【コント】夢のメガネ

あそうぎ零(阿僧祇 零)

夢のメガネ

  場所・時間:スポーツジム内のカフェ、日曜日の午後。

  登場人物:男A、男B。


  カフェの前に、円形のテーブルが3卓、それぞれに椅子が2脚。

  男A、中央のテーブルに座り、ストローを刺した紙コップから、飲み物を飲んでいる。

  下手しもて側隣のテーブルに、男B。

  男B、飲み物を飲みながら、男Aを見ている。


  男B、飲み物を持って、男Aのテーブルにやってくる。


男B お疲れ様です。相席させていただいても、よろしいですか?

男A どうぞ。(空いている席を指し示す)

男B お邪魔します。


  男B、男Aの隣に座る。


男B 失礼ですが、あまりお見かけしたこと、ありませんね。

男A はい、先週入会したばかりです。入られて長いんですか?

男B 2年くらいですかね。

男A どうりで、スリムな体をしてらっしゃる。

男B いやいや。サボってばかりで、このザマですよ。


  男B、ポロシャツの上から、腹を摘まむ。卓上版国語辞典くらいの厚み。


男A ここは、女性会員が多いようですね。

男B 女のバイタリティは、男の比ではありませんから。

男A そうですね。

男B 特に、オバチャンはね。


  2人の前を、年配の女性3人が通り過ぎる。


男A (小声で)オバチャンの前で、オバチャンは禁句ですよ。

男B (小声で)しまった。下手すると、政治生命が断たれますからね。

男A え? あなた、政治家なんですか?

男B 仮定の話です。


  しばらく、たわいもない雑談を交わす。


男B (男Aの顔を見ながら)それ、素敵なメガネですね。


  男A、フレームが黒くて太いトンボ・メガネを掛けている。


男A これですか? かなり不細工でしょ?

男B レトロな感じで、いいじゃないですか。

男A デザインより、機能性重視なんですよ。

男B 機能性? どんな機能?

男A えー、何と言ったらいいか……。(言いよどむ)

男B あなた、さっきからそのメガネで、前を行く人たちを見てましたよね。

男A そんなことないですよ。

男B いや。私、あなたを観察してたんです。

男A いい趣味してるな。

男B 前を女が通ると、決まって顔を上げて見ていたでしょ。

男A たまたまですよ。

男B 時々、メガネのつるの根元部分を、指でいじってましたね。

男A 凄い観察力だ。あなた、日本のファーブル?

男B それ、隠しカメラでしょ。

男A 違います。

男B 盗撮してたんじゃないの? 女を。

男A してません。変なこと言わないでよ。

男B そのメガネ、ちょっと見せて。

男A あなた、警察?

男B いえ。善良な市民。

男A は?

男B 犯罪を目撃したら、ただちに警察に通報しますよ。

男A 盗撮なんかしてないって。はい、どうぞ。(男Bにメガネを渡す)


  男B、メガネをしてから、自分で掛ける。


男B うっ! 何だこりゃ。頭がクラクラする。

男A カメラじゃないでしょ。

男B (メガネを外しながら)何も見えない。何ですか、これは。

男A 厳秘。

男B ケンピ? いものこと?

男A 企業秘密ということ。

男B ほう。企業って、どこ?

男A それも厳秘。

男B あ、そう。

男A じゃぁ、失礼。(立ち上がろうとする)

男B まあ、待てよ。やっぱり、警察に通報するか。

男A (立ち上がるのを止め)あんたも、しつこい人だな。

男B そのメガネ、警察に調べられるとマズいんじゃないか?

男A 俺を脅迫する気?

男B 素直にゲロしちまいな。

男A あんた、刑事か?

男B 善良な市民だと言ったろ。

男A しょうがないな。あんた、秘密は絶対に守れる?

男B 守れないなんて、言う訳なかろう。

男A 実は、俺は下着メーカー「カオール」の社員だ。

男B ほう。ここで何してる?

男A 市場調査だよ。

男B 市場調査? ただ、ボケーっと女たちを見てるだけじゃないか。

男A さりげなくやってるんだよ、さりげなく。

男B ギンギラギンにか?

男A 何だそれ。

男B 方法は?

男A この透視ゴーグルだよ。(メガネを顔の前にかざす)

男B 透視ゴーグル? 何も見えなかったぞ。

男A これを使うには、ちょっとした工夫と慣れが必要なんだ。

男B 何が見えるんだ?

男A 服の下だ。

男B やはり、そうきたか。

男A どこのメーカーのどんな下着を着けているか、調べてるんだよ。

男B ご苦労なこった。

男A 当社は老舗だ。だが、CUやウニグロとか、ミズハラやアダダスとかに押され気味でね。

男B その透視ゴーグルとやらは、どういう原理なんだ?

男A 軍事技術の応用だ。

男B アメリカの? 

男A 違う。どこの技術かは、口が裂けても言えない。 

男B まあいい。それで、どこまで透視できる?

男A 布なら1~2枚は透視できる。あんた、そこに一番興味があるね?

男B まあ、そういうことだ。

男A (メガネに触れながら)このダイヤルで、透視深度が調整できる。

男B さっき、何も見えなかったが?

男A 慣れが必要なんだ。慣れるのに、2~3日を要する。

男B ふーん。だが、今あんたが言ったことは、全部嘘だろ?

男A 疑うんだな? なら、あんたがどんな下着を着ているか、見てやろうか?

男B おう。やってみな。


  男A、メガネを着けて、男Bを見る

 

男A 下着はパンツだけだ。

男B そうだ。

男A トランクス型パンツ。デザインはボケモン。全体的に黄色。

男B メーカーは? 

男A ウニグロ。

男B 当たりだ!

男A (傍白)さっき、更衣室で目撃したんだよ。

男B そのメガネ、ノーベル賞ものだな。

男A (メガネのダイヤルを回しながら)パンツの下も、見てやろうか?

男B いや、結構。

男A (こらえたような笑い)フフフ、意外に……。

男B 止めろ!

男A じゃぁ、俺は行くよ。

男B ちょっと待て!

男A (面倒くさそうに)まだ何か?

男B そのメガネ、俺に貸せよ。

男A ダメだ。企業秘密だと言ったろ。

男B そうかい。なら、全部ばらす。SNSでな。

男A あんた、相当にタチが悪いな。 

男B 借りるだけだ。強奪しようってんじゃない。

男A 分かったよ。1週間なら、貸してもいい。

男B そのほうが、身のためだ。

男A ただし、10万円と交換だ。

男B 10万円⁈ 高すぎる。

男A 持ち逃げされると困るんだよ。一種の保証金だ。

男B すると、メガネを返す時に、カネも返ってくるんだな? 

男A もちろん。

男B 分かった。(ズボンのポケットから財布を取り出す)

男A 10万円、持ってるのか?

男B 当たり前だ。ほら。(10万円を男Aに渡す) 

男A (メガネを男Bに渡しながら)1週間後の同じ時刻、ここで会おう。

男B ああ。

男A 言っとくが、法に触れるような真似はするなよ。

男B 分かってるって。


  暗転。


  殺風景な部屋。中央に事務机が一つ。

  机の向こうに、頭に袋を被せられた人が一人座っている。

  机の両側に、スーツ姿の男が一人ずつ立っている。

  下手、男C。上手、男D。


  男C、座っている男の頭から、袋を取り去る。男Bだ。

 

男B (不安そうに)ここはどこだ? 今すぐ放してくれ。


  男B、椅子に縛り付けられている。


男C (やや特徴的なイントネーションで)質問に答えてもらおう。

男B ここは、警察か? あんたたち、刑事? 

男C お前、質問できない。答えるだけ。

男B 容疑は何だ? 逮捕状はあるのか?

男C (男Dの目配せを見て)男Bの頬を一発張る。

男B うっ! 乱暴はよせ。

男C 透視ゴーグル、いつ、どこで、どうやって盗んだ?


  男C、くだんのメガネを机の上に置く。


男B 下着メーカーの男から、借りただけだ。俺が盗んだんじゃない。 

男C いつ、どこで借りた?

男B 先週の日曜。メタポ・スポーツジム北千住きたせんじゅ店。 

男C それから?

男B 1週間後ジムで返す約束だったけど、姿を現さなかった。おかげで、保証金10万円は盗られた。

男C お前、ゴーグルで何見てた?

男B それは……。

男C バカヤロー。(男Bの頬を張る)

男B うっ。言います、言いますよ。人々の服の下です。

男C (軽蔑の眼差しで男Bを見ながら)こいつ……。で、見えたか?

男B はい。でも、見えたのは、人の体の中でした。 

男D (初めて口を開く)何だと? 体の中だと?

男C (男Dに向かって)凄いですね。 

男D 体の中の、何が見えた?

男B 胃とか腸とか肺とか……。脳も。

男C (涙声で)長年の苦労が報われた!

男D お前、透視ゴーグルとの相性が、奇跡的にいいらしい。

男C 完全に、シンクロしている。 

男B さっぱり分かりませんが。

男D 分からんでもいい。お前には、一緒に来てもらう。 

男B どこへ?

男D 我々の国だ。 

男B それは、どこです?

男D 今は言えない。地上の楽園、夢の国だ。

男B まさか、TDL?

男D 違う。もっといい所だ。

男B 勘弁して下さいよ。

男D ならば、殺すまで。

男B わ、分かりました。行けばいいんでしょ、行けば。

男D 悪いようにはしない。

男B 私は、何をすればいいんで? 

男D 大将軍様付きの侍医に加わるのだ。

男B ジイって、爺ヤか何かですか? (傍白)そんな歳じゃないよ。

男D 大将軍様付き医師団だ。

男B 私、医学はとんと分からないですが。 

男D お前は、透視ゴーグルで見たとおりを、他の医師に言うだけでいい。

男B はぁ。そりゃぁ、気が楽だ。

男D 気を抜くな。見立てを間違えれば、命はない。

男B 肝に銘じます。

男D では、行こう。


  男C、再び男Bの頭に袋を被せようとする。


男D ちょっと待て。

男C はっ!

男D お前。ゴーグルで俺の肺を見てくれんか。

  

  男C、ゴーグルを男Bに渡す。

 

男B 分かりました。(ゴーグルを着ける)

男D 最近、咳が止まらないのだ。

男B タバコ、吸います?

男D ああ。1日に2箱は軽く吸う。

男B 肺、煤けてますね。

男D 真っ黒か?

男B いえ、灰色ですかね。(傍白)腹の黒さに比べりゃ、むしろ白いくらいだ。


  暗転。    

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