第11話 長

 イノシシは解体され、みんなの食料とされた。

 残りはジャーキーにされる。

 今夜はイノシシ肉の焼いたものが出る予定だ。


 あれからしばらく、解体がその場で行われつつ、踊りが続いていた。

 運ばれていくイノシシ肉の塊はすごい迫力がある。


 それからイノシシの魔石。

 動物も例外なく魔石がある。

 というか人間にも魔石はある。


 人間もゴブリンもみんな広義では魔物なのだ、この世界では。

 だから「モンスター」というくくりは人間の都合で決められているに過ぎない。

 そういう意味でゴブリンをモンスターに含めるかは、場合による。

 人間の中には、ゴブリンを家畜に含めようという意見もある。


 教会は「人間はモンスターではなく、選ばれた種族である」としているが、俺たちゴブリンからしたら噴飯物だろう。

 教会では人間から魔石を採取することを禁止しており、そもそも人間から魔石が採れることを隠している。

 だから一部の人しか知らないのだ、人間もモンスターだと。


 イノシシは牙もかなり立派だ。

 それから皮も人間に売れるだろうから大事に剥ぐ。


 こうしてしばらくイノシシ料理が続くことになる。

 イノシシ肉も少し臭いがあるものの、オオカミ肉ほど癖がなく食べやすい。

 この個体はメスだったようだ。

 オスのイノシシはもう少し臭いという噂だ。




 イノシシで盛り上がって一週間くらいしたある日。

 長であるベダがどうも調子が悪いらしく、寝込んでいる。


「俺はもうダメだ。長はドルに継がせる」

「あなた」

「ゴホゴホ……」


 いきなりそう言う話になった。

 ベダの子どもは何人もいたのだが、他の子たちはオオカミに襲われたり、この前のガルのパーティーが全滅したときに、上の兄二人も失った。

 一人はメスなので長には通常ならない。


 今までも俺は長の息子として、あれをしよう、これをしようと意見を言ってはいた。

 ただ本当に長になるつもりはなかったので、びっくりしたのだ。

 俺より経験豊富な年長のオスのゴブリンもたくさんいる。他にも適任者はいそうなものだが。


「ドルは賢い。これからは頭の時代だ」

「長、ベダ……」


 そこからはあっという間だった。

 四日ほど寝込んでいたが、ほとんど食事もせず、そっと息を引き取った。


 恒例に従い死亡したゴブリンは、心臓近くにある魔石を取り出す。

 この魔石は奥の倉庫で保管される。

 ベダの魔石はゴブリンの中でも一番大きいサイズであった。

 さぞかし強いゴブリンだったのだろう。

 ゲームでいうところのレベルが高いというやつだ。

 この世界にはゲームのようにステータスは表示されないが、冒険者ランクのような制度はある。


 洞窟の外で穴を掘り、木の枝で囲い、そっと遺体をそこに置いて、火をつける。


「ベダが安らかに眠れますように」

「ベダ」

「おじいちゃん……」


 グレアから見たらおじいちゃんに当たる。

 今回は遺体が残っていることから、死というものがどういうことなのか、グレアにも分かるようだった。

 火をつけて見守っているとき、珍しく涙を流してワンワン泣いていた。

 それをみんなは静かに見守る。


 ゴブリンである以上、人同様、生まれてくることもあれば、死ぬこともある。


 こうして俺は長を継ぐことになった。


「まずは防御力を高める」

「鎧ですね」

「そうだ」


 ガルドと商品の打ち合わせをする。

 短槍の数を増やし、さらに戦士の人数分に加えて予備も合わせて鎧を購入する。

 初心者冒険者が使うような安い革鎧だ。

 しかし牙や木槍くらいであれば、十分な防御力を有する。

 今までは草の服だったからな。


 しかもゴブリン用は小さいので子供用と一緒でそのぶんお安いのだそうだ。

 ありがたい。


 ガルドに大量に発注して持ってきてもらう。

 今回はなるべく早く欲しいので、リーリアを付けた。

 リーリアもたまには村に戻って神父に会ったり、何か欲しい物を探したり、息抜きくらいしたいだろう。


「ママ、いない……」

「ママは出張中だよ。すぐ戻ってくる」

「ママ、ママ」


 グレアはしきりにママがいないことを気にしていた。

 どうもベダが死んでから、いないなら死んでしまったのではないかと考えているのかもしれない。

 なんとかみんなでなだめている。



「戻ってきたわよ」


 今回は思ったより早かった。


「あっ、まま」

「グレア、いい子にしてた?」

「うんっ」


 毎日、洞窟の入口で外を眺めてリーリアを待っていたグレアが飛び出していく。

 話を聞くと、どうも以前に、さらに武器防具を欲しいと言ってあったのがよかったらしく、先に注文はしてくれていたそうだ。

 それで村の往復だけで済んだ。


「おりゃああ」

「うりゃああ」

「ゴブゴブ」

「グギャギャ」


 しばらくゴブリンたちが戦闘訓練をする声が洞窟周辺で聞こえた。

 攻撃力も防御力も上げた。

 火魔法の棒も増やしてある。

 弓矢の訓練も交代でさせている。


 こんなに強くしてどうする気だと思うかもしれない。考えがあるのだ。

 そのためには強ければ強いほどいい。

 それに加えオークの脅威もある。

 もちろんワイバーンやドラゴンなども世界を見渡せばいるが、それは例外だろう。不運だと思うほかない。

 ガルたちが誰に殺されたか分からないが、ゴブリン五人をあっけなく殺せる相手がどこかにいることは事実なのだった。


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