メガネ少年と出会った少女
仁志隆生
前編
空は黒く、乾いた大地に冷たい風が吹いている。
そんなとある場所で、
「カラスニミラミナニキナスナモニトナカラスチセセナノナシチトチニ」
なんか妙な呪文を唱えるのは、黒縁メガネをかけた防寒着姿の少年。
その少年の目に写っているのは、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。
なんじゃそりゃとなりそうだが、今は何が起きても不思議ではない。
そんな時代だった。
群れが段々と近づいてくるが、少年はその場から離れず呪文を唱え続けている。
そして、群れが目と鼻の先まで来た時。
「……戻れえ!」
声を上げて手をかざすと、バッファローの群れがボワッと噴き出た煙に包まれた。
やがて煙が晴れると……。
「え、あれ?」
「俺、何してたんだ?」
そこには大勢の男女がいた。
「大丈夫ですか? 皆さんはバッファローになってたんですけど」
少年が彼らに声をかける。
「あ、微かに覚えてる。あの日空が真っ暗になったかと思ったら牛になって、時々理性飛んで今みたいにだった」
「俺、手にささくれできてるわ」
「私なんか筋肉痛よ、イタタ……」
皆が口々に言いだし、
「あの、君が私達を助けてくれたのかい?」
その中で一番年上だろう年配男性が少年に尋ねる。
「はい、一応」
「ありがとう助かったよ。しかしこんな超常現象だらけだから、魔法使いがいてもだよね」
「これって魔法かどうか、僕もよくわからないんです」
少年が苦笑いしながら言った。
「そうなんだね。いやとにかく君のおかげだよ。そうだ、名前を教えてくれないかな?」
「僕はノゾムといいます。真っ黒になった年に生まれたんで、十六です」
少年、ノゾムが胸に手をやって言う。
「え、もうそんなに経ってるの? 私の感覚では二、三年だったよ」
年配男性がそう言うと、他の者も同じだと口々に言った。
そして、
「という事は君は、こんな世の中しか知らないのか……こんなふうになってなかったら今頃高校生で、平和に青春してたんだろなあ」
年配男性が悲しげに言った。
「いえ、それなりに楽しいこともありましたよ。ところで皆さん、これからどうされますか?」
ノゾムが皆に尋ねる。
「そうだね。元居た場所に戻っても誰もいないだろうしなあ」
「じゃあとりあえず僕の住んでる町に行きますか? 他にも残ってた人や今みたいに戻した人がたくさんいますよ」
「そうなのか。皆もいいか?」
年配男性が尋ねると、全員が頷いた。
道すがら、ノゾムは年配男性といろいろ話していた。
「へえ、会社の社長さんなんですね。会社とか社長さんって残ってた本屋や図書館にあった本読んで知ってたけど、会ったのは初めてです」
「ははは、もう元だよ。今はただのおじさんだよ」
どうやら年配男性は中小企業の社長で、他の者は皆社員だったようだ。
「けどおじさんって言うのもなんですし、社長さんって呼んでいいですか?」
「はは。好きに呼んでくれていいよ」
「社長、嬉しそうだな」
「ああ。社長のあんな顔見たの初めてかも」
「あの子、なんというか見てるとホッとするんだよな。だからかなあ?」
社員達が小声でそう話していた。
歩く事三十分だろうか、着いた場所は赤い鳥居があって長い参道がある場所だった。
「ここってもしかして埼玉県で、あれは氷川神社の参道?」
社長が辺りを見渡しながら言う。
どうやら来た事があるようで、よく見ると所々面影があるなと彼は思った。
「そうですよ。この辺りに皆集まってるんです。ほら、あれのおかげで」
ノゾムが上を指差すと、黒いはずの空に小さく丸く光る雲があった。
「あれ、境内の辺りだけ照らしてるんですよ。だから神様がって人もいます」
「そう思いたくもなるよな。それに……」
「ん? 何か?」
「いやなんでもないよ」
社長は「ノゾム君こそが希望の光のような気がするよ」と、心の中で言った。
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