メガネは体の一部です

結丸

第1話

 一大事だ、めがねを失くした。

 裸眼の人には、この苦悩は分かるまい。

 目の悪い人はメガネがないというそれだけで、戦闘力がガタ落ちする。


 たとえば足元に埃が落ちていたとしよう。

 めがねをかけていないと、それが埃なのか虫なのかすら判別がつかず、怯えなければならないのだ。

 遠くで誰かが手を振っていても分からない。

 テレビの左上に表示される時間がよく見えない。

 自分にとってめがねは必要不可欠な存在なのだと、そろそろお分かりいただけたんじゃなかろうか。


 さて、そんなめがねが行方不明になった。

 落ち着いて状況を整理しよう。


 おそらく自分はどこかでめがねを外して置き去りにしてしまったのだ。

 ここは我が家。めがねを外す場面はいくつも想定される。

 もっとも可能性が高いのは洗面所だ。

 顔を洗う時に避難させて、そのままになっているかもしれない。


 床に落ちている可能性もあるから、慎重に歩きながら洗面所へ。

 残念ながらめがねは見つからなかった。


 次に可能性があるのは寝室のサイトテーブル。

 ちなみに、たまにめがねをしたまま寝てしまうことがある。だいたい寝返りを打った時に気づく。そのくらい俺とめがねは一心同体なのだ。

 寝室へ到着。残念ながら、ここにもない。



 あと置くとしたらどこだろう。

 頭の中でよーく考える。苦悩していると、妻が後ろから「どうしたの?」と声をかけてきた。


「ああ、実はめがねがなくて」


 振り返ってそう伝えると、妻はぱちくりと瞬きした。

 そして、弾けるように笑い出す。

 意味が分からず、首を傾げる私。

 妻は私のおでこあたりを指さして言った。


「波平さん以外でやってる人、初めて見た」


 私はそっと頭に手をやる。

 髪の毛の柔らかい感触のほかに指に触れる、細い金属の感触。

「カチャリ」と音を立てたそれを、そっと両手で取る。

 間違いなく、自分のめがねだった。

 きまり悪くて、笑う妻にそっぽを向いた。

 気づかなかったのも仕方ないだろう。

 自分とめがねは、一心同体なのだから。





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