第2章 貴族編

第30話 新天地サンブリー

 三ツ星レストランに勤務きんむしていた俺が、店の秘密を知ってしまい店長の手によって異世界に追放されてしまってから約半年――本当にいろいろあった。


 気づいたら山の中だったり、腹が減って食おうとしたものが植物系の魔物だったり、山を下りていたらクソでかいスライムがいたり、戦っていた冒険者達と協力してこの世界の街に連れて行ってもらったり、そこで冒険者になって様々な冒険をしながらこの世界でしか作れない新メニューを開発したりしていたら、いつの間にかこの国の危機を救って貴族になったりと、実に波乱万丈はらんばんじょうだった。


「俺がもらったサンブリーりょうってどんなところなんだろうな?」

「ヴォルナットの鉱山こうざんと温泉、そして所有しょゆうするダンジョンを収入源しゅうにゅうげんとしているところだな。経済的にも安定している」

直轄地ちょっかつちであるサンブリーの街は水が綺麗きれいでワインが名産めいさんなんですけど、そういえば街中まちなかの話って聞いたことないですね」

「ああ、何でも前の伯爵はくしゃくが秘密主義でな。交易は全て街の外か、領地のはしにあるヴォルナットでしかやっていなかったんだ。そして絶対に外からの客を中に入れない」


「え? それじゃ魔物対策とかどうしてたわけ? 冒険者だけは例外だったの?」

「んなわけねーだろ。街中のごとは全部騎士が対応していたそうだ。最も、サンブリー領はローソニアやイブセブンとの国境線こっきょうせんだ。そっちに人を回すだろうからロクな対応はできてねえだろうな……って、何でお前知らねえんだよ? 地元だろうが」


「地元って言っても5歳くらいまでだもん。そんな子どもが隣街のことなんで知るわけないって。で、結局人が回せないならどうしてたわけ?」

「おそらくですけど、住民たちが自力で解決するか、泣き寝入りだと思います。サンブリーは国境線にある以上、そちらをおろそかにはできませんから」


「うわぁ、酷いなあそれ……」

「だからこそこれを機に冒険者ギルドの支部を立てようってことになったんじゃねえか」

「そうですよ。これからそこに住むんですから、頑張ってくださいねミーナさん」


「なあ、ちょっといいかな?」

「あん?」

「はい、何でしょう?」


「俺がした質問に答えてくれてありがとう。でもさ、一言いい?」

「ええ、どうそ」

「おうよ。何が言いたいんだカイト?」

「ミーナはともかく、なんでギルマスとマールさんがいんの? あんたらサンクトクルスの職員だろ?」


 そう、なんか当然のように同じ馬車に乗っているからスルーしていたけど、何であんたら2人がここにいるの?

 あんたらの職場はこっちじゃないだろ。


「そりゃあ、俺らが新しく建てられるサンブリーの街のギルド職員だからよ」

「街の規模きぼがわからないですからね。とりあえず事務じむ実務じつむができる最低限の人数を派遣はけんということなんです」


 なんだ、そうだったのか。

 しかし、そうか……衛星都市えいせいとしとして発展はってんしているサンクトクルスから、秘密主義でどんな街かわからない辺境へんきょうのサンブリーに転勤てんきんとは。


「2人とも、何かやったの? 冒険者ギルドの金でも着服ちゃくふくしたとか?」

「するわけあるかバカ野郎!」

「カイトさん酷いですよ!」


「いや、でも都会の仕事捨てて辺境来るとかなったら、普通そう考えないですか?」

「言われてみれば確かにそうですね」

「俺たちは自分で志願しがんしたんだよ。これから辺境で苦労することになる、新米しんまい領主様が困らないようにな」

「とか言ってるけど嘘だよカイト。この人たちあんたの料理食いたいだけだから」

「一瞬感動しちゃった俺の感動を返してくれ」


 でも、俺の料理を食いたいから地位を捨てて来てくれるっていうのはうれしいな。

 地位を捨ててもいいとまで思わせれるなら、料理人として成長している証拠しょうこになる。


「実はサンブリーへの赴任ふにんの件、ギルマスはともかく職員の倍率がものすごく高かったんですよ。ほら、カイトさんお店閉めちゃったじゃないですか」

「ああ、うん」


 俺が領主になるにあたって、残念だけどサンクトクルスの街の店は閉めざるを得なかった。

 従業員のクレアだけでは、スライムゼリー以外の料理を提供ていきょうできなくなるので仕方ない。


「カイトさん、最近スライムゼリー以外にも新メニュー出したじゃないですか。ミミックバタークッキーとか、蝙蝠こうもりエッグサラダとか、他にもいろいろ」


 マールさんの言う通り、王城で出したメニューを始め、数々の新メニューを開発した。

 弱くて数が確保できて、その上美味い魔物たちなので、いい機会だからと張り切って作ったのだが。


「それが職員の間で大人気でして……カイトさんがお店を閉めてサンブリーに行くと聞いた職員間で、転勤する権利の争奪戦そうだつせんが始まっちゃって」

「最終的にギルド職員の9割が志願しがんしたな。誰を選んでもかどが立つからくじ引きでマールに決まったが、選ばれなかった奴の中には号泣ごうきゅうしていたのもいたぞ」


 号泣するほど俺の料理が……。

 そんな熱烈なファンのために何とかしてやりたいところだ。

 王様も毎日カレーが食いたいと言っていたし、このあたりのことをそのうち考えたいところだ。


「ところでクレアはどうした? 従業員だし、あいつも来るんだろう?」

「彼女なら遅れてきますよ。サンブリーじゃサンクトクルスほどスライムは取れないでしょうし、スライムに代わる別の魔物を探すように言ってあるんで」

「あ、そうか。『不定形生物の楽園ジェルヘヴン』にはもう行けないもんね」


 残念なことに、サンブリーと不定形生物の楽園ジェルヘヴンじゃ方向が逆の上、距離きょりが遠すぎる。

 なので、店を開くためにはスライムに代わる新たな食材の確保が急務きゅうむといえる。


「あれ? じゃあギルドにおろしていたスライムゼリーはどうするの? あんたらいなきゃ作れないじゃん」

「その点は大丈夫。冒険者ギルドにデイリー依頼としてスライムの死体回収をもうけておいたから」

「冒険者ギルドが回収した死体をまとめてサンブリーに送る手はずになっている」

「今後ともゼリーは安定供給されるので安心してください」

「そうなんだ。よかったぁ……前と同じポーションに戻ったらショックだったよあたし」


 あれ不味いもんな……薬臭くて。

 スーちゃんに加工してもらわないとエグみと臭みが強すぎて、正直使うのを躊躇ためらうレベルだ。


「一週間遅れくらいで来るんじゃないか? 護衛ごえいもフレンたちに頼んでいるから問題ないだろ」

「それなら安心ね。あー、早くつかないかなー? 新天地楽しみ♪ 待ってろよーあたしの豪邸ごうてい♥」


 気になることが解消されて、ミーナはワクワクで頭がいっぱいのようだ。

 王様からもらえた、冒険者としての最終目標。

 一体どんな家がもらえるんだろうな。


「門が見えてきたぞ。間もなくサンブリーの街だ」


 ギルマスの言う通り、大きなほりともなった巨大な城門が見えてきた。

 門が開き、橋がかかる。


 さあ、俺たちの新天地は一体どんなところなのだろうか?

 どんな魔物がいるのだろうか?

 その魔物は美味いのだろうか? 食えるのだろうか?

 ああ、本当に楽しみだ。


 ……

 …………

 ………………


 とか思っていた1時間前の自分を殴ってやりたい。

 橋を渡ってから1時間後――サンブリーの街。


「これ、どういうことだ……?」

「ねえギルマス、あんた馬車の中で経済的に安定しているとか言ってなかったっけ?」

「う、うむ……言ったな」

「「…………どの辺が?」」


 サンブリーの街の有様ありさまは、それはもうひどいものだった。

 大通りの石畳いしだたみは壊れ、そこから雑草が伸び放題ほうだい


 建物はところどころひび割れており、耐震強度たいしんきょうどが心配になる。

 道端みちばたにはゴミが散乱さんらんし、町の景観けいかんを汚し放題。


 そして何より目を引くのは、道端で人が倒れているのに、誰も気にかけないことである。

 道の両端にひざまずき、土下座体制のまま微動びどうだにしない。


「あい、大丈夫か? しっかりしろ!」


 俺は馬車から降りて、倒れていた人に声をかける。

 まだ子どもじゃないか!

 子どもが倒れているというのに、誰も住人は助けないのか?


「………………あ」

「よかった、気が付いたか!」

「あなたは……貴族、様?」

「ん? ああ、一応新しくここの領主になった者だが」

「領主様!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 寝ていて気付きませんでした! 跪いてお出迎えせず、申し訳ありません! 何でもしますので殺さないでください!」


 これは、詳しいことを聞く必要があるみたいだな。

 俺の新天地は、どうやら最底辺からの出発になりそうな予感がした。



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 《あとがき》

 第6回ドラゴンノベルス小説コンテストにエントリー中です!


 新章開始です。

 貴族階級になったら権力者です。

 好き勝手に色々できますよね。

 領地を立て直すカイトの手腕を中心に物語は展開されます。

 今後ともよろしくお願いします。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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