傭兵と悪役令嬢~~最強マーセナリー、異世界に転生す~~

@yuuki009

第1話 転生

 それは、傍目に見れば陰湿な私刑だった。


 ここはとある王国の、貴族や王族の子息や子女たちが通う学び舎だった。


 そんな学び舎で、ある日大事件が起きた。王国の王子が、自らの婚約者である貴族令嬢に婚約破棄を一方的に申し付けたのだ。


 その、大事件を端とする決闘が今、学び舎のコロセウム、闘技場で行われていた。


 片方は王子と、王子に率いられたこの国の重鎮の息子たち。


 片方は、婚約破棄を申し付けられ、更にいわれのない罪を押し付けられた貴族令嬢を庇った男爵家の長男。


 

 そして行われた決闘は、それを見守る者たちの予想通り、凄惨な物だった。数で王子側が圧倒的に勝っている為か、男爵家の長男、『アーセナル・レイン』は当初、防戦一方だった。


 王子たちも当初は勝利を確信し、ニヤニヤと笑みを浮かべながらアーセナルをいたぶった。そう、それはまさに数の暴力による一方的な私刑だった。



 だが、誰もが王子たちの勝利を疑わなかったその時、変化が起きた。防戦一方だった所を、魔法で吹き飛ばされ転がるアーセナル。その姿を見た観客たちは、もう立てないだろうと誰もが思っていた。しかしアーセナルが、何と何事も無かったかのように起き上がったのだ。


 更に言えば、これまでと彼の『気迫』が違った。


 試合開始時とは打って変わったその気迫は、まるで別人と入れ替わったかのようだった。濃密な殺気に、王子たちは今の今まで浮かべていた笑みを打ち消され、一転して怯えすくみ、表情を強張らせていた。


「さて」

 闘いの影響で服のあちこちを汚し、剣先が掠めた頬から流れる血を袖で拭ったアーセナルは、静かに正面の王子たちを見据える。


 そして……。

「お前たちの力を見るのはここまでだ。……本気で来い。小僧共」


 仮にも国の王族や重鎮の息子たちに対しての小僧発言。それは挑発とも取れる物だが、しかし王子らはアーセナルの放つ殺気に恐れをなし、声を上げる事すら出来なくなっていた。


「どうした?来ないのか?だったら、こちらから行くぞっ!」


 王子らが怯え、何もしかけてこないと判断したのか、アーセナルの方から大地を蹴って駆け出した。真っ先に向かって行ったのは、王子らのチームの先頭に立つ、騎士団長の息子だ。


「ッ!?こ、このぉっ!!」

 自分に向かって来ている事に気づいた彼は、頭を被り振って気持ちを切り替えると、即座に剣を構えた。

 騎士団長の息子だけあって、戦闘力や剣術は王子チームの中で群を抜いていた。アーセナル目がけて振り下ろされる剣。彼の持つ剣は本物だ。模擬戦用の木剣ではない。斬られれば確実に死ぬだろう。


「隙だらけだぞっ!それでも騎士団長の息子かぁっ!」

 しかし、アーセナルは剣を恐れず踏み込み、攻撃を敢えて引き付けて紙一重で避けた。大振りの一撃を避けられた事で、彼は動けなかった。そしてその隙をアーセナルは見逃さない。

「っしっ!」

繰り出された拳が、がら空きの脇腹に突き立てられた。

「うぐぅっっ!?」


 まともに防御も回避も出来なかった彼は、脇腹を抉るように突き立てられた拳の痛みに悶絶してしまう。だがそれだけではない。

「未熟っ!」

 アーセナルは彼をそう一喝すると、短いジャブを交えた連続攻撃で更に怯ませ、最後は掌底の一撃を顎に食らい、その場に倒れ伏してしまった。同世代の男と比較しても筋肉質で大柄、更に騎士団長の息子というだけあって相応に強い彼が、殆ど手も足も出ずに一瞬で倒されてしまった事に、生徒たちは皆驚き、開いた口が塞がらない様子だった。


 今のアーセナルの動きは、『近接格闘術』と呼ばれる物だった。だがそれは本来、この世界には存在しないはずの動きだ。


 徒手空拳による、相手の制圧、もしくは殺傷を目的とした接近戦における格闘術。アーセナルがそれを知っている理由は、簡単だ。彼には前世があり、そして彼は前世で『傭兵』だったからだ。


 傭兵として、時には徒手空拳を用いて敵となる相手を制圧する事もあった彼にとって、高々剣を持った男1人を制圧する事など訳無いのであった。


「こ、こいつっ!」

 と、そこに別の弓を持った1人が矢を射かける。

「ッ!」

 アーセナルは瞬時にそれに気づくと、その場で転がり矢を回避した。更に。

「馬鹿者ぉっ!」

「ひっ!?」

 アーセナルはすぐに態勢を立て直すと、矢を放った男に向かって怒声を飛ばした。それはまるで、『教官』が新兵を怒鳴りつけるような声だった。

怒鳴られた彼は息を飲み、本来であれば女たちを魅了するはずのその整った顔立ちを、恐怖で歪ませていた。

「味方が敵と接近戦をしている時に弓を射るバカがどこにいるっ!誤射して味方を巻き込む気かぁっ!」

「ひぃっ!!」


 先ほどまで、アーセナルを見下しニヤニヤと笑っていた顔が、今は完全に恐怖の色に染まり、彼は戦意を失いかけていた。

「何をやっているっ!こんなボロボロの奴にぃっ!」


 そこに、大商会の息子である男がアーセナルに向かって突進し殴りかかった。彼は大商会の息子ではあるが、格闘の才があり、格闘家としてもそこそこ名の知れた人物だった。


「おらぁぁぁっ!」

 アーセナルに向けて自慢の右ストレートを放つ。が、それは呆気なく彼の腕で弾かれ、更にカウンターの蹴りが命中した。

「あぐっ!?」

 当たると思っていた拳が弾かれた事と、瞬時にカウンターを返された事に彼は驚いた。その驚きとカウンターの痛みによって動きが一瞬鈍った。それだけでアーセナルには十分だった。そこから頭を掴まれ、顔面に叩き込まれるアーセナルの膝による一撃。


「がっ!?」

 強烈な一撃で彼の視界が明滅するが、アーセナルはそこから更に連続で脇腹や顎と言った、人体の弱点に連続で拳を叩き込んだ挙句、最後は彼の首根っこを掴んで地面に引き倒してしまった。


「ば、かな……ッ」

 グラグラと揺れる視界。更に顎への一撃で軽い脳震盪を起こしたのか、もう彼の体は、彼自身の言う事を聞かなかった。

「速さは及第点。だが見え見えのストレートをいきなり放つ奴がどこにいるっ!あれではどうぞカウンターしてくださいと言っているような物だぞっ!フェイントという物を学べ愚か者っ!」

 アーセナルは倒れている彼に向かって一喝する。


「く、クッソォッ!調子に乗るなよぉっ!」

 すると今度は、魔法使いが持つような、杖を手にしていた男が、その手にしていた杖を掲げた。


「く、≪暗き地を照らす天上の光、それは神罰の光、悪しきを滅し……」

 実際彼は魔法が使える人間だった。しかもその才能は、若くして王国最強の魔法使いと言われる程であり、彼はあらゆる魔法への適正と、それを使いこなすだけの魔力を持っていた。だが彼になかったものがある。『実戦経験』だ。


 咄嗟に高威力の魔法を放とうと、長い詠唱を彼は歌うが、当然アーセナルがそんな大きな隙を見逃すはずがない。


 アーセナルは瞬く間に彼との距離を詰める。

「くっ!こ、こいつっ!」

 咄嗟に、残っていたもう一人。王子が剣を手にアーセナルの前に立ちふさがったが、彼は姿勢を落として地面の砂を掴むと、それを王子の顔面に投げつけた。


「なっ!?うぐぅっ!?め、目がぁっ!?」

 視界を覆う砂と、それが目に入った痛みで王子は視界を奪われ、更に手にしていた剣を落としてしまった。顔を両手で覆い、痛みに悶える王子の傍をアーセナルは駆け抜け、詠唱を続ける彼の元に突進していった。


「人々を救う、救済のひか、ひっ!」

 詠唱をしていたのだが、彼は突進してくるアーセナルに驚き、それを止めてしまった。それはつまり魔法の発動が中止された事を意味する。


「愚か者ぉっ!前衛が半壊した状態でそんな長ったらしい詠唱を敵が見逃してくれると思うかぁっ!」

 アーセナルは怒号を響かせながら彼の懐に飛び込むと、2,3発殴って怯ませてから、背負い投げの要領で彼を投げ飛ばした。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 投げ飛ばされ、地面を転がった彼は、それでも震える手で何とか起き上がろうとしていた。が……。そんな彼の元にアーセナルが歩み寄る。

「貴様は味方が倒れている状態で範囲攻撃魔法を使うのかっ!味方まで巻き込むバカがどこにいるっ!大体あらゆる魔法が使えるのなら支援系の魔法もあるだろうがっ!なぜそれで前衛をサポートしないっ!貴様は後衛失格だ馬鹿者ぉっ!」

「う、ぐ、ぅ」

 

 アーセナルからの猛烈なダメ出しをくらい、それがトドメとなって心が折れたのか。彼は起き上がる事を諦めるかのようにその場に倒れ伏した。 


 これで、アーセナルは戦っていた相手を殆ど無力化した事になる。


 開始直後の私刑から一転して、瞬く間に王子たちを倒してしまったアーセナルの姿に、観客である生徒たちは戸惑っていた。


 そんな中でも、一部の特別な生徒しか入る事の出来ない、言わばVIP用のボックス席からアーセナルを見つめる視線があった。その数、2つ。


 一つは、今まさに倒れ伏している王子たちを扇動した魔性の女である『ミカエラ』。彼女は自らが持ち得る魅力と『知識』を活かして男たちの庇護欲を煽り、そして王子たちを虜にした。


 だが今彼女は、王子たちに甘い言葉を囁くときのような、慈愛に満ちた表情ではなかった。忌々し気に表情を歪め、爪をかじりながらアーセナルを睨みつけている。


「ったく何なのよあの『NPC』は……っ!?あんなの『ゲーム』の作中に登場してないじゃない……っ!?『隠しキャラ』っ?『追加DLCのキャラ』っ?でもそんなの聞いた事無かったしっ。あぁもうだとしても、これじゃあ私の『逆ハーレムルート』がっ!どいつもこいつもっ、ほんっと使えないわねぇっ!!」

 苛立ちを表すように、彼女は貧乏ゆすりをしていた。そして表情を歪ませながら悪態をつくその姿はまさに、『悪女』としか言いようのない物であった。



 一方、ミカエラから見て、闘技場を挟んだ反対側のボックス席からアーセナルを心配そうに見つけている人物がいた。


 それこそが、件の中心人物の1人、『ヒルダ・エリュシオン』。王子より婚約破棄を言い渡された貴族令嬢だ。


「アーセナル、良かったっ」

 

 彼女はただ、アーセナルの無事を喜ぶように、安堵の声と共に小さく嬉し涙を流していたのだった。

 


これは本来、悪役令嬢として悲劇をたどるはずだった女と、何の因果か、転生した元傭兵を中心に巻き起こる物語である。




~~~~~~

 事の始まりは、アーセナルの前世へと遡る。彼の前世は、壮絶な物だった。


 彼の生まれは、中東だった。都市部から離れた小さな村で生まれた彼は、しかしある日、テロリストたちに村を焼かれ、家族を失い、少年兵の1人として誘拐され戦いを強要された。


 彼は生き抜くために、必死に戦った。『死にたくない』という想いが幼い彼を突き動かし、結果的に彼は同じ境遇の、他の少年兵たちと比べて高い戦闘力を獲得していった。


 やがて彼の属していたテロリストグループは国連軍によって殲滅された。ただ一人生き残っていた彼は、国連軍に投降し、少年兵という立場もあって彼は国連に保護され、やがて新しい国で新しい人生を歩み出した。



 だが、短くとも地獄のような戦場に身を置いていた彼にはもはや、『戦う』以外の選択肢は無かった。彼は平和な国を捨て、戦火の燻る国々を回る1人の傭兵となった。


 金で雇われ戦う傭兵として、様々な戦場を駆け巡り、戦い、生き残って来た。そんな彼の名が、傭兵たちの間で話題になり始めると、彼は戦場で知り合った傭兵仲間と共に民間軍事会社、PMCを設立し、その部隊長となった。


 しかし老いには抗うことが出来ず、年老いて、前線で戦う事の難しくなった彼はやがて前線を退き、PMCで新人を育成する教官となって後進の育成に努めた。そんな彼の教育が優秀だった事もあり、やがて会社は幾多の優秀な傭兵を派遣するようになり、彼の存在と彼が教官を務めているPMCの存在は、傭兵たちの間で知らぬものが居ない程となった。



 しかしそんな彼も、死に抗う事は出来なかった。年老いた彼は今、最後の時を迎えるべく自宅のベッドで横になっていた。そしてその傍には、これまで彼が鍛え上げてきた教え子や、仲間たちが立っていた。


 皆、恩師や仲間の死が迫っている事を知っていた。しかしそれでも、無様に泣く事はせず、ただ静かに彼を見守っていた。


「あぁ、まったく。……随分と、遠い所まで来た物だなぁ」

 彼は自らを見守ってくれている者たちの顔を見回しながら、過去を思い返し、満足そうに笑みを浮かべながら、掠れる声で呟いた。


「ゲイル」

「はっ!なんでありましょうかっ!」

 やがて彼は1人の黒人の名を呼んだ。ゲイル、と呼ばれた筋骨隆々の黒人はビシッと姿勢を正し答える。


「お前に、俺の後を、教官の任を、任せる。新兵たちを、頼んだぞ」

「ッ!了解でありますっ!教官殿っ!!」

 一瞬、ゲイルは息を飲み、そして涙を我慢するように歯を食いしばった。そして涙を振り払うように、ビシッと敬礼をし声を張り上げ答えた。


 それを確認し、ゆっくりと頷いた彼は、天井を見上げる。


「さて、これで、思い残す事は、無い」

「ッ!教官っ!」

「教官殿っ!!」

 終わりを察したような、満たされたような笑みを浮かべる彼の言葉に、周囲に居た者たちは戸惑い、『その時』が来た事を理解したのか、悲しみの表情を浮かべながら声を上げている。


「皆、俺は、先に、行く。……お前、達の、土産話を、聞くのを、地獄で、待ってる、ぞ」

 その言葉を最後に、彼はゆっくりと瞳を閉じ、そして彼の、『伝説の傭兵』とまで呼ばれた男の人生は幕を閉じた。










 はず、だった。


~~~~~~


『ん?………どこだ?ここは?』


 彼の意識は、魂は、生命の終わりと共に消え果るはずだった。しかし彼は何故か、終わりを迎えたと思った直後、何故か再び目を覚ました。そして視界に映った、見覚えのない天井に彼は首を傾げた。


『俺は、死んだはず。……あいつらの誰かが俺を蘇生したのか?いや、あいつらが今更そんな事をして、俺の短い命を僅かに延命させることなどするはずがない。どうせ、それも僅かな時間稼ぎにしかならない。それに、見慣れない天上だ。少なくとも俺の部屋の寝室、ではないな』


 傭兵として視線をくぐって来た性か、彼はすぐに自らの状況、周囲の様子を観察し始めた。

『自我ははっきりしている。自分の名前や過去、経歴、仲間の顔。よし、覚えている。記憶も問題ない。……だが、『体が動かない』。しかし物理的に拘束されているのとは違うな』


 彼は自らの視界に移る物から情報を得ていたのだが、彼の体が『勝手に動く』のだ。彼の手足が勝手に動き、視界は勝手にあちこちを向く。しかし彼はそれでも情報を得ていく。


『視界に移る手足は、とても小さい。まるで生まれたての赤子のようだ。そのことを考えると、もしや俺は生まれ変わったのか?インド哲学で語られる輪廻転生については、俺も概要くらいは知っているが。しかし、ならばなぜ俺には前世の知識や意識、記憶があるんだ?』

 

 得られる情報をもとに彼は仮説を立てていく。と、その時だった。

「あ~~っ!あ~~っ!」


 彼にとって第2の器とも言うべき体が、しかし彼の意思に反して勝手に泣き出してしまった。

『……動けない、か。まるで肉体と精神が乖離しているようだ。今の俺には、この体の主導権は無い、という事か。まいったな』

 泣いているのは自分自身なのだが、今の彼にはただ見ている事しか出来なかった。と、その時。


「あらあらアーセナル、どうしたの?」

 不意に、誰かが彼の寝ていたベビーベッドを覗き込んだ。

『誰だ?』

 彼は疑問に思ったが、逆光のせいで顔までは分からなかった。その時、赤子の彼を覗き込んでいた人物が彼をベッドから優しく抱き上げた。


 彼を抱き上げたのは、柔和な笑みと黒髪のロングヘアが特徴的な、20代から30代くらいの女性だった。

「ほら、母はここに居ますよぉ」

 彼女は赤子をアーセナルと呼び、ぐずる赤子をあやしている。


『母。という事はこの女性が今の俺の生みの親、という訳か。……しかし、何だこの格好は?』

 彼は自らを抱き上げあやす彼女の服装に首を傾げた。というのも、服装が明らかに現代のそれではなかったからだ。

『……昔、何度か中世が舞台の映画を見た事があるが、服装がその映画に出てきた貴族のそれに近いな。もしや俺は、時間の流れに逆らい過去に転生したというのか?』


 彼は得られる情報からとにかく推察を続けた。

『建物の内装も、中世ヨーロッパを舞台とした映画で見たシーンと似ている。となると、ここは過去のヨーロッパなのか?……いや、今の時点で断言するのは早計か』

 肉体に反してアーセナルは視覚から得られる情報を冷静に確認し、分析を続けていた。と、そこへ1人の男性が部屋へと入って来た。


「ミレーヌ、大丈夫かい?」

「あぁ、あなた」

 入って来たのは、金髪の男性だった。彼は赤子を抱く女性の元に歩み寄る。


「アーセナルの泣き声が聞こえてきたから来てみたけど、どうだい?」

「大丈夫ですよ。この子は元気いっぱいです」

 少し心配そうに赤子の顔を覗き込む男性に対し、女性は彼を宥めるように優しい笑みを浮かべつつ、赤子の顔を一緒に覗き込む。


 赤ん坊はどこかキョトンとした顔で両親を見上げているが、その内にある彼の魂は、状況の分析を続けていた。


『この2人が今の俺の両親、か。見た目からして30代と言った所。しかし服装が中世ヨーロッパの貴族のようだな?となると、俺も貴族、なのだろうか?女性の方も身なりからして貴族、で間違いのだろうか?愛人との子供、という様子には見えないが……』

 傭兵として戦い続けてきたがゆえに、彼は情報収集と分析は怠らない。


 彼が分析を続けていると、男性の方が優しく赤子を抱っこした。


「ふふっ、はじめましてだね。僕は君のパパだよ~~」

「そして、私がママですよ~~」

 大の大人2人が、赤子に対して緩んだ表情を浮かべていた。肝心の赤子はキョトンとした表情のままだが、その内に居る彼は内心苦笑いをしていた。


『と、年下の者たちにこういう表情を向けられるのは、何とも恥ずかしいというか、反応に困る物だなぁ』

 前世では老人と呼べる歳まで生き、天寿を全うした彼にとって大体の相手は年下になってしまうのだ。それ故に彼は反応に困っていた。


 とはいえ、現在彼の魂と体は乖離しており、そんな苦笑いの表情を赤子が浮かべる事はしない。ただただ、赤子は両親を見つめているだけだった。そんな赤子を、両親は幸せそうな表情で見つめていた。


『あぁ、そうか』

 そんな中で彼はふと、思ってしまった。

『親がいるとは、こういう事だったな』


 戦乱で幼き日に家族と故郷を焼かれ、死にたくないという想いだけで戦い抜いた彼にとって、家族の記憶は、既に数多の、それ以外の記憶によって脳の奥底に沈められていた。


 しかし、改めて『親』という存在を認識した彼は、記憶の奥底にあった、かつての両親の顔を少しだけ思い出していた。前世の両親との記憶は多くない。ただそれでも彼は、過去を懐かしむように、少しだけ心の中で笑みを浮かべていた。


「生まれて来てくれて、ありがとう。君は、僕とミレーヌの子だ。これからよろしくね、『アーセナル』」

 男性が、優しい笑みを浮かべながら赤ん坊に語り掛ける。そしてその言葉は、内なる彼へと届き、それが彼の第2の名となる。


アーセナル兵器庫、か。元傭兵の俺にはお似合いの名前というわけだ』

 内心彼は、ふっと小さく笑みを浮かべていた。


『何が、或いは誰が俺を転生させたのかは知らないが、第2の人生、与えてくれるというのなら、生きてみようじゃないか』


 この日、元傭兵の転生者は第2の名前を授かった。『アーセナル・レイン』という名を。


     第1話 END

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