福音
椿 恋次郎
福音
今回の商談は上々だった。
当然不安もあった、今となっては受け入れているが我々の世界の民はエヌ・ピー・シーと言う操り人形だったとだと言う。
それはプレイヤーと呼ばれる主人公達の背景を彩るモブと言う存在だったらしい。
俄には信じられなかった、むしろプレイヤーと言う何時の頃からか我々の世界に食い込んでいた存在の方が余程人形の様な存在だったのだから。
教会に行けば僅かなお布施で教授してもらえる神の奇跡“クエスト”、困った時に祈りを捧げると自身とプレイヤーに見える“クエストマーク”とやらが頭上に浮かぶのだ。
例えば“薬草を仕入れたい”と祈れば物言わぬプレイヤーが近寄ってきてクエストマークとやらから内容を確認して去ってゆく、しばらくしたら最低限の言葉で取り引きを要請してくる。
今でこそコミュニケーションが取れるのだが、よくよく考えれば不自然で不気味なやりとりである。
しかし当時は誰一人として疑問に思わず当然のやり取りとして受け入れていた。
それがある日突然お互いに自由に物言う存在に変わったのである。
それまでは物言わぬ人形の様に周辺地域のモンスター討伐やダンジョン探索に足繁く通い、只管に己の戦闘技術を高める事のみに価値を求める求道者達が泣き、笑い、愚痴を言い、喜びを表す様になり“生活”し始めたのである。
特に生産職と呼ばれるプレイヤー達は、それまでプレイヤー間でしか取り引きしてなかった武器や薬品等を我々と取り引きする様になり新たな市場が形成された。
今回は懇意にしてる変わり者の生産プレイヤーが造ったポーション入りの酒とやらが上手いこと好事家に良い値段で売る事が出来た。
そんな取り引きの帰り道、鉄板の商材を仕入れて更に新たな商材を考えながら乗合馬車に乗っていたのだ。
乗合馬車の前方の席に座っていた男は少々浮いていて乗客の視線を密かに集めていた、恐らくはプレイヤーなのだろう。
正確には座っておらず胡座をかきながら宙に浮いていたのだが。
その男が徐ろに手を叩き乗客全員の注目を集めて説法を始めだした。
なんだかメガネがどうこうと話している様だがガタガタと賑やかな車内だ、聞き取りづらい。
何か話のネタになるだろうと男の近くの席の者に変わってもらったのである。
「いいですか?メガネってのは素肌に直接身につけるモノなのです。そして普通に他者の視線に晒される、是則ちインナーでありアウターでもあるのです。言い換えれば乙女を守る
メガネとは視力補助の道具だったと思ったが…彼の言うメガネは別物なのだろうか?新たな商材の匂いがする。
「もし、貴方がソコに辿り着いたら…乙女と心から通じ信頼を勝ち取り、メガネを外してもらえたなら…ソコには目を凝らす彼女、つまりリアルジト目っ娘が降臨されるのです!これ則ち
どうやら私の知ってるメガネで合ってる様だが、こんなにも奥深い世界があったのか。
「あと彼女のメガネを外させてもらうプレイとか普通にエロくね?」
確かに、余程の仲でなければ相手の掛けているメガネを外させてもらう事は不可能であろう。
つまり信頼の証であり、信頼を確認しあう神聖なる
感銘を受けた私は説法を終えた男に「これからはメガネも商材にして微力ながら布教したいと思います!あと妻にもメガネを買って帰ります」と握手を求めた。
男はそっと握手を断り合掌し聖句を唱える。
────May the glasses be with you────
これが作法かと私も慌てて合掌で返し聖句を暗唱する…なんと耳に響きの良い言葉なのだろうか。
世界が色づいて見える、コレが心のメガネなのだろうか。
早く帰って妻に愛と感謝とメガネを捧げよう。
そう、それこそが私の
福音 椿 恋次郎 @tubaki_renji
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