第20話 ジャイアントレッグ(前編)

「いいところではあると思うけど、まさか数日でとんぼ返りするとは思わなかったぜ」


 鉱山の街、ヴォルナット――数日前にパーティーで仕事をしたこの街に、再び俺はおとずれている。

 理由はミーナの行方ゆくえさがすためだ。

 こうなった以上、万が一の可能性ではあるけど、ミーナが遅れてきていないかの確認も兼ねている。


「すまんなあ、弟子でしたちもそんな女冒険者見ていねえってよ」

「そうですか……ありがとうございました」


 だが、結果の確認をごらんのとうりだ。

 街中歩き回って彼女のことを聞いたが、誰一人として姿を見ていない。

 となると、やはりミーナはここに来る途中で何かあったとみるべきだろう。


「そんな真剣に探しているところを見ると、その子お前さんのコレかい?(笑)」

「いや、違いますって! ただの友達兼常連客ですよ!」

「いやいや、隠さなくてもいいってことよ。お前さんくらいの年頃はなかなか素直になれねえもんだ。俺にも覚えがあるぜ。もしあいつに素直に告白していれば俺は今頃……」

「急いでいるんで失礼します」


 関係ない話を聞いている暇はない。

 俺は親方の店を出て、街を出て、先ほど自分が来た道を反対方向に歩き、旧街道沿かいどうぞいの分かれ道まで戻った。

 ここを左に行けばサンクトクルス。だが、ぐ進めば――


「ミーナの故郷こきょう……もう廃墟はいきょしか残っていないし、犯罪者の温床おんしょうになっているというけど」


 行くしかない。

 どの道、この先に3つの依頼の1つがあるのだ。

 事件との関係性を調べる意味でも、行く以外の選択肢はない。


「待ってください」

「え?」

「この先には廃墟しかありません。犯罪者の巣窟そうくつになっているという噂もあるし危険ですよ?」


 俺が進もうとした瞬間、声がしたので振り返ると、そこにいたのは同年代くらいの神父しんぷだった。

 童顔どうがんで幼く見え声も高いけど、それに反して背は高く、175センチある俺とそうそう変わらない。


「知っている。でも、行かないわけにはいかないんだよ」

「そうですか……ならボクもご一緒しても構いませんか? ボクも実はこの先に用がありまして」

「ああ、それは別に構わないけど、調査をしながらだから時間かかるぞ? それでもいいなら」

「構いません。急ぎの用事ではないですから。あ、もうし遅れました。ボク、セシルって言います。教会の仕事で地方を巡か――じゃなかった、巡礼じゅんれいしているんです」」

「カイトだ。カイト=ウマミザワ。家名はあるけど別に貴族ってわけじゃないから気にしないでくれ。冒険者ギルドに所属はしているけど、本職は料理人なんだ。よろしく」


 自己紹介の後、お互い握手。

 背は俺と同じくらいなのに、ずいぶんと小さい手だな。


「カイトさんはどうしてこの先に? さっきも言ったけどこの先は何もないし危険な噂もあります。冒険者ギルドでも用事がありそうに思えませんが」

「同じくらいだろうし呼び捨てでいいよ。用事があるのはこの先って言うか、その手前なんだ。本来ありえない魔物が近くで発見されたから、その状況確認と討伐ってわけ」


 ミーナのことは伏せておいていいだろう。

 会ったばかりの人に余計な心配をかけさせるのもよくないかな。


「なるほど、そんなことが。最近、この辺り変な事件起きますよね。畑が一夜で土地ごと消えたり、季節じゃないのにジャイアントレッグが大量発生したり」

「へえ、知ってるんだ。神父の仕事って神様に祈りをささげたり、孤児こじたちの世話をしたりするもんばっかと思っていたけど」

「え? えーと、そうですね。そういう仕事もしますけど、人々の話を聞くのも仕事ですから。ほら、懺悔室ざんげしつでお話を聞いたりしますよね?」

「たしかにするけど、そういうのってどっちかって言うとシスターの仕事ってイメージじゃないか?」


 話を聞くより話をするイメージだな。

 休日の礼拝ミサに行くと、話をしているのは神父さんだし。


「ジャイアントレッグはともかく、畑が消える話なんてまだ一件だけだし、何で神父のきみが知ってんの? 教会に話してもどうにもならない系事件だよね、これ」

「た、たしかにそうですけど! でも、話すことで楽になることってあるじゃないですか!」


 まあ、確かに。


「被害にあった人は熱心な信者でして(たぶん)、少しでも心を軽くするために相談に来てくれたんですよ」

「なるほど。でも、たまたま神父のきみが聞くだなんてレアだよな」

「あ、あはは……全くですね」


 なんかリアクションに不自然なものを感じるな。

 もしかして何か隠しているのではないだろうか?

 まあ、別に何でも構わないけど。

 俺に危害を加える様子はないし、先ほどの声かけだって、心から俺を心配してのものだった。

 なら、詮索せんさくはすまい。

 誰しも秘密の1つや2つくらいあるものだからな。


「カイトが言った、本来存在しない魔物って、やっぱりジャイアントレッグですか?」

「いや、ウォッチャーだ」

「ウォッチャー? おかしいですね。ウォッチャーは本来自然界には存在しない魔物だし、ここのダンジョンは警備けいび厳重げんじゅうで有名なのに」

「ああ、だから調査が必要って判断されたんだ」

「ふむぅ……なにやらキナ臭いですね」

「ああ、俺もそう思うよ」


 そんな感じで、雑談ざつだん混じり俺たちは進む。

 3・4キロほど進んだ頃だろうか?

 舗装ほそうもされていないただっ広い平原の先から、黒い雲のようなものが見えた。


「何だあれ? 火事か?」

「いえ、それにしては何か動きが…………あれって!?」


「「ジャイアントレッグ!?」」


 黒い雲が徐々じょじょに近づくにつれて、ようやく正体が判明してきた。

 黒い雲の正体は火事などではなく、ジャイアントレッグの群れ。

 全長30センチくらいの大きなイナゴの群れが、空を飛んでこちらに来る。

 その数――約100匹。


「うぇぇ……気持ち悪っ。ボク、実は虫って少し苦手で……」

「俺は別に平気だけど、それでもあそこまでデカくて多いとちょっと感じるものがあるな……」

「どうします? あれ?」

「どうするも何も、やるしかないだろ?」


 俺たちの後ろには街がある。

 街の近くには人々が暮らすために必要な作物を育てている畑もある。

 ライフラインに関わるものを食い荒らされるわけにもいかない。

 いち料理人として、虫から守り通して見せる。


「セシル、戦えるか?」

「ええ、それなりには」

「じゃあトドメを頼んでいいかな? 俺が撃ち落とすから、落ちた奴をかたっぱしから頼む」

「了解ですっ」


 俺は無限袋を漁り、中からあるものを取り出した。

 アイアンスコーピオンの時に使わなかった爆弾だ。

 ライルがミスった時に、いつでもフォローできるように、俺とフレンはいくつか予備を持っていたのだ。


 ライルが一発で決めてくれたから結局使わず、こうして袋の肥やしとなっていたけど、それがここにきて役に立つとはな。


「よしっ、くらえ害虫!」


 ――ドゴオオオォォォン!


 陽が沈みゆく午後の空に、派手で汚い花火が上がった。

 爆弾の直撃を受けたジャイアントレッグは粉々になって地面に降り注ぎ、熱波ねっぱを受けた奴らは羽が燃え、パタパタと地面に落下して行く。


 ――ドゴオオオオオォォォン!

 ――ドゴオオオォォォン!


 手持ちの爆弾に火をつけ、ガンガン上空に向けて放り投げる。

 全て投げ終わった時、9割9分を撃ち落とせたけど、わずかばかりが空に残る。

 もう爆弾はない。

 ならばコレだ。


「ロープ? それで一体何を?」

「いいから、まあ見てなって」


 俺は袋からロープを取り出し、その先端を結んでこぶを作った。


 鎖鎌くさりがまという武器を知っているだろうか?

 鎌の尻に鎖を繋ぎ、その先端に分銅をつける遠近両用の武器。

 その鎖部分をロープで作ったというわけだ。


「少しの工夫で、武器じゃない物も武器にできるんだよ」


 このセリフは爺ちゃんの受け売りだけどな。

 猟師をやっていた爺ちゃんは、これができなければ一流の猟師にはなれんと言い、俺をよくきたえたものだ。


 もちろん俺は料理人になりたかったのでメンドくさいと思い、本気で練習はしなかったけど、それなりには鍛え上げられている。

 飛んでいるイナゴ――しかもクソでかいのを数匹を落とすなんて造作ぞうさもないことだ。


 ――ヒュンヒュンヒュンヒュン……

 ――バシ! バシッ! バシッ!


「す、すごいっ! よく当てれますね」

「まあ、的がでかいからな……ん?」


 ――スキル《操鞭術そうべんじゅつ》を十分に食しました。

 ――食した技術・経験が貴方あなたの味となり、全身に染みわたります。

 ――また、染み渡ったことで味が交わり、新たな味が生まれました。

 ――アイアンスコーピオンと貴方のマリアージュ、とくとご堪能たんのうください。


「え? 今? 最近なかったのに……」

「カイト!? 一体どうしたんですか!?」

「何でもない! 残ってるやつら、今全部撃ち落とす!」


 俺が食らったアイアンスコーピオンと、俺の経験のマリアージュ。

 新たな味の一皿になる。


 ――狙鞭蠍尾撃スコープドッグ


 新しき一皿の名を思い描いた瞬間、俺の持っていたロープが光り輝いた。

 全身をオーラのようなものにおおわれ、いかにもパワーアップ然としたたたずまいになる。

 それは俺の意思を感じ取り、自らの意思でジャイアントレッグに特攻した。


 打つ、払う、そして突く。

 普通のむちではできない攻撃――まるで蠍の尻尾のような動きで、俺は全てのバッタを撃ち落とした。

 戦闘終了。


 ……

 …………

 ………………


「カイトー、こっちも大体終わりましたよ」

「ああ、手伝ってくれてありがとうなセシル」

「いえいえ、これでも神に仕える者ですから。人々の生活をおびやかすやからには、喜んで神罰を与えちゃいます」


 ニコッと微笑ほほえみながら、まだ息のあるジャイアントレッグをメイスで叩き潰した。

 かわいい顔しているのに、この神父さんちょっと怖い。


「冒険者ギルドの仕事でしたよね、これの討伐。証拠品用の羽むしり手伝いましょうか?」

「え? じゃあ頼んでいいかな? むしったやつは俺が今から出す鍋の近くに置いてくれる?」


 そう言って、俺は無限袋の中から巨大な鍋を取り出した。

 アイアンスコーピオンの殻で作った鍋だ。

 これに水を入れて火をつけ、煮立たせる。


「カイト……一体何をするつもりなんですか?」

「戦いは終わったんだ。なら、料理人がすることと言えば料理だろう?」





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《あとがき》

あまりに長くなったので前後編に分けました。

料理は後編です。

イナゴ美味しいですよね。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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