第61話 シメのパスタ

 ローソニア帝国の司令官、ラウリィ=フォン=シュトロハイムを倒し、とらわれた樹族じゅぞくの人たちを救出したことで、今回の冒険が終わった。


 俺たちは必要最低限な後始末あとしまつを行い、帰国のための歩を進める。


 俺たちが乗ってきた馬車は押収おうしゅうされてしまった上に、ゾンビ爆弾で焼いてしまったため、徒歩での帰国である。


 全てが終わってとても疲れているため、さっさと帰国して風呂に入り、ふかふかのベッドで眠りたいところだ。


「早く起きねーかな、この偽ロリ」


 背負ったアミカに視線をやり、そうこぼす。

 救助した樹族を大量転移させた彼女の魔法さえあれば、俺たちは一瞬で帰国できるのだが、あいにく彼女は眠りっぱなしである。


 おそらくラウリィから受けた一撃と、限界げんかい近くまで魔力を使いすぎた反動だろう。

 もう丸1日経過けいかしているけど、 1度も目を覚まさないまま眠りっぱなしだ。


「まあまあ、別にいいじゃない。全部終わったんだし」

「そうだけどさ、やっぱ疲れているから早く帰りたいんだよな。料理する気力しか残ってない」


「普通、料理する気力も残らないですよね」

「………………え? クレアさん何か言いました?」


「料理する気力も残らないですよねって言ったんですよ!」

「………………っ! お、大きい声出すの止めて……頭痛い」


 すぐ後ろに目をやると、クレアとピートがそんな掛け合いをしている。


「……ところでクレアさん、いつの間に合流したんですか?」

「覚えてないとか、一体どんだけ飲んだんですか……もう」


「さあ? 僕に聞かれても困るっていうか……」

「飲んだ本人が何を言ってるんですか! あなた以外の誰に聞けっていうんですか!?」


「あばばばばばばばば! やめて! 怒鳴らないで! 頭が壊れそう! あと吐きそう! オボロロロロロロロ……」

「大丈夫? これ飲んで。スッキリする」


 そんなピートを見かねてか、増えたばかりの新メンバー、ミズハが水を差しだした。


「あ、ありがとうございます……でも、スッキリするって……何か入ってませんよね? 暗殺者アサシン特製の毒薬とか。もしくは薬だけど副作用ものすごいやつとか」


「入れたほうが良かった?」

「いいえ全然! いただきます!」


 ピートが水をグイッと飲んだ。

 ミズハはそれを確認すると、歩く速度を上げて俺たちの横にならぶ。


「代わる? 背負うの」

「いや、いいよ。こいつ軽いし」


「そう……」

「ねえ、ミズハだっけ? あんた本当にあたしらのとこ来るの?」


「うん。料理やってみたい。ダメ?」

「う~ん……」


 ダメかという質問に対し、珍しくミーナが難しい顔をする。

 正直意外だ。


 ミーナは自分を含めた女性関係「3人までなら許す」とか言っていたから、新しく女子が増えたところで特に気にしないと思っていたのだが。


「何か気になることでもあるのか?」

「あるに決まってるじゃない。だってその子暗殺者でしょ?」


「元、もう辞めたから違う。あなたたちが置いてくれなければただの無職」

「本人はそう言うけど、暗殺者ってそんな簡単に辞めれるもんなわけ? 普通のギルドならともかく」


 裏ギルドはそう簡単にやめられない。

 何せあつかう物が全て犯罪に関わる非合法ギルドだ。


 情報漏洩じょうほうろうえい防止のために、抜ければ死くらいあるのが普通だろう。


「大丈夫、問題ない」

「ずいぶんあっさり言うけど、何で?」


「身代わりを置いてきた」

「身代わり? どんな?」


「こんな」


 ミズハが虚空こくうへ手を伸ばすと、空間のひずみがそこに生まれた。

 ミズハはそこに手を突っ込むと、何かをつかんで引っ張り出した。


「これを置いてきた。私の偽物デコイ

「うわ、すげえ似てる!」


 中から出したのはミズハそっくりの等身大人形だった。

 気持ち悪いほど本人そっくりだ。


「死体を偽装ぎそうするためによく使う。材料は全部本物を使っているから、調べても絶対にわからない」


 自分の死を演出した方が、犯罪者的に動きやすいらしい。


「本当は顔をつぶして使うのだけど、今回はそのまま使った。だからギルドが調べに来ても、私が死んだと思うはず」


 なるほど。

 本来とは別の使い方をすることで真実を偽装したのか。


「ミズハ、お前さん頭いいな」

「えっへん」


「ねえ、ところでさっき材料は本物を使っているって言ってたけど、もしかしてこれ……」

「うん。本物の死体を加工して使っている。材料とお金を知り合いの死霊術師ネクロマンサーに持って行けば作ってもらえる」


「……もう行くの止めなさい」

「……そうね。まっとうに生きたいなら」

「? わかった」


 不思議な顔をしつつ偽物をしまった。

 長年暗殺者として活動していたせいで、その辺の感覚が分からないらしい。


「さて、結構歩いたし、そろそろ休憩きゅうけいしようか」」


 だいたいマトファミア国境とりでまで残り半分といったところか。

 太陽も高くなってきたし、そろそろ昼飯にしよう。


「休憩ついでに飯にしよう。ミーナ、手伝ってくれ」

「了解。お昼は何にする? ライス? パン?」

「いや、めんだ」


 そう俺が口にした瞬間、ピートが後ろでいた。

 いい加減れろよ。

 それを見たクレアとミズハはは不思議そうな顔をしている。


「麺だと、あたしは何をしたらいいかな?」

でて欲しい」

「オッケー、細かいことやって欲しかったら指示お願いね」


 そう言うなり、ミーナは自分の袋からなべを出した。


「私は? 何をすればいい?」

「見てればいい……って言いたいところだけど不満そうだな」


 ミズハの全身からやる気がただよっている。

 本人はほぼ無表情なぶん、余計よけいにその思いがよくつたわる。


「じゃあ麺にからませる肉を加工してくれ。結構な力仕事だけどよろしくたのむ」

まかせて」


 袋の中からオークベアの肉のかたまりを取り出し、ミズハに渡す。


 俺は続けてミートミンサーを出し、それをミズハに見せた。

 もちろん、ガンドノフ親方に作ってもらった特別製である。


「これで、どうするの?」

「そうあわてるなって。今やり方を教えてやるから」


 俺は自分の道具を取り出し、準備する。


「さあ、料理開始だ。バトル続きで心がすさみかけていたぶん、思いっきり料理して発散するぞ」

「そ、それは良いんですけどカイトさん……い一体何を作るんですか?」


 覚悟を決めたピートがたずねてきた。

 麺に肉、それにミートミンサーときたら地球人ならもうお分かりだろう。

 それはもちろん――。


「スパゲッティミートソースだ」


 ……

 …………

 ………………


「ミートソースに挽肉ひきにくは必要不可欠。ミズハ、この肉をいてくれ」

「どうやるの?」

「こうやるんだ」


 俺はオークベアの肉を適当なサイズの肉を切り取り、ミートミンサーの中に入れた。

 ハンドルを回して実際に挽いて見せる。


「不思議……初めて見る。挽肉ってこう作るって初めて知った」

「そうだろうな。たぶん一般的なやり方じゃないし」


 この世界の挽肉の作り方は、一切機械を使わない超人力だった。

 なのでとても時間と手間がかかる。


 ハンバーグとか作ろうと思ったらそりゃメチャクチャかかる。

 なので、俺は親方に作ってもらった。


「俺の世界じゃこうやって作るのが普通だよ。もっとも、今は手作業じゃなくて、機械でほぼ全部やっちゃうんだけど」

「ふーん」


 ミズハにハンドルを代わる。


「やり方はわかっただろうし、この肉を全部挽いてくれ」

「わかった」


 キコキコとハンドルを回し、肉がミズハの手で挽かれていく。


「……これ」

「どうした?」


「これ、拷問ごうもんに使えそう。肉体の一部を中に入れて挽肉にしたら、どんな捕虜ほりょも口を割りそうな予感」


 そういや昔の映画でそんなシーンあったな。

 マフィアが挽肉にした仲間を送り付けてくるやつ。


「……暗殺者辞めたんだろ。そういう想像は止めなさい」

「はーい」


 ともあれ、作業内容には問題はないのでそこからはなれる。

 少し離れた位置でお湯をかしていたミーナに乾燥かんそうさせた麺を渡した。


「これを茹でればいいの?」


「ああ、茹で時間はだいたい7分から10分ってところか? 塩をちょっとだけ入れて茹でると、さらに美味しく仕上がるぞ」


「へぇ、そうなんだ」


 塩をひとつまみして鍋の中に入れる。


「カイトはかためとやわらかめ、どっちが好き?」

「俺は……ちょっと固めのほうが好きかな。髪の毛一本分くらいの固さを残した感じのが1番好きだ」


 ちなみに、この茹で加減をアルデンテという。


「なかなか難しい注文を……まあいいわ。やってみる。夫のリクエストに応えるのが妻の役目ってね」

「お、おう……そうだな」


 妻、か。

 そう言われると改めて意識してしまう。


 俺、この子と結婚するんだな。

 っていうか、帰ったらいよいよ……・


「ん? 何よ? そんな赤くなって」

「い、いや……その、ほら……俺たち婚約したじゃん?」


「え? あ、うん……そ、そうね。したわよね」

「その時のことを思い出して……その……」

「その時のこと……あ」


 ミーナも思い出してしまったようだ。

 耳の先まで真っ赤になる。


「も、もうっ! こんな時に何考えてるの! カイトのエッチ! すけべ!」

「しょ、しょうがねーだろ! 全部終わったし、お前が夫とか妻とか言うから……」


 こんな見た目も中身もドストライクな子にそんなこと言われたら。健全な男子ならそりゃあそんなこと考えちゃいますって。


 それから数分間、俺たちはお互いを意識してしまい無言の時が流れる。


「……から」

「え?」


「……ちゃんと、約束覚えてるから」

「う、うん……」


「帰ったら……しよ?」

「……はい」


 します。


「だから、今は料理に集中して」

「うん、そうだな……お互いに」


 改めて食材に向き直る。

 ピンク色の妄想を振り払い、精神集中。


 タマネギ、ニンジン、ニンニクをみじん切りにして次のステップに備える。


「カイト、全部できた」

「よし、ありがとう。全部くれ」


 俺はミズハから挽肉を受け取り、たった今みじん切りにした野菜と一緒にフライパンでいためた。


 美味そうな肉汁にくじゅうの香りと炒められた野菜の風味が絡まって、匂いだけで腹の虫が鳴いてしまいそうだ。


「続けてトマトだ。新鮮なトマトを適度な大きさにカットし、小麦粉を加えて一緒いっしょに炒める」


 この時、コンソメのもとでもあればまた違った美味さが生まれるのだが、異世界にそんなものはないので割愛かつあい


 水を加えず、トマトの水分だけを使ってソースが作れるよう、じっくり弱火で炒める。

 トロみがつき、ペースト状になってきたら塩とコショウで味をととのえて――。


「カイトー、できたわよ。6人分の麺お待ちどう」


 ミーナから受け取った麺の上に乗せて完成だ。

 スパゲッティミートソース。


 またの名をボロネーゼ。

 世界中の人に愛される定番パスタである。


「むぅ、なんかいいにおいが……」

「やっと起きたか」


 美味い物の匂いに釣られて、ようやくアミカも起きたようだ。


「おはよう。なんか随分ずいぶんと長く寝ていた気がするのう」

「そりゃそうだろ。あんた丸1日中ずっと寝ていたんだぞ」


「そんなにか……丸1日ずっと寝ていた……となると、ト、トイレは……?」

「安心しろ。らしていない」


「そ、そうか……なら安心じゃ! いや待てよ? もし漏らしていたらカイトに下のお世話をしてもらえたかもしれぬと思うとなんか残念な気も……」


 俺の背中で災害を起こしたいのか、このロリババアは。


「そん時はミーナにパスするわ」

「別に、カイトならわしの全てを見てもいいんだからねっ!」


「見た目中1レベルの幼女の恥部ちぶとか別に見たくは………………あれ?」


 見間違いかな?


「どうかしたのか?」

「いや、ロリマス。気のせいかもだけど、あんた少しデカくなってない? 色々と」

「何じゃと!?」


 俺に言われて自分の全身をくまなく触って確認しているアミカ。


「ほ、本当じゃ……わし、少しだけだけど大きくなっておる!」

「気のせいじゃなかったか。それじゃ呪いのほうは?」

「……残念じゃがまだある。しかし、以前よりも間違いなく弱くなっておる」


 回復に使ったネクタルの影響だろうか?

 何にせよ、解呪の目途めどが立ったようで何よりだ。


「やったーっ! わし生きれる可能性が見えてきた! 戦いも終わったしお祝いじゃ! カイト! わしの昼飯は大盛りで頼む!」


「はいよ。麺大盛りな」


「わーい♪ いっただっきまーす♪ ってこれ食材アレじゃったぁーっ!? ウネウネ気持ち悪いアレじゃったーっ! むおおおぉぉぉぉっ! 気持ち悪い! あぁっ! でも美味い! どうしよう!?」


「みんな、自分のぶんは行きわたったな?」


 1人で自爆しているアホは放っておいて、改めて。


「未知の味への出会い、興奮こうふん、そして食材の命に感謝かんしゃを込めて――いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」


 ――パクッ!

   ――ズルズルッ! チュルチュルっ!

      ――ゴクンッ!


 はぁ……


「美味ぁああぁぁぁぁいっ! オークベアの挽肉がタマネギや人参と複雑ふくざつに絡み合って独特の甘みが生まれている! トマトの酸味さんみやニンニクの風味が何とも気持ちよく舌の上でとろける! 麺の茹で加減も完璧で完全に俺好みだよ! これ以上ないくらい最高に美味いよ! でも食材にまだ改良の余地があるとか、この世界の食い物はどんだけ美味いんだよ!? 完全に俺の脳と舌を破壊しに来てるじゃねーか!」


 これは……いくらでも無限に食える!


 ローパーの触手パスタがまた食感が気持ちいいし、ソースにも絡んでよく合うんだわ!

 地球じゃこのレベルの料理なんてほぼ食えねえぞ!


「ホント美味しい♪ ポイントは肉の挽き方かな? 肉の旨味が全体によく染み出ている」

「いや、私は麺の茹で加減だと思う。髪の毛1本分の固さが絶妙に美味しさを引き立てていると思う」


 俺が絶賛ぜっさんする横で、ミーナとミズハがお互いをめ合っている。

 ミズハは色々と複雑な立場だけど、あれならそう遠くないうちに受け入れられそうだ。


「ピートさん、食べないんですか? 相変わらずとっても美味しいですよ?」

「え……ええ、まあ食べたいんですけど食べたらまた気持ち悪くなりそうというか……」


「やっぱりお酒の飲みすぎですよ。これからしばらくは禁酒しましょう」

「いや、別にお酒で気持ち悪くなってるわけじゃ……」


「聞く耳持ちません! それにしてもあー美味し♪ 特にこの麺! 一体何なのかな?」

「ローパーの触手しょくしゅです」


「うええええぇぇぇぇぇぇ! ロ、ローパー!? あの!?」

「はい、アレです。だから僕は食べるの躊躇ためらってたんですよ。美味しいけど」


「あ、あれを……ウネウネしたアレを……つかまったらなんかエッチなことされそうなアレを食べた……? うぅ~~~~ん…………(バタン)」


「ク、クレアさーん!?」

「ピイイィィーッ!?」


 あ、気絶した。

 やはりローパーの触手というのは、この世界の人にとってかなりショッキングな物体なのだろうか?


 ミーナとミズハは普通に食べているし、いまいちショッキング度がよくわからない。


「お、お代わり……!」


 そんなことを考えていると、アミカが食い終わったようだ。

 皿を出してお代わりを要求する。


「別にいいけど食えるのか?」


「食う。美味いのは違いないし、もう気にしないことにした。それに、わしの魔法が必要じゃろう? 今すぐ帰って寝るためには」


「いけるのか?」

「うむ。もう結構回復したし、6人を転送するくらいなら余裕で行けるわ」

「そっか」


 ならば――と、1杯目以上の大盛りでよそってやる。

 俺もまだ食い足りないし、同じくらいの大盛りで2杯目にいどむ。


「帰ったら体力使いそうだし」

「?」


 アミカが不思議な目で俺を見る。

 俺はミズハと談笑だんしょうするミーナに目を向け、ミートソースを食い始めた。





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 《あとがき》

 三日ぶりです。お待たせしました!

 別件もそうだけど、この61話をどこの部分から書くか迷っていました。

 やっぱ料理メインで作ったから料理話書きたいんですよね。


 読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。

 作者のやる気に繋がりますので。

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