【KAC20248(テーマ:めがね)】

👓

 済野さんが初めて眼鏡をかけた。


「どうかしら」


 お店で選んだ眼鏡をかけた済野さんは、僕の方を見た。

 無表情の済野さんだけど、僕は彼女の求める答えを知っている。


「似合ってるよ」僕は率直に褒めた。

「ありがとう」にこり、と済野さんは顔をほころばせた。


「済野さんって視力悪かったんだね」

「ええ、普段はスマートコンタクトレンズを付けて視力を調節していたわ。でも最近目がゴロゴロすることが多くて。そしたら、眼鏡を試してみたらどうかって勧められたから……」


 聞き慣れた単語が組み合わさり、聞き慣れない単語になった。

 済野さんは、稀にそういう単語を使うから気が抜けない。

 しかも、その後に続く話が長いと、その単語を捕まえるのにも苦労する。


「ねえ済野さん、スマートコンタクトレンズって何?」


 今日は、捕まえられた。

 終わった話? そんなこと知るか。


「え? ええっと、目に装着して、好きなところにピントを合わせたり、離れたところの映像を見たり、地図を確認したり、webサイトを見たり、あとは友人からの文字メッセージを確認したり、いろいろできる装置だけど」


 何か変なことを言ったかしら? と済野さんが首をかしげる。


「たぶんそれ、僕の知ってるコンタクトレンズじゃない」

「そうなの?」

「うん、そのレンズ、どうやって操作するの?」


 僕はドキドキしながら尋ねる。


「装着してたらあとは考えるだけで出来るわよ」


 そういうものでしょと言わんばかりのトーンで済野さんは言う。


 僕は過去に学友が、「身体の機能の一部を人工物で代替及びサポートしたものがサイボーグだ!だから、コンタクトレンズを付ければサイボーグになれる!!」と熱く言い放った日のことを思い出した。

 学友は、そう叫んだ直後、偶々通りがかった教授に「サイボーグは、体の一部を人工物で代替するだけでなく、神経と機械装置を直結し、人体の調節・生後システムと一体となったものをいいます。なので、代替するだけでサイボーグと言うのは苦しいものがありますね」と言われて撃沈した。


 教授は、つまり端的に言えば、「脳と直結させて自在に動かせないものはサイボーグではない」とぶった切ったんだ。

 あれは、とりつくしまもなかった。


 でも、済野さんが普段つけているコンタクトレンズは、教授の言っていたサイボーグの定義を満たしている代物のようで。


「え、じゃあ、済野さんって……」

「なに?」


 サイボーグなの? そう言いかけて僕は口をつぐんだ。

 遠い日の答えを済野さんに尋ねるのは違う気がしたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20248(テーマ:めがね)】 @ei_umise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ