めがねの似合う女子なんていない

あきカン

第1話

 めがねが似合う女子はかわいい──否、かわいい女子はめがねをかけてもかわいい。


 某ファミレス店での普通の女子高生の会話である。


「究極的にいえば、かわいい女子がヒゲのついためがねを付けていても、なんかかわいいって思うわけよ」


 私の話に、桃井奈々と芦田由美がミルクティーを啜りながら頷いた。


「それで?」ナナが言った。


「仮に普通の女子のかわいさを100として、めがねをかけるとそのかわいさが10減るとするじゃん」


「10は大きいね」


「メイクも無し?」ユミは愛用のポーチを前に出した。


「ナシナシ。でもかわいさが1000の女子だったらめがねをかけても990にしかならないわけよ」


「スカウターかよ」ナナが言った。


「そんなの不公平だ! わたしなんて毎日必死にメイクして、今日も男子にピエロってからかわれたのに・・・」


 ユミは顔を覆った。


「それってアンタのメイクが下手だからじゃないの?」


「そうね。メイクはめがねと違ってもとの顔にかわいさを割増するものだから。例えばかわいさが100だったら、メイクをしたときのかわいさは100+(100×メイクのうまさ(-1.0~1.0))くらいじゃないかな。

 最大でもかわいさは倍にしかならないし、最悪0にもなり得るしね」


 するとユミがを手を挙げた。稲穂のようになった前髪が風に揺れる。


「それじゃあ世の女子全員に地雷メイク布教したら、かわいさの株価は下がるって思っていいの?」


「どうやって布教すんだよ」ナナが言った。


「SNSに大量に書き込みするとか?」


「垢BANされるわ、即」


「地雷メイクもかわいい人がすれば、ギャップでかわいいってなることも多いし、難しいんじゃない?」


 そう言うと、ナナは何か別のことを思い付いたようだった。


「私、明日メイクして学校いく」


 いつもやってんじゃん。私とナナは顔を見合わせた。

 そうして翌日、私たちは校門の前でばったりと会った。


「おはよー」

「おはー」


 向かいにいた私とナナは互いに手を振り合う。背後からユミの声が聞こえて私たちは振り返った。

 瞬間、私たちは凍りつく。


「やだ、こわいこわい。誰!?」ナナが臨戦態勢で訊ねた。


「え、ユミだけど」

「どこがどうなったらそんな事になるんだよ!?」


 よく見ると、前髪が稲穂になっている。


「えっと、ユミ。そのメイクは? 自分でやったの?」


「うん。ばっちりでしょ、この地雷メイク」


「ばっちりっていうか、やりすぎじゃない? 日焼けしたヤマンバみたいになってるよ」


「うん、わざと」


 ユミはきっぱり頷いた。

 事情を聞くと、わざと大袈裟な地雷メイクをして、自分のかわいさの基準を落とそうと考えたらしい。


「で、数日して普通のメイクに戻して学校に行くでしょ。したら前の日より格段にかわいくなってるってみんな気づくじゃん」


 いわば、かわいさの株価操作だ。自分のかわいさの価値を極端に下げ、そして急激に引き上げる。


「ムリ」とナナが小さく言った。「あたし、そんな顔のユミと話したくない」


「そうよユミ。そんなことしてもいつかはみんな慣れてまた元に戻るわよ」


 アダムスミスも言っていた。市場には需要と供給があると。クラスにかわいい女子は十人と必要ないのだ。

 私は言った。


「ユミ、聞いて。確かにあなたはウチの男子に人気はない」


「え、そんなはっきり言うの」


「事実だから。でもそのお陰で私とかナナみたいな普通の女子でもそれなりにかわいいって言ってもらえてるのよ。それは全部ユミのお陰なの。そうでしょ、ナナ」


「間違いないわ」ナナは頷いた。


「ホント? 私のおかげ?」


「そうよ。ユミがいなかったら、私もナナも普通くらいになってた。けど、今のユミはそんな基準を遥かに下回ってる。クラス全体のかわいさの平均を引き下げてしまってるのよ」


 ナナはバッグからウェットティッシュを取り出した。


「これでいつものユミに戻ってよ」


 ナナがユミにティッシュを渡すと、ユミはわかったと頷いて顔を拭いた。


「どう? もどった?」ユミはいつものように天真爛漫な笑顔で言った。


「うん、かわいいかわいい」


「30点!」


 私たちは笑い合った。

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