなければ、それこそokでもなければ俺の存在に気づくことはないだろう。
「……?」
勉強を始めた二人から視線を戻そうとすると、一瞬だけ王子様と目が合ったような気がした。
気のせいだと思うようにして、俺も小テストの勉強をするべく机に向き直った。
王子様がうちの喫茶店に来たのは偶然。
きっと、もう会うことはないだろう。
そう思ったのに。
「なんで今日も来てんだよ……」
夕方、昨日と同じ時間に姿を現したのは、学校の王子様だった。
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