第54話 親子丼

 料理の許可きょかをもらった俺は、一時的にろうから出してもらった。

 洞窟どうくつの入り口まで移動し、料理の準備じゅんびを始める。


みょうな動きをしたらその時点で殺す。覚えておいて」


「しねーよ。俺は約束は守る男だ。じゃあ、ミズハだっけ? 袋の中からフライパンと調理用ちょうりよう油、包丁ほうちょう、ボウル、米き用のかま砂糖さとうと塩と醤油しょうゆ、最後に卵と鶏肉とりにく、ライスを取ってくれ。肉と卵はあるだけ全部だ」

「わかった」


 ミズハが俺の袋をあさりだした。

 俺が許可しているので他人でも袋にアクセスできる。

 3分後、俺の目の前に、1つをのぞいて注文した通りのブツが並べられる。


「あれ? 醤油は?」

「醤油って何?」


「あ、そうか。えーと、醤油ってのはなんか黒いソースだ。水みたいにサラサラしてるやつ」

「これ?」

「そうそう。それそれ」


 仲間内では通じるからすっかり忘れていたが、この世界に醤油はないのだ。

 俺が市販のソースをベースに、水や調味料を配合してそれっぽくしている。


「じゃあまずは時間がかかるし米から行くか。ミズハ、お前さん水魔法は?」

「使える」


「よし。ならこの米が入ったボウルに3分の2ほど水を魔法で出してくれ。米をぐ」

「わかった。水撃スプレッド


 ――ダパーン!


「オイイイィィッ!? 米入ってんだからやさしく! 米が飛び散る!」

「ごめん。水撃(極小)これでいい?」

「うん、今度はバッチリだ」


 量も威力も申し分ない。

 ミズハの指先から水道の蛇口じゃぐちの様に水が出ている。


 俺はボウルの中で米を手で50回ほど研ぎ、15回ほど押し混ぜ合わせてから水をこぼした。


「こぼしちゃうの?」

「何だお前? 米も炊いたことないのか? 米炊くときはこうやって水を入れて手でかき回してにごった水を捨てる。こうすることで不純物ふじゅんぶつってより美味しく炊きあがるんだ」


「……へー」

「これを水がある程度き通るくらいまでり返す。まあ大体3回ぐらいかな。そうしたら米炊き用の釜に移して、水を入れて炊く」


「ライスってそうやって炊くんだ。知らなかった」

「わりと常識だと思うんだよなあ。お前さん、大体俺と同じくらいだろ? その歳になるまで何を学んで生きてきたんだよ?」


誘拐ゆうかいのやり方と殺しのやり方。あとは潜入せんにゅう術と偵察ていさつ術、潜伏せんぷく術とか」

「……そういや暗殺者アサシンだったね」


 素直に手伝ってくれているので忘れていた。

 俺を誘拐した一人だったな、こいつ。


「じゃあせっかくだし、俺から覚えて行けよ。学んできたものが暗殺技術だけっていうのも悲しいだろ」

「別に悲しくない。私にはそれが普通」


「世間一般ではそうは思われないんだよ。ほら、せっかくだしやってみろ。こうやるん……だっ!?」


 俺は後ろに回ってミズハの右手首を取った。

 瞬間、ナイフをにぎった左手が目の前に現れる。


「妙な真似まねしたら殺すって言った」

「す、すまん。今のはノーカンで!」


「次はない…………こう?」

「そうだ、上手いぞ」


 ミズハの手は綺麗きれいな円をえがき、水の中で米をおどらせた。

 この子なかなかスジがいいな。

 暗殺者にしておくにはしい人材だ。


「よし、これで全員分かな?」


 30分後、ようやく全員分の米の下準備が終わった。

 ミズハに水を出してもらい、米炊き釜を燃料ねんりょうせきに乗せる。


「どれくらいでできる?」

「大体弱火で1時間くらいかな? 炊き上がるまでの時間でおかずを作るぞ」


 米は終わったので次はメインディッシュだ。


「この肉を一口サイズに切り分けてくれるか? 毛や内臓、尻尾なんかは倒した時に下処理したから切るだけでいい」

「大きい……これ、何の肉?」


「ふふ、聞きたいか? これはコカトリスの肉だ」

「……へー」


 あれ? 思ったのと違うリアクション。

 俺はてっきり、この世界で出会ったほとんどの人と同じように、聞いた瞬間にドン引きするものだとばかり思っていたのに。


 正直肩透かしをくらった気分だ。


「あの……おどろかないの?」

「どうして?」


「え? だって魔物を食おうとしているわけだし」

「食べれるなら食べる。何かおかしい?」


「いや、そんなことはないけど……」

「ギルドに拾われる前、路上生活していたころは虫とか生で食べていた。だから平気」


 そう言いながら、ミズハは肉を切り始めた。

 さすが暗殺者とも言うべきか。


 ものすごい速さで正確に、一口サイズでコカトリスの肉が切り分けられていく。

 ……やっぱこの子才能あるなあ。


「終わった。次は?」

「じゃあこの葉っぱもたのめるか? 散らして使いたいからザク切りで頼む」


「わかった」

「それが終わったら卵を割ろう」


 俺はコカトリスの卵を両手でかかえた。

 コカトリスの卵は大体ニワトリの10倍くらいの大きさだ。

 片手で割るのはちょっと不可能と思われる。


「卵の割り方は平たくてかたいものを使うんだ。叩いて表面にひびを作ってから、そこに指を入れてパッと開く……んだけど、コカトリスの卵は大きすぎるから、適当てきとうなもので固定してハンマーで割る」


 ――パキャッ。


「おぉ……」

「そして開いた穴から中身を外に出す」


 ポチャッ――と、卵の中身がボウルに入った。

 コカトリスの卵の黄身クソでかい。


 以前、店でダチョウの卵を取りあつかったことがあるけど、あれよりさらに倍はデカい。

 めちゃめちゃ味が濃厚で栄養豊富ほうふなんじゃないだろうか?


「む……結構難しい」

「力加減ミスったらアウトだもんな。初心者には難しいだろうし、これは俺がやるよ」


「……いい。私がやる」

「そうか、わかったよ」


 そう言うってことは、料理を楽しんでもらえているんだろうか?

 俺は卵をかき混ぜながらそんなことを考える。


「卵を割ったら黄身と白身が混ざるまでよーくかき回す。それでこっちの下準備も完了だ。メシが炊き上がるまであと少しだからちょっと休憩しよう」


 あとは味付けした出汁だしと一緒に鶏肉をつつ、仕上げに卵で閉じてご飯にかけるだけだ。

 米がなければこの作業はできないので、俺は料理で出たゴミを拾い集め、近くにあった石にすわった。


「料理してみてどうだった?」

「……楽しかった。何かを作るの、楽しい」


「聞いてもいいか? 何で暗殺者なんてやってんの?」

「何で? どういう意味?」


 ミズハは俺の質問に首をかしげた。

 質問の意味が理解できないといった感じだ。


「何かを作るのが楽しいって思えるなら、どうして壊すのが仕事みたいなことをやっているのかって思ったんだ」


 暗殺者はクリエイトとは真逆に位置する仕事だ。

 他人の人生を壊し、命をうばうのが主な仕事内容なので、どうして彼女がこんなことをやっているのかが気になった。


「私が暗殺者をやる理由…………どうしてだろう?」

「おいおい、考えたことなかったのかよ?」


「ない。ギルドでは余計なことを考えるなと教えられた」

「普通は、その余計なことを考えて生きるもんなんだけどな……」


 でなければ人生楽しくない。

 犯罪の技術だけ教えられ、心を殺して機械のように生きることをせられるとかかわいそうすぎる。


「よし、決めた。俺の袋をちょっとしてくれ」

「いいけど、妙な動きをしたら今度こそ――」


「殺されたくないからしないって。えーと……ほら、これお前にやるよ」


 俺が袋から出したのは予備よびのフライパンだ。


「これはアイアンスコーピオンのから素材そざいに使った特製のフライパンだ。げ付かないしびつかない。その上軽くて超がつくほど丈夫な上に、熱するとアイアンスコーピオンの味が染み出して、素材にからんでくれるんだ。つまり、これ使って料理するだけで美味いものが作れる」


「どうして私に?」

「料理させてくれたし、手伝ってもくれたからな。それプラス、俺を誘拐してくれたお礼も込みで」


「誘拐のお礼? どうして? うらんでいないの?」

「された当初は恨みはしたけど、今は逆だな。こんな美味いものがゴロゴロ転がっている世界に連れてきてくれてありがとうって思っている。まあ、帰りたいって気持ちもあるんだが、そこまで強いわけじゃない」


「お礼……初めて言われた」

「まあ、普通は誘拐犯に言う言葉じゃないな」


 でも俺の本心だ。

 誘拐されなければみんなに出会えなかったし、ここまで美味い料理に出会えることもなかった。

 前に捕まえたヤツはぶっ飛ばしはしたけど、本当にこのことに関しては俺は心から感謝しているのだ。


「料理が楽しいって思えるなら、空いた時間にそれでメシでも作ってくれよ」

「……ありがとう。大事にする」


「おう、そうしてくれ。さあ、飯が炊き上がるから最後の仕上げだ」


 ……

 …………

 ………………


「美味アアアァァァァァッ!? これ美ン味アアアァァァァッ!?」

「え!? ……えっ!? これ何? 何なのこの料理!?」


「おぉ……卵がフワフワ&トロトロで、まるでパンケーキに乗せる蜂蜜はちみつのようじゃ」

「甘じょっぱいタレがライスに絡んでよく合う! 黄身の味が濃厚で口の中が卵と鶏肉一色で染まる!」


「こんなに美味しい料理がを食べれるなんて、生きてて良かった……」


 俺たちはコカトリスの親子丼を仕上げると、牢の中の人たち全員にサーブをした。

 樹族じゅぞくの人たちは魔物食文化があったため、驚くには驚くけど方向性が違うリアクションだった。


 まあ、たまにはこういうのもいいよな。

 俺個人としては、いつものドン引きリアクションを見るのもイタズラ成功みたいで好きなのだが。


「ほら、お前の分だ」

「いただきます………………これ! 美味しい……? すごく美味しい……? 本当に私が作ったの?」

「そうだ。俺も手伝いはしたけど、正真正銘お前が作ったお前の料理だ」


 味付けはさすがに手伝ったけど、火のあつかいとかは完璧だった。

 もしかしたらこの子、料理の天才かもしれない。


 暗殺者なんかになっていなければ、今ごろ一流シェフとして活躍かつやくしていた可能性もある。


「自分が作ったもので喜ばれる気分はどうだ?」

「……正直、こういう時どんな顔をしていいかわからない」


「嬉しいんだろ? なら笑え。こういう時は笑うんだ」

「できない。だって、そう教えられてきたから」

「そうか。じゃあ……こうするんだ」


 俺は牢の柵越さくごしにミズハのほおを引っ張った。

 無理に口角こうかくを持ちあげ、強制的に笑顔えがおにさせる。


「……なあ、ミズハ。今からでも暗殺者めないか?」


 作るのは楽しいって思える人に、壊す仕事は向いていない。

 ましてや、誰かの幸せや命を奪う仕事などは。


「……それはできない。ギルドのおきては絶対。抜けることは死を意味する」

「そうか、残念だな。もし辞めると言ってくれたなら、俺が全力でお前を守るつもりだったんだけど」


「どうやって? あなたは明日ここで死ぬ」

「死なないよ。俺だけじゃなくてここにいる全員」


「いいえ、あなたは死ぬ。私が逃がさないもの」

「ふーん、じゃあけをしようか?」


 俺はミズハにある提案ていあんを持ちかける。


「俺がもし明日死ななかったら、お前は暗殺者を辞める。俺がもし死んだらそのまま暗殺者を続ける。どうだ?」

「賭けになってない。勝っても私にメリットがない」


「負けたらメリットあるだろう? 暗殺者を辞める口実ができるんだから」

「……そんな口車に乗らない。助かりたいからって私を動揺どうようさせないで」


「ほう、動揺してくれるくらいには魅力的みりょくてきな賭けの内容だったんだな。お前にとって」

「……っ!」


 ミズハの顔色がわずかに変わった。

 今までずっと無表情だっただけに、相当いているに違いない。


「じゃあさらに条件追加だ。もし明日俺が死なず、みんなでここを脱出できたらお前は暗殺者を辞めろ。で、俺のところに来い。料理人として一からきたえ直してやる」


「無駄。そんなことを言っても意味はない。私は決してあなたを逃がさない。ここで殺す」


「なら賭けに乗っても問題ないよな? 絶対に勝てるんだから」

「………………わかった。乗ってあげる」


 そう言った彼女はもう無表情ではなかった。

 俺の言葉に内心のイライラをおさえきれていない。


 辞めたいけど止められない。

 新しい人生を生きてみたいけど、それが許される立場にない。

 そんな葛藤かっとうが怒りをむき出しにしている。


「明日、あなたが死ななければ私は暗殺者を辞める。その上であなたの元で一から新しい人生を生きる。万が一にもありえないとは思うけど」


「よし、約束だ。暗殺者を辞めたかったら、全力で俺のやることを見逃すんだぞ?」

「それは無理。私は全力であなたを殺す」


 そういってミズハは出て行った。

 しばらくして元いた見張りが戻ってくる。


 俺は牢の中の全員を集め、脱出方法を教えた。

 全員に作戦を共有した後、まずは仮眠だ。


 少しでも逃げるための体力を回復する。

 そして数時間後――真夜中。


 草木も寝静ねしずまった頃に実行に移す。


「……ふわぁ~あ」


 よし、見張りの兵士は眠たげだ。


「みんな……やるぞ?」


 俺のささやきに全員がうなずいた。


 俺は料理の際にゴミとして回収しておいたものの中から、コカトリスの卵の殻を手に取る。

 適度な大きさの破片を作り、指にセットし――飛ばす!


「うっ――っ!?」


 俺の指弾しだんは兵士の眉間みけんに命中した。

 卵の破片が突き刺さり、額から血を流してぐったりとしている。

 深くは刺さっていないし、このまま放置ほうちしても多分死なないだろ。


「ピート、頼む」

「任せてください!」


 ピートの作ったネズミ型ゾンビが、兵士のこしから鍵を奪った。

 近くにあった俺たちの袋も回収――と。


「ふう、ようやく出られたわね」

「しかし、卵の欠片で指弾とはのう」

「まさかゴミが武器になるなんて思いませんよねえ……」


 思いついたきっかけは調理中だ。

 コカトリスの卵がダチョウの卵以上に硬かったから、これは使えると思ったのだ。


「作戦通り、村のあった場所まで移動しよう」


 ミミックから食らい奪った能力――透化七面相フリーダム・メタモルフォーゼを発動した。

 俺の半径1メートル以内にいる人間は、空気と同化し見えなくなる。


「5人ずつ、樹族の人たちを優先して逃がす。アミカは先行して大規模空間跳躍テレポートの準備をしてくれ」

「わかったのじゃ」


「ミーナも先行で。逃げている人たちを安全に村まで護衛ごえいしてほしい」

「了解。スカウトの腕の見せ所ね」


「ピートは俺と一緒にラスト。時間いっぱいまでネズミを使って、ネクタルのりかと、先に連れて行かれた人たちがどうなったのかを調査だ」


「了解です。任せてくださいよ」

「よし、それじゃあ――」


 脱出開始だ。




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 《あとがき》

 いよいよ脱出です! お待たせしちゃってごめんなさい!

 ストックが着れたら今後も間を少しあけるかもですけど、その点はどうかご了承下さい。


 第6回ドラゴンノベルス小説コンテストにエントリー中です!

 読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。

 作者のやる気に繋がりますので。

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