Fragment:2 依頼者


「親父!悪い、心配かけたか?」

「ただいまっス、親父さん」

 

宵闇が閉じ込められていた場所はフェルガリアにほど近い森林の中にある見張り塔だったらしい。

逃げた後急いで傭兵ギルド寄所に戻ると、バークオルドが入口の近くの木箱に腰かけて葉巻をふかせていた。

仕事の合間の息抜きにも見えなくは無いが、おそらく宵闇達の帰りを待っていたのだろう。

近付く二人に気づいてすぐに木箱から立ち上がった。



「よく帰ってきた。怪我はないな?」

低い声でそう言うと無言で宵闇とラグそれぞれの頭に手をのせ、ぐしゃぐしゃとかき回す。

「痛えって!頭なで回されるようなガキじゃねえぞ?」

「おお悪い。なんせいきなり煙みたいに居なくなっちまったからな。さすがに俺でも心配する。

ラグもご苦労だったな」

「いえ、大したことしてませんから。

それより・・・・・・中に誰かいるんスか?」

 

不審そうな顔と声。

ラグがこういう言い方をする『誰か』とは、『信用できない外部の人間』と言う意味が込められている。


「・・・依頼人だ。宵闇、お前にな。

本当ならもう少し休ませてやりたい所なんだが頼めるか?」

 

いつもはさほど喋る方ではないこの大男が、妙に口数が多い。しかも歯切れが悪い。

第一依頼人が来たのならすぐ紹介されているはずだ。


「俺は別にいいけど、なに暗い顔してんだ?親父」

「依頼人なんだが、お前をさっきつれてった本人だ」

「え?」

「名前はアスベル=シルメリス・ディル・セイン殿。

お前もここに住んでんだから名前ぐらい聞いた事があるだろう?

この国の王佐殿で元幻将だ」


「!!!は?!」 


思わず上げた大声に、周りの視線が集まる。

早朝のあまり人のいない時間帯で助かった。

慌てて何でもないように取り繕ってバークオルドを見ると、何とも言えない複雑な表情をしていた。


幻将というのは各国に一人ずつ居る『武力の象徴』。立場は国によって違うが王政のここセイングランドだと若い王子が騎士団長と兼任し、退任と同時に王座に付く場合が多い。

 表立って出てくるのは国の重要な式典ぐらいだし、それも平民では遠目で見ることが精々なためあまり顔は知られていないが、確か今は第二王子がそれだったはずだ。


王佐は読んで字の如く王を補佐する役職。数居る臣下の中でも指しているのは文官の一番上である首文官である。


王佐にしろ幻将にしろ普通に考えて街中にわざわざ来るような立場の人間ではない。

慌てて入り口から少し中に入ると、外から見えない角の机に全体的に白っぽい外見の優男が座っていた。


「奥で待って頂くように頼んでも、ここでいいの一点張りでな」


『元幻将』を疑いたくなる様な風体だが、バークオルドの重々しい言や、ラグが露骨に警戒している事から考えて見た目通りではないのだろう。

まばらにいる同僚達も違和感があるらしく遠巻きに眺めている。


男は宵闇達に気付くと、椅子から立ち上がって音を立てずに近づいて来た。

「初めまして、宵闇君。今朝はすまなかったね。

だがこの短時間で戻って来れるとは、いささか見込みが甘かったようだ」

「・・・初めまして、アスベル殿下」


試された事に苦いものを覚えつつ差し出された手を見る。宵闇はその手を握らずに片膝を折って右こぶしを床につける礼の姿勢を取った。


アスベルは立場の差とビジネスライク姿勢を前面に出したその意図を察してか、貼り付けた様な笑みを少し深くした。


「形式張ったものは苦手でね。顔を上げてくれ」


言いながら再度斜め下に向かって手を差し出す男に、宵闇も今度は暗に拒否すること無くその手を取った。


「早速だが依頼の話がしたい。私の私邸まで来てもらいたいんだが、いいかな?」


どのみち先にバークオルドを通しているものを聞かずに拒否もできない。

「わかりました」と返そうとした宵闇の前に、急に残像を引く早さで影が割り込んだ。

険しい顔をしたラグだった。


その事に誰かが口を開くより先に、眼にあからさまな敵意を乗せたまま、しかし器用に笑顔を作ってアスベルに進言する。


「失礼ですが、ここの隠し部屋とかじゃ駄目ですか?

あと、できるならその仕事に自分も噛ませてもらえませんかね?オレの方は無料でいいんで」


「お、おいラグ!」

「この馬鹿!!勝手に何てコト言いやがる!」


宵闇とバークオルドが声を荒げる。丸太の様な腕に引っ張られて、ようやくしぶしぶ引き下がった。


「アスベル殿、申し訳ない」

「いえ、いい部下をお持ちですね。

しかし残念ながら、詳細を外部に知らせる訳にはいかないので」


頭を下げる大男に、にっこりと本心からかそうでないのか判別のつかない笑みで返し、「では、宵闇君をしばしお借りします」と優雅に一礼した。



足が床を叩く軽い音と同時に宵闇とアスベルを囲む様に白い円が床に現れ、一際強い光を放つ。

白光が消えた後には、二人の姿が忽然と消えていた。


「親父さん」

ラグがそれまで白い男のいた場所を睨みながら問いを口にする。

「何で宵闇を行かせたんスか」

「お前こそ、さっきのアレはどういうつもりだ。

人の仕事に口出すモンじゃねぇだろ」


バークオルドの言葉にラグは表情を曇らせる。

「王佐を間近で見たの初めてでしたけど、多分アイツオレより性格悪いです。

人操って叩き落すのに慣れてる感じって言うか・・・・・・。

宵闇助けに行った時昨日来てたガキに邪魔されたんですけど、あいつもあいつで化け物だったし。

そんな連中が、あの宵闇に何頼むつもりなのかってのが正直怖いんですよ。

下手すりゃ怪我じゃすまねえっすよ?」


ラグは本人も自覚している通りお世辞にも性格が良いとは言えない。

 汚れ仕事にも顔色一つ変えないし、必要があれば仕事仲間でも容赦なく切り捨てる。

その冷淡さはギルド内どころか酒場を含めた周囲の人間にまで広まっているほどだ。

そんな部下の、本心から心配しているような言葉にバークオルドは驚く。


「宵闇にはえらく執着してんな。仕事仲間捨て駒にして平然と笑ってたお前はいなくなったのか?」

「オレにとって外側の奴なんかどうでもいいです。あいつは数少ない内側なんで。

タチ悪いのに良いように利用されるのは気に入らないんすよ」


「そうか」

「ま、仕事は仕事ですからね。

干渉できないなら無事に帰って来るのを大人しく待ちますよ」


そう苦笑いして背中を向けるラグをバークオルドはしばし無言で見つめ、青年が宿舎のドアを開けたところで低く声を掛けた。

「ラグ」

「何すか?」

「多分、お前が心配しているような事にはならん。だが納得いかんならちょっと仕事を頼まれてくれるか?」

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