第6話 商人

 一晩、教会に泊まり、久しぶりに人間の普段よりも豪華な食事をした。

 パンを食べたのも久々だ。スープもある。

 それから服を着替えた。


 翌日、神父の案内でガルドに魔石とジャーキー、それから牙のネックレスを見せる。


「ガルドさん、ゴブリンと交易をして欲しくて」

「野生のゴブリンか?」

「はい」

「まあ、いいが、大丈夫なのか?」

「ええ。私を無理に襲ったりはしない程度には」

「そ、そうか」


 魔石はどれも普通品質だが数が百近い。

 これならけっこうな金になる。

 オオカミ肉のジャーキーはしっかり塩も使っているのが評価された。

 牙のネックレスはあまり高いわけではないが、町なら珍しがって買ってくれるかもしれないという。


「ところでジャーキーの塩はどうしてるんだ?」

「山の上から取ってきてます」

「そうか、岩塩があるのか? 人間には知られてないな」

「そうなのですね」

「ああ、できれば塩の取引もしたい」

「わかりました。次から用意させます」


 なるほど、ここは海から離れている。

 生活必需品である塩が比較的高価だった。

 こんなところで採取できるなら、かなり有り難い。


「それで欲しいものは?」

「まずはナイフ。新しいナイフを三つほど」

「ふむ」


 万が一ゴブリンと戦闘になった場合でも考えているのだろうか。

 ガルドが難しい顔をしたが、すぐに普通の真面目な顔に戻る。


「まあ、大丈夫だろう」

「人間を不用意に襲ったりはしません」

「だろうな。今まで被害もほとんどない。リーリア以外にはな」

「ええ」


「小麦を二袋」

「そうだな。ゴブリンが農業するわけないしな」

「パンモドキでもいいので、食生活の改善を」

「苦労してるんだな」

「そうですね」


 食べ物と言えば、ククルのような木の実か肉だった。

 野草の中にもゴブリンが好むものがあり、サラダのようにして食べる。

 スープやパンといった凝った料理はない。


「他に欲しいものは?」

「なにかありますかね?」

「そうだな、うーん、香辛料とか」

「もらいます」


 トウガラシ粉、粉胡椒、オレンジの皮の粉末を購入した。


「それじゃああと、鍋を一つ」

「あぁ鍋ね」


 ゴブリン村には鍋さえない。

 今まで料理も碌にしなかったから問題なかったが、リーリアが料理をするとなれば別だろう。


「まだまだ買えるが、現金にしておくか?」

「そうですね」


 金貨、そして銀貨を受け取る。


「では、ゴブリン村へ案内します」

「ああ」


 小麦袋を一人一袋ずつ背負い袋に入れて持っていく。

 二人が森に入り、ルフガルへと戻ってくる。


「立派なもんだ」

「入口の改修は最近して」

「そうか。ゴブリンにしては文明的だな」

「ドルはゴブリンなのに聡明なので」

「なるほど」


「みんな、戻ったわ」


 ゴブリンたちがわらわら中から出てくる。


「けっこういるな、おい」


 ゴブリンが笑顔で迎えてくれる。

 口元の牙がキラリと光った。



「長のベダだべ」

「ベダの妻、ベリア」

「どうもどうも、よろしくお願いします」

「人間の会話、まどろっこしい」

「あはい、簡潔にしますね」

「頼む」


 ゴブリンは人間語をしゃべるが、会話がそこまで得意ではない。

 なんというかちゃんと話せるゴブリンがいないのでみんな片言なのだ。

 まぁ俺は元貴族なので、やんごとない表現も知っているが、みんなは違う。


「ナイフだ、ナイフ」

「お、いいな」


 俺も新品のナイフを見て、にやりと笑う。

 ボロい相当古いナイフをだましだまし使っていたが、改善されそうだ。

 今までは困ったときはリーリアのナイフが一番まともだったので、それに助けられていた。


 本当は一人に一本ナイフくらいは欲しい。

 とりあえずは狩りのパーティーに一本ずつというところか。


「弓矢のセットが欲しいんだが、十セットくらい」

「いいが、町まで買い付けに行く。ちょっと時間かかるぞ」

「かまわない」

「金は?」

「前ので足りる」

「そうか」


「短槍も十本くらい欲しいんだが」

「いいが、そんなに持ち運べない。次の次くらいでいいか?」

「いい」


 今までに比べたら、これくらいの待ち時間たいしたことではない。

 それより木槍を卒業だと思うと、とてもうれしい。


「魔石はまだあるか? それから塩は?」

「ある、こっちだ」


 奥の方の倉庫に保管されている。

 この倉庫部屋にはいろいろなものが雑多に置かれていた。


「塩もかなりあるな」

「みんなで採りに行く。人数少ないと危ない」

「なるほど」


 一キロくらいの岩塩が十個以上置いてある。

 これならかなり持つだろう。


「塩を三個くれ」

「いいぞ」


 それから隣の魔石コーナーを見ている。


「すごい数だな」

「ああ、使い道なかった」


 今でこそ魔道具にしているが、今まで使っていなかった。

 ただゴブリンはこういう収集癖があるので取っておいたのだ。


「ほとんどがウサギだな」

「ああ」


 ウサギの魔石については千個以上。

 オオカミの魔石が百個くらい。

 それから、ゴブリンの魔石が同じく百個程度だろうか。

 この洞窟の歴史を感じさせる。


「ゴブリンのもあるのか」

「死んだゴブリン、魔石取る」

「そうか」


 葬式で魔石を回収する儀式がある。

 ゴブリンの魔石はオオカミのよりも少し大きいだろうか。


「この大きいのは?」

「それはオーク。弱っていたので仕留めた」

「そうか、そうか、そりゃすごい」


 手負いのオークが昔おり、倒したのだという。

 ここにその魔石が保管されていた。


「こんだけあれば当分遊んで暮らせるだろうが」

「全部は売らない」

「そうだな。貯金も必要だし、魔道具にも使うんだろう」

「んだんだ」


 この日、ゴブリンたちは商人ガルドにオオカミ肉を振る舞い、宴をした。

 宴といってもいつもと大して変わらないが、気分の問題なのだろう。

 ゴブリンの適当な踊り、適当な歌で火を囲う。


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