今さら聞けない『めがねDV法』とは?!

越知鷹 京

こわ~い話

事件を解決するためには、三分以内にKAC20241やらなければならないことがあった。これが達成できない場合は、真実は闇の中へと消えてゆく――。


まず始めに、事件現場となった高級マンションの 住宅の内見KAC20242 である。これは、芽金めがね警部のルーティンワークと云っても過言ではない。ひと部屋ひと部屋を見て周り、しっかりと確認して、現場となった部屋との間取りの違いを比べるのである。


つぎに、ダイイング・メッセージの確認だった。


赤いコスチュームに身を包んだ 被害者 の傍には【全てを破壊しながら突き進むKAC20241+バッファローの群れ】と書かれていた。実に長い、メッセージだ。



「田中さん、ちょっとコレを見て下さい!」



芽金めがね警部はマヨネーズ入り煎餅せんべいのかけらを口に放り込んで、叫ぶ。

塩分と糖分が、ほどよく彼の血管を刺激する。


田中は、往年の捜査で悪くした足を引くづりながら 芽金 の元へやってきた。


「ガメさん、それにしても煎餅が好きだねぇ。なにも殺人現場まで持ってくるこたぁないだろう? 被害者の方も さぞ無念だろうよ」

「いやいや、そんな事はないですよ。それよりも、ほら、それを見てください。赤い色KAC20247で書かれてある。これは、ひょっとすると血文字なんじゃないですか?」


田中は 現場検証 の為に 特注した 水中をパチンッと鳴らした。


そして、お饅頭がひとつ入るくらいの 小さな箱KAC20243 を取り出すと、中から虫眼鏡を取り出した。箱の底には『水眼青彩』と書かれていた。


「たしかに、こりゃ血だわ、ガメさん。しっかし、よく気がついたな。まさか、被害者のすぐ横に こんな ヒントが残されているなんてよぉ。お手柄、おてがら」


芽金が腰を屈めて血文字と向き合っていると、検視官が何か言ったらしい。田中の笑い声が聞こえてくる。どうやら、三分を過ぎてしまったらしい。


田中が、芽金の耳元でささやいた。


トリあえずKAC20246、死因がわかったらしいぞ」

「本当ですか?」


田中は 眼鏡クロス を取り出すと、サッと血文字の一部を


「ああ、死因は3つに絞れたそうだ」

「聞かせてください」



田中はふっと唇を緩めた。芽金警部の動脈瘤が騒ぎ始める。


「ひとつめは、絞殺」

田中は懐から 眼鏡チェーン を取り出すと、自らの首に巻いた。


「ふたつめは、鈍器による撲殺」

田中は懐から 眼鏡ケース を取り出すと、自らの頭部を叩いてみせた。


「みっつめは、刃物による刺殺」

田中は懐から 眼鏡フレーム を取り出すと、自らの腹部を刺すように押し付けた。


そのとき、芽金は 田中の指に 違和感を覚えた。


ゆっくりと 身を乗り出し、目を細めた。

彼の鋭い観察眼が、何かに刺激されてしまった。



「田中さん、指に ささくれKAC20244 ができてますよ」

「おや、ホントだ。ビタミン不足かねぇ?」



田中は近くにあった椅子に、ゆったりと もたれた。



「そういえば、娘さんはお元気ですか」


田中は ゾクリ とした。自分よりも一回り以上も年下と思われる刑事から、いいようのない威圧感を覚えたのだ。彼が何かの弾みで、こんな質問をすることは無い。

何かに気づいたのか、と身構えてしまう。


嘘をつくか迷ったのか、田中はため息をついた。


「思春期とは怖いもんだよ。あのぇ、お父さん、髪無い! って大きな声で私に言ってくるだよ。5歳の娘にはまだ 人情 というのが分かんないんだろねぇ」



田中の眼に、暗い光が差した。

まるで人を殺したような、そんな 恐ろしい 顔つきに見えてくる。



「警部! 被害者の日記に こんな事 が書かれています」



検視官がやってきて、日記のある部分に指を差した。



* * *

ちっきょー。今日も上司からのパワハラだ。おまけに市民からのクレーム。守ってやってんだから、ちょっとくらい大目に見ろよ。なんだよ、道路標識が折れ曲がったってさ。怪人吹き飛ばすんだから、それくらいの威力はあるだろ、フツウ! 溜ー、必殺技なんか、シマラねぇー、ってンだろがよぉー。

あぁ、やってらんねー。

* * *



たぶん、被害者の遺書にもとれるが、ぴんとこなかった。

芽金警部は検視官の次の ひと言 を待った。すると、横から田中が口を出してきた。


「かぁ、ェな。まるで2ぇ、ゲームボーイのモノクロ世界のようだぜ」


芽金は顔をしかめ、小さく首を振った。


「たしか、彼らは【断面’s ☆ ごりらー】とかいう、悪の組織と戦っている......」

「ガメさん。【だめで ☆ ごりらー】だ」


田中の顔は、厳しくも優しい表情をしていた。

――それは、雄弁に物語っていた。


「田中さん。今ので、すべての謎が解けましたよ」


芽金はしゃべりだす準備をするように、アイスコーヒーを飲んだ。

「被害者を殺害したのは、アナタだ、田中さん!」


「ち、違うんだ、ガメ! ……いや……。違わないか…」



田中から 大粒 の涙が、こぼれ始めた。



「田中さん、どうして…?」


「名前を…。…名前を馬鹿にされたんだよ。『ファントムってなんだよ、ミドルネームですか?』って、バカにしてきたんだよ、コイツは!」


田中は、近くにあった 老眼用メガネ を掴むと、感情のままに 床へ叩きつけた。


「おらぁよ、小さい頃からコンプレックスだったんだ。周りは皆、キラキラネームでよぉ。俺だけ、一郎 だったんだ。どこのイチロウだよ、ホント、笑っちまうよな」


田中の 『水中眼鏡』から『保護メガネ』に掛けなおす手が震えていた。


「だから、18歳になったとき、思い切って区役所で名義変更をしたんだ。俺だけのスーパー カッコいい 名前にしたんだよ。それだけが、俺の唯一の自慢だったのによぉ、コイツが、コイツがよぉ……」


身体にまとわりつくような細かい雨が降ってきた。

いよいよ梅雨入りかもしれない。


芽金は、白い歯を見せて笑った。


「俺の名前、憶えていますか? 『芽金ガメ』です。上から読んでも『がめ』。下から読んでも同じです。マジ、名前ガチャで、ハズレを引くって辛いですよね」



芽金警部は、そっと 田中“ファントム”一郎 の肩に手をそえた。

「22時37分。あなたを “めがねDV” 容疑で逮捕します」


芽金は壊された 老眼用メガネ を見た。

心が ぎゅっ と潰されそうになった。


「もう、はなさないでKAC20245すよ」


そこには、泣きじゃくる 子どものような 老人が、独り。

『名前』という牢獄に囚われて、助けを求めているようだった。


芽金警部が ピンホールトレーニングメガネ を掛けると、検視官はすべてを悟ったのか 伊達メガネ を外して、被害者に黙とうを捧げたのである。眼鏡レンズ がキラリと光ると 希望 を感じずにはいられなかった。


***


その夜――、


何も知らずに、アパートの自室に戻ってきたヤツ。

赤『担当』のアカタンは、見てしまった。


自分の間借りしている部屋で、

赤いコスチュームを着て待ち伏せていた、怪人ザル男の亡骸を...。

※この怪人の特殊能力は、眼鏡を掛けた者を暴力的な性格にかえること。



「これ、どゆコト……?」



◇ 了



■補足:法案が成立するまでの流れは以下の通りです

①法律案をつくる

②国会で審議する

③法律が成立する

④法律が公布、施行される


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