第7話 姫神聖奈のダンジョン配信その5

〔ど、どういうこと……!?〕


 聖奈は混乱していた。百歩譲って――いや正直、まったくもって譲りたくないのだが――自分を知らないのは、いいとしよう。よくないが。


 だが、ダンジョン配信も知らない、ダンジョン自体を知らない、動画もまるで出てこないとなれば……これは、どういうことなのだろう?


「聖奈!」


 自分を呼ぶ声に彼女はハッとした。聖奈の両親が心配そうな顔で駆け寄ってくるところだった。


「パパ! ママ!」


「心配したぞ!」


「ケガはない? 平気?」


 ふたりは聖奈を抱きしめ、頭を撫でてくれる。


「うん。大丈夫――その、蓮……くんが助けてくれたから」


 聖奈が蓮に目を向けると――怪訝な顔をしている。


「海水浴場……?」


 思わず漏れたらしい声に、聖奈は首をかしげる。が、すぐさま意味を理解して、小さく笑ってしまった。


 確かに、一見すると全員、水着姿だ。


 オーバーニーソックスと肩当てを脱げば、聖奈の装いはワンピース型の水着そのものである。両親に至っては金属製の防具すらないから、本当に海水浴にでも来ているかのようだ。


 さらにもう一人、確か政府の役人――ダンジョン庁に務める男性がゆっくりと近づいてくる。こちらも砂浜を歩いていそうな恰好だ。シャツこそ着ているが、前は開けてあるし、下は海パンといっても通じる。


「はじめまして、来崎蓮さん」


 二十代後半と思しい役人は、そう言って軽く頭を下げた。


「配信――ご存じないかもしれませんが、あなたのダンジョンに入って以降の様子は配信され、アーカイブとして保存されています」


 え!? と蓮は驚きの声を上げる。


「ダンジョン外でも配信は可能ですが、多少の制限が加わりますから、詳しい話はそちらでしたく思います……それで」


 と、役人は少しばかりためらいを見せる。


「こればかりは、確認をせざるを得ないのですが……


「どちら……?」


 蓮は、質問の意味がわからない、といった顔で眉をひそめる。もちろん姫奈もわからなかった。困って両親を見ると、ふたりはハンドサインをした。人差し指を立て、すぐさま中指も一緒に立てる。


 脱出のサインだ。


 不思議に思いながら聖奈がハンドサインを行なうと、異様なことが起こった。


『小田桐市工場跡地、小田桐市北東公園』


 通常、ダンジョンの入口は一つしかない。当然、出るときも同じ場所から脱出する。どこから出るか、選ぶ必要などないのだ。


 聖奈は工場跡地から入った。それ以外に出入り口などない――はずだ。


「ねぇ、これって――」


 両親に目を向けた瞬間、ふたりとも首を横に振る。


〔あ、これ迂闊に話しちゃダメなやつなんだ……〕


 配信されている以上、出口がふたつあることは露見せざるを得ないが……一般のリスナーに対して、あまり余計な情報を口走らないほうがいいらしい。


「工場跡地か、北東公園か……どちらです? あるいは」


 と、彼は脱出のハンドサインを出してみせる。


「これでなにが表示されるか……教えていただきたい」


「なにが表示されるか……?」


 蓮がいぶかしそうにしながらも、脱出のハンドサインを行なう。ステータス画面がそうであるように、空中に浮かぶ選択肢は他人からも目視可能だ。


『小田桐市工場跡地、小田桐市北東公園』


 聖奈とまったく同じ表示だ。やはり出口は二つ――と思った途端、蓮が言った。


「ここに来る前、俺は公園の丘にいたはずなんですが」


〔入口も二つ!?〕


 第一層でいきなりギガント級と遭遇したことといい、どうもこのダンジョンは色々とおかしいらしい。役人は真剣な面持ちでうなずいた。


「では、公園側に行ってみましょう。詳しい話はそちらで」


 と言った瞬間、役人が消えた。脱出したのだ。蓮は困った顔で、助けを求めるように聖奈を見た。


「えーとさ、これ――」


「押せば大丈夫。音声認識もできるけど」


 聖奈の言葉にうながされるようにして、蓮は空中の画面をタッチした――蓮の姿がかき消える。


 聖奈の両親が、「さっ、私たちも」と娘の腕を取る。


「うん……あ、ちょっと待って!」


 聖奈は手を振った。


「えっと――こんな感じで、今日の配信はおしまいです! じゃ、また次回に!」


 配信を見ているリスナーに別れの挨拶を済ましてから、聖奈は両親とともに脱出した……蓮たちがいるはずの公園へ向けて。

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