第44話 流行の発信地サンブリー

「――というようにウォータースネークは大変美味い魔物ではあるけど、血液に毒があるので注意が必要だ。調理の際は血液をしっかり洗い流すことを心掛こころがけろ。いいな?」


「「「「「「はい!」」」」」」


 騎士団到着とうちゃくから二ヶ月が経過した。

 夏も本格的になりつつあるこの少し前、ようやく道路の舗装ほそうが終わり、サンブリーの街への街道かいどうが開通する。


 サンブリーはテロのために秘密主義だった前領主のせいで、どんな街かよく知られていない。


 ワインが美味いという以外の情報が出ていないため、来るのは一部の商人か旅人くらいのものだと思っていたのだが、これが大誤算だいごさん


 どこからともなく俺の料理のうわさを聞きつけてきた耳ざとい旅人、冒険者、そして商人。

 それらが一斉いっせいに押しかけて来たので街はそれらの対応に追われた。


 観光事業でやっていくために作っていたホテルや宿泊所を急遽きゅうきょ増築ぞうちく

 それだけでは足らず、街の住人に頼んで民宿まで行ってもらうことで、ようやく何とかいった感じだ。


 近くにダンジョンがあるから冒険者はいいけど、旅人や商人は仕事が終わるとヒマになる。


 そのため、その余暇よか時間を楽しく過ごすために、俺が地球での知識を使い、いくつかゲームを持ち込ませてもらった。


 持ち込んだものは2つ。

 まずは異世界モノでおなじみのリバーシ。


 リバーシは初めての人のルールを覚えやすいし、道具も他のボードゲームよりも簡単に作りやすい。


 何もないところから広めようとするなら、最も適したゲームといえる。

 なお、当然商人ギルドに売り込んだ。


 そしてもう一つはベーゴマだ。

 これは遊ぶのに技術が必要ではあるけど、そう難しいものでもないし、何より見ていて面白い。


 金属製の独楽こまが派手に火花を散らしながらぶつかり合い喧嘩けんかする様は、人々の心を熱くさせる。


 スポーツも輸入し、やぶれたあみなどを利用してテニスコートや卓球台などを加工し設置。

 仕事休みの住人や冒険者、子どもたちがよくプレイしている。


 今やサンブリーは謎多き街というイメージから脱却だっきゃくし、『新しき文化発祥はっしょうの地』とか、『流行最先端の地』とか言われているようだ。


 まだわずかだけど、貴族の馬車なども来るようになったことを見ると、王侯貴族の中でも話題沸騰わだいふっとう中なのかもしれない。


 このまま上手くいけば、観光地として、流行の発信源として、人が集まるメガシティとして発展していく可能性は十分ある。


 そうなれば、俺の料理を広めるという目標も達成しやすい。

 料理人として、領主として、頑張って行きたいところだ。


 ……

 …………

 ………………


「カイト、お疲れ様。騎士たちへの調理講座ありがとう」

「イメリアもお疲れさん。毎日見守りご苦労様」


 騎士たちの駐屯所ちゅうとんじょで行っているウォータースネークの調理講座を終えて帰宅中、領内巡回じゅんかいを終えたイメリアと出会った。


 2か月前はお互い敬語けいごだった彼女とも、こうしてフランクに話せるくらいには交友を深められているのは、お互い上手くいっている証だ。

 失敗続きだとこうはいかない。


「どう? 我が隊の騎士たちは? 免許取れそう?」

「そうだなあ……まだ骨取りが甘いけど、取れそうなのはいるよ」

「よかった♪ これでどこへ行ってもアレが食べれそうね!」


 イメリアが嬉しそうに笑う。

 初めて食ったあの日以来、彼女を含めた騎士たちの大半は、ウォータースネークの味にドハマりしている。


 自分たちの中から免許取得者が出そうと聞けば、そりゃ嬉しくもなるってものだ。


「よかったらこれから一緒にメシでもどう? 仕事の後で腹減ってるだろ? 作るよ」

「ホント!? 是非ぜひ!」

「よし、じゃあ行こうか。俺の店へ」


 復興ふっこう完了後、仕事がひと段落したのをきっかけに、俺は自分の店を再びオープンした。

 かつての店と同じく、大通りの良い感じの立地に。


 ただ……領主の業務もあるからそう長い間開けられないんだよな。

 営業日は基本夜だけ。

 それも週一。


「あ、カイトさん、おかえりなさーい」

「ピピィ!」


 店の暖簾のれんをくぐるとクレアとスーちゃんが出迎えてくれた。

 まだ店は開けて間もない時間だというのに、すでに席はほぼ満席。


 リバーシができる窓際まどぎわの静かな席や、ベーゴマバトルが観戦できる中央の円席えんせきが人気のようだ。


「おかえりカイト。あれ? イメリアもいるの?」

「うん、偶然出会ってお呼ばれしちゃった」


「ああ、それなら丁度いい。いい感じの炭が焼けたからよ。こいつであんたの大好物を焼いてやるぜ!」

「わぁ♪ 楽しみぃ♥」


 さすがに週一でも俺一人で観光地になりつつある街の飯屋を回すのはきびしいので、店を開ける際は臨時にバイトをやとっている。


 まあ、クレアとミーナとエディなんだけどな。

 三人ともこころよく引き受けてくれて本当に助かるよ。


 ちなみに、バイト料は日給銀貨10枚で、当然のことながら三人とも調理免許は持っている。


「注文どうする? かば焼き? 白焼き?」

「白焼きで。う巻きも一緒にお願い。飲み物は――」


「待ってくれイメリア。飲み物は俺に決めさせてくれ。ミーナ、アレで」

「ああ、アレね」


「え……アレって?」

「ふっふっふ、まあ飲んでみてのお楽しみってことで。俺も厨房ちゅうぼう入るよ。今までありがとうな」


 しっかり手を洗い、エプロンをつけて厨房に入る。

 今日れたばかりの新鮮で活きのいいウォータースネークをまな板に固定し、いつものように――ではなく、今日はちょっとひと手間を加えて調理。


「あれ? これは? いつもはついてこないわよね?」


「現在考え中の新メニューその1。ウォータースネークの皮をうすいで団子だんごにしてから串焼きにしたうな皮と、普段は肝吸きもすいに入れる心臓の串――ハツだ。食ってみてくれ」


「わかったわ。ではいただきます。んんんんぅぅぅぅぅ~~~♥♥ こ、これっ! これすごいっ! ウォータースネークの味がものすごく濃い! ただでさえ旨味が濃いのにそれをさらに圧縮あっしゅくしたような美味しさっ! もう、本当に美味しいぃ~♪ とろけるぅ~♪」


 うなぎもだけど、ウォータースネークの皮は、一番脂が濃くみている部分だ。

 そこを丸めて団子にしたのだから、そりゃあ味も旨味も濃厚に決まっている。


「こっちはハツだっけ? これも美味しいぃ♥ 花丸美味しいぃ♥ コリコリした食感の中にしっかりと感じるウォータースネークの旨味がもうたまんないっ♪ ここに来て本当によかったぁ♪」


「食い終わったらこれを飲んでみようか。口の中がサッパリするぜ」


 ――シュワワワワワワワ!


「こ、これは? なんかシュワシュワしてるけど? それに色が……何というか、その……おしっこ? 匂いは全然違うけど……」


「それはビールって言って、植物から作ったお酒だ。何かの魔物のおしっことかじゃないから安心して飲んでほしい」


「えぇ……ほ、本当に? 嘘じゃないわよね?」


 この姫騎士うたぐり深いな!

 まあ、初日にあんなドッキリかまされたら疑り深くもなるか。


「大丈夫! 本当に植物だから! ちゃんと植物(魔物)原産だから!」

「やっぱり魔物由来ゆらいじゃない!」


「魔物だけどちゃんと加工してあるやつ! ウォータースネークと一緒いっしょ! 味は保証する!」


「カイトがそこまで言うなら飲んでみるけど……うぅ、シュワシュワしているところがますますアレっぽい……いただきます……(ゴッゴッゴッ!)! カハアアアァァァッ! 何なのこれ!? 飲んだ瞬間、口の中の脂分が一気に洗い流されたんだけど!? のど越しもさわやかで気持ちが良いし、何よりキンキンに冷えてて仕事後の身体に染みるわ! 見た目最悪なのに味は最高よ! ここのワインも美味しかったけど、お酒は断然こっちのほうが美味しい! お代わり!」


「あー、ごめんね。これ一人一杯しかまだ飲めないの」


「ピートのスケルトンが原材料の群生地ぐんせいちを見つけてくれたから、近いうちに量産できると思う。そうすりゃ好きな時に飲めるから、それまで辛抱しんぼうしてくれよ」


 群生地はダンジョンの地下3階。

 階段から北へ2キロほど行ったところのモンスター部屋ハウスだ。


 真夏のトウモロコシ畑よろしく、あたり一面全部マンイーターという話なので、この空間は誰かが入らないよう、厳重げんじゅうに管理しようと思っている。


 食うところがないアンデッド以外が入った瞬間、一瞬で骨にされるくらいの数がいるそうだから。


「お、なんか美味そうなモン飲んでるな姫様」

「姫様は止めてよギルマス。私はもう一介いっかいの騎士なんだから。王位継承権けいしょうけんも捨ててるし」


「カイトー、わしらにもそれ一杯くれー♥」

「いいだろう……ただし偽ロリ、テメーはダメだ」


「何でじゃーっ!? 何で姫様やシュトルテハイムは良くてわしはダメなんじゃーっ!?」

「いや、だってあんた肉体年齢13か14なんだろ? そんな中学生に酒は出せねえ」


「中学生って何じゃ!? 別にかまわんじゃろ! 実年齢百歳越えじゃぞ!?」

「ダメだ。肉体年齢が10代なら、今後の成長に悪影響する。ちゃんと成人するまで俺の店で酒を飲むのは許さん」


「そんな……そんなこと言ったらわし、一回も飲めないではないか……」

「呪いを解けば飲めるようになるだろ。飲みたかったら頑張って解呪方法探してこい」


「嫌じゃ嫌じゃあああぁぁぁっ! わしも飲むううぅぅぅ~!」

「ったくうるさいお子様だな……ほれ、これやるからあっちで遊んで来い。アイアンスコーピオンのからで作ったベーゴマ、スコープドッグだ」


「おぉ……! このベーゴマめちゃくちゃかっこいいのう! 巨大な犬に尻尾がさそりとは斬新ざんしんじゃ!」


「あそこで客同士で遊んでいるから混ぜてもらえ。負けたら取られるから負けんじゃねーぞ」


「了解じゃ! むっふっふぅ~♪ このベーゴマで総取そうどりしてくれる!」


 アミカはそう言うと、円席へと移動した。

 やはりあの偽ロリちょろい。


「ねえ、ロリマスが言ってた飲めないって……?」

「……若返りの呪いだそうだ。下手へたすりゃあと4、5年したら、精神も子どもになって今の自分じゃいられなくなるらしい」


「そんな……かわいそうです」

「ピィィ……」


「何とかなんねえのかよ?」

「今のところはな」


 可能性があるとすればダンジョン産の強力な魔法、もしくはこの前のテロ未遂みすい事件の時みたいな超古代の技術くらいか?


 どちらも見つかる可能性はかなり低いが、ゼロというわけじゃない。

 ギルマスの仲間が帰った次元移動魔法や、前伯爵が使おうとした超古代の空間転移技術のような、現実にあるか疑わしいレベルのものが存在しているわけだから、きっとその中に……。


「俺らにできることは可能性を少しでも上げてやることくらいだよ。ほい、ギルマス。ビールお待ち。つまみはスルメで、メシはいつもの?」

「おうとも。オークベアカレー辛口、大盛りだ!」


「ホント好きだよなあ。王様といい勝負だよ」

「ふん、俺の方が好きだ。その証拠しょうこにカレーを食った回数は俺の方がはるかに多い」


 そりゃ食える場所にいるからな。

 ギルマスがある程度ていど食い終わるのを待って、俺は会話を再開する。


「ダンジョンの調査状況はどんな感じ?」

「地下4階までの調査はほぼ終わっている。出てくるモンスターや生息域せいそくいき分布状況ぶんぷじょうきょうなどはおおむね把握はあくできた。数もそろったし、これなら商人ギルドからのハント依頼を受けても大丈夫だろう」


 魔物の素材は薬や貴重きちょうな道具、武器防具の材料になる。

 こうして情報を集めて目録もくろくを作ることで、依頼などを経てスムーズに流通の波に乗せることができるというわけだ。


「その目録見せて……ふむ、見た感じ食えそうな魔物がそこそこいるな。こいつら上手く管理して牧場みたいにしたら、さらに魔物メシの安定供給化ができそうだ」


 特にマンイーターと同じ地下3階にコカトリスがいるのがでかい。

 とりへびのコラボ生物とか、食うところしか存在していない。


「これ以降は?」

「地下5階が水辺みずべの世界だということ以外わかっていないな。到達とうたつしたパーティの話だとクラーケンに遭遇そうぐうしたそうだから、スルメも安定供給できそうだ」


「いい知らせだな。ちなみにあそこのダンジョンって何階までありそう?」

「わからん。が、最低でも地下10階以上はあると見ていいだろう。一階層がキロ単位で広いダンジョンが10階未満だった記録はない。平均して15前後ってところだ」


「そっか、踏破とうはまでは遠いな」


 ミーナの故郷を滅ぼすきっかけになったこの街のダンジョン。

 眠っているのは俺が帰るための帰還きかん魔法か?


 それとも、ロリマスの呪いを溶くための解呪魔法か?

 はたまた強力な武器防具か?


「あ、そうだ。ちょうどいいからカイトに報告しておきたいことがあるの」


 俺とギルマスの会話をさえぎるようにイメリアが声を上げる。


「最近、ローソニアの兵が頻繁ひんぱんに国境侵犯しんぱんをしているのよ」


 以前ダンジョンの所有権をめぐる戦争をしているので、ローソニアとマトファミアは仲が悪い。

 最近俺の領地が盛り上がっているから偵察ていさつでもしようとしているのだろうか?


「向こうが手を出さない限り荒っぽいことはしないでくれよ? わかってるとは思うけど。警告程度にとどめてくれ」


「あ、うん、こっちを侵犯するならそうするけど、してるのはわが国じゃなくてイブセブンのほうへなのよ。だから何も言えなくて」


「……こっちには入ってきていないのか?」

「うん、最近ここが盛り上がっているから気になっているとは思うけど」


「そうか、騎士団のみんなは引き続き警戒けいかいを頼むよ。何かあったらすぐに連絡を」

「了解したわ。それじゃカイト、そろそろ私はこれで。いくらかしら?」


「メシさそったのは俺だしおごるって。その代わり、明日からも仕事頑張ってくれ」

「ありがと♪ じゃあ、お休みなさい」


 手をヒラヒラさせてイメリアが退店した。

 ギルマスはスルメを飲みながらビールをちょびちょび。


 ロリマスはベーゴマに夢中。

 ミーナたち従業員は客の注文を聞いて忙しそうに動いている。


「……またメンドいことが起きなきゃいいけど」


 ローソニアのイブセブンへの国境侵犯、何かの前兆ぜんちょうじゃなきゃいいけど。

 俺は帰るよりも何よりも、料理を作りたいのだ。

 面倒ごとに巻き込まれて料理時間が減らないように、この世界にはいそうな神に祈った。



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 《あとがき》

 さあ、地盤固めは大体終わりました。

 物語が動きます。


 《旧Twitter》

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