第27話 誘拐犯(1人目)

 俺誘拐ゆうかいの実行犯、その一人であるシジョウは名乗りを上げると魔術を展開。

 聞き取れないレベルの早口で詠唱えいしょうを終え、攻撃を完成させた。


顕現する冥府ラグナ・ルーラー!」


 あおく、暗い炎が、俺たちのいる部屋の中をおおいつくす。

 この炎自体にダメージはないようだけど、何かとても嫌な予感がする。

 さっさとこの攻撃を止めねば。


「ミーナ、突っ込む。援護えんごしてくれ!」

「まっかせて! おりゃあああああぁぁぁぁっ!」

「神よ! 我々に祝福しゅくふくを! ホーリーブレス!」


 セシルの支援しえん魔法が完成し、俺たちに力が漲る。

 獣爪術じゅうそうじゅつを発動し特攻を仕掛ける俺の後ろから、光の矢による高速弾が雨あられと降りそそぐ。

 その先にいるシジョウは微動びどうだにせず、不適ふてきな笑みを浮かべている。


 ――ズドドドドドドドドドドドドド!


 ミーナの矢が着弾! あれだけ食らえばまともに動けないはず。

 ボスキャラっぽく出てきた割にはあっさりとした退場になるけど、これで終わりだ!


 俺は爪ごと拳でぶん殴るべく、右手を腰に構えた。

 そして、そのまま正拳突きだ。


 ――ベキベキベキベキッ!


 手応えはあった。

 おそらく肋骨ろっこつが3・4本ほど今のでったはず。


「うーん、とても痛そうですね。絶対に食らいたくない攻撃ですなあ」


 勝利を確信した俺の耳に、シジョウの能天気な声が聞こえて一瞬で戦慄せんりつした。

 光の矢による爆風が晴れ、現在の状況があらわになる。


「名付けて死体バリアー――ってところですかね?」

「ゾンビと……」

「スケルトン!?」

「ええ、そうです。言ったでしょう? 私の通り名。《地獄の侯爵ヘルレイザー》って。冥府めいふの亡者たちを現世げんせに引き上げる――これが私の職業ジョブ死霊使いネクロマンサーの力」


 シジョウをまもるように、ゾンビとスケルトンたちが配備はいびされていた。

 蒼い炎の闇の向こうから、何体もの不死者たちが群れとなって行進しているのが見える。


「戦いって基本的に数なんですよ。敵よりも多く味方を用意した方が勝つ。つまり――」


 おどろいている俺に向けて、シジョウが武器を構えた。

 髑髏どくろ装飾そうしょくがついた杖を、ゴルフのようにスイングして俺をかっ飛ばした。


「ぐあっ!?」

「カイト!」

「ヒール!」

「冥府から無限に味方を召集できる私は無敵ということです」


 セシルの回復魔法でダメージは消えたが、どうする?

 ゾンビやスケルトンは、1体1体は弱いとはいえ、無限に用意されたら厄介やっかい極まりない。

 さっきのように肉壁にくかべされて、一切攻撃をシャットアウトされてしまう。


「そういうわけですから、早くあきらめていただけますか? 私も明日のクーデターに参加予定なんですよ。早く寝ないと充分な働きができません」

「働かせてたまるかってんだ! せっかくこの世界に慣れてきたのに、ゴタゴタとかごめんだっつーの!」

「戦争大好きなクソメガネにあたしらの国をまかせられるか!」

「人々は戦争を望みません! 争いの火種をくというのなら神罰を下します!」

「はぁ……そうですか。ま、ご自由に」


 ――不死者召喚ネクロ・ドライヴ


 シジョウは新たな術を繰り出し、1体のゾンビを召喚しょうかんした。

 プロレスラーみたいな筋肉を持つ大柄おおがらのゾンビだ。


「そいつは私の助手として作り上げた特別個体です。力仕事が苦手な私の代わりに、色々と役立ってくれるんですよ」


 ――ウガアアアァァァァ!


「うおっ!? こいつの攻撃……重い!」

「ならボクが! はあああぁぁぁっ!」


 ――キンッ!


「嘘……止められた?」

「物理耐性を付与済みです。魔術以外で倒せるとは思わないほうが良いですよ」

「……アドバイスどうも。そんなヒントをくれちゃっていいのか?」

「問題あります? だって魔術師マジシャンいないでしょ?」


 シジョウの言う通り、俺たちのパーティに魔術師はいない。

 可能性があるとすれば支援魔法の使えるセシルだが。


「セシル、攻撃魔法とかいけないか? ゾンビとかに効きそうなやつ」

「すいません……ボク、悪魔祓いエクソシストの資格は」

「じゃあ、万事休すってことぉ?」


 脱出まであと一歩だってのにここまでなのか?

 いや、まだ何かあるはずだ。

 起死回生きしかいせいの一手みたいなものが、何か……………あ。


「その顔は何か思いついたの?」

「1個だけ、上手くいくかわからんけど」

「やりましょう。できることは全て」


 ――ヌゴオオオアアアアァァッ!


「何かを思いついたようですが無駄無駄。私の助手と無限の不死者たち相手に、たった3人で何ができるというのですか」


 シジョウがあおるがそんなことを気にしているひまはない。

 猛スピードで突っ込んでくる助手を何とかしない限り、俺たちは挽肉ひきにくにされてしまう。


 ――ウオオアアアアァァァァッ!


「ミーナ! セシル! いちばちか! 行くぞ!」

「オッケー!」

「せーのっ!」


 ――シュポンッ!


「………………え?」


 シジョウの間抜けな声が部屋の中にひびいた。


「え? 嘘? 何で? 私の助手はどこに……?」

「ここに」


 そう言い、俺がかかげたのは――


「冒険者の袋……? そんな、質量的に入るはずが……」

「これは無限袋だ。質量に関係なく、無限に道具を入れることができる」

「だ、だとしてもそれ以前の問題でゾンビは魔物……入るはずが……」

「入るんだな、それが」


 ってえらそうに言うけど、正直やってみるまで俺も半信半疑はんしんはんぎだった。

 地上でのセシルとの会話中、アンデッドについて話したこと。

 あれが賭けに出る決定打だった。


「ゾンビやスケルトンなどの不死者アンデッドは、2種類の方法で発生する。一つは長年死体を放置することで自然発生。そしてもう一つは、お前みたいな死霊使いによる人工的な発生だ」


 自然発生した不死者はその本能に従い行動する魔物だ。

 だからこの場合は自分の意思で動く生物にカウントされるので袋には入らない。


 だが、人工的に作られた不死者は違う。

 術者の命令に従う『道具』であって、決して本能のある生物ではない。


「生物じゃないなら、術者の道具なら、袋に入らない理由はないよなあ?」

「こ、こんな……こんな反則みたいなやり方で私の助手が……くそっ! だが私にはまだ不死者たちの軍団がある!」

「それも問題なく袋に収納できる。だって……お前の道具であって生物じゃないもんなあ!」


 俺はミーナに無限袋を渡し、セシルと二人で処理してもらうよう指示を出す。

 袋の両端りょうはしを二人はつかみ、目一杯広げて不死の軍団を収納していく。


「チェックメイトだ。観念かんねんしろ。こっちはお前には聞きたいことが色々あるんだ」

「舐めるな! 不死者などなくても私は強い! お前たち3人程度――」

「数の暴力でイキってたくせに強がるな。数の暴力で上りめたナンバー3の地位なんだろ? 数がなくなったらどうってことない」


「わ、私をバカにするな! お前なんぞ……平和ボケした異世界人なんぞ……!」

「平和ボケは認めるけどな、こっちにきて何か月ってると思ってんだ? そっちこそバカにすんじゃねーよ」


 色んな魔物と戦ってそのすべてを食らいかてとしてきた俺と、道具に全部任せてきたこいつとでは、強さの次元が違いすぎる。


狙鞭蠍尾撃スコープドッグ!」

「ぐあっ!?」


 俺はアイアンスコーピオンから食らい覚えた新たな技でシジョウを拘束こうそくした。

 そして天井てんじょうからぶら下げる。

 人間サンドバッグの完成だ。


「さて、覚悟しろよ暗殺者? 命のやり取りを商売にしているくらいだから、当然自分の命も取られる覚悟はしてるよなあ?」

「ま、待て! 話し合いましょう! 何でも答えますから命だけは……」

「あ、うん、取るつもりはないぞ? 俺さ、平和な世界からお前らに誘拐されたけど、そのことに関してはもう全然恨んでいないんだよ」


 この世界は日本じゃ手に入らない極上の食材が手に入ること。

 それを使った料理を作れて食えること。

 夢であった自分の店を開くことができたこと。


 どれもこいつらに誘拐されなければ、店長に追放されなければ、決して味わえなかった最高の体験だ。

 ゆえに俺は全く、本当に、心から誘拐に関しては恨んでいない。


「ぶっちゃけ誘拐してくれたことに関しては感謝しているくらいだ。日本に帰れないのはちょっとムカつくけど、正直ここに来れたことの感謝の方が勝っている」

「じゃ、じゃあ……命は助けてもらえるのですか?」

「ああ、そのつもりだ。『命は助ける』」


 ――ボゴォッ!


「ぶげっ!?」


 俺のボディブローでシジョウの身体が「く」の字に曲がった。


「な、何で……? い、今……」

「命は助けると言ったけど、五体満足ごたいまんぞくで帰すなんて言ってないだろ?」

「あ、あ、ああああああ…………」


 俺の言葉に戦慄するシジョウ。

 自分がこれから何をされるか想像し、恐怖で顔が引きつっている。


「クーデター起こして人々の生活壊そうとか許すわけねえだろ」


 そんなことになったら流通が滞って物価も上がる。

 商売あがったりだ。


「ミーナ、爆弾起動まであと何分だ?」

「えーと、15分くらい」

「そうか。セシル、転送装置の時間を10分後にして起動。そしたら俺のとなりに来て」

「はい、わかりました」


「今から10分間、お前はひたすら俺に殴られ続ける人間サンドバッグだ。なあに、死ぬことは絶対にないから安心してくれ。回復役がそばひかえているからな」

「うわぁ……カイト相当キレてるわこれ」

「正に神罰ですね」

「ひ、ひいいいぃぃぃっ!」


「火? そうか、火がいいのか。待ってろ、今下に燃料石セットしてやる。あったまるぞー……文字通りな」

「や、やめてえええぇぇぇぇぇっ!」

「聞く耳持たん!」


 ――ドゴッ!

 ――ボゴィッ!

 ――ベキベキベキベキッ!

 ――グシャァッ!

 ――ヒール


 ――ドゴッ!

 ――ボゴィッ!

 ――ベキベキベキベキッ!

 ――グシャァッ!

 ――ヒール


 ――ドゴッ!

 ――ボゴィッ!

 ――ベキベキベキベキッ!

 ――グシャァッ!

 ――ヒール


 ……

 …………

 ………………


 10分後、転送装置が起動した俺たちは無事外へ脱出。

 そのわずかな後に遠くから爆発音と火の手が上がった。

 サンブリー伯爵のクーデター計画は、爆音と古代遺跡とともに、無事灰になったのだった。




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 《あとがき》

 ボス戦終了。

 発想の勝利ですね。


 《旧Twitter》

 https://twitter.com/USouhei


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