モノクル
新座遊
モノクルのひとりごと
〇は迷っていた。顔面に張り付いたレンズ。眉骨と頬骨とで挟むだけの片眼鏡。それが〇だ。
昔は貴族やら上流階級のお洒落感覚で着用されていたようだが、検索したところ、現代のモノクルは、一部でスカウターと渾名が付いたヘッドアップディスプレイであり、それは両眼鏡の上に被せるもののようだ。
伝統的なモノクルの座を明け渡して良いものだろうか。
〇は、迷っていた。〇は昔ながらのレンズだけで出来たモノクルだ。
ARデバイスにその名を取られてなるものか。
しかし貴族やら上流階級やらが使う時代でもないし、片眼鏡は視力を悪化させるなどというネガティブ情報ばかりが蔓延っている。
旧ドイツ軍人で流行っていたとの情報もあり、何らかのバイアスがかかってしまったのかも知れない。
流行は繰り返す。しかし全く同じ姿とはならない。
従容と受け入れるしかないのか。
怪盗ルパンやモリアーティ教授がモノクルをつけていたイメージは、ある程度の文学的領域に何らかの意味付けの象徴としては〇も記憶に残るだろうか。しかし記号的な意味、抽象化された〇だ。
甘んじるのか。あるいはアイデンティティーを叫ぶべきか。
〇は迷っていた。そこに〇〇が現れた。
自動的に焦点を調整できるデバイスとしての新顔。片眼鏡とは異なり、両目に充てるレンズであり、それは実用化へ向けてもがき苦しんでいた。
〇と〇〇は、お互いのかけ離れた立場を思いやり、初対面で親友のごとき間柄になった。いや。なったような気がした。
「実用を求められず、さりとて流行の兆しもみえない。さらにその名称をARデバイスに奪い取られる俺の気持ちは、おそらく〇〇には想像もつかないだろうが、俺は〇〇の気持ちは理解しているつもりだ。自動焦点調整という機能だけを求められ、実用化するまでは何者でもないという隔靴掻痒は痛いほど理解している」と〇は言った。
「いえ、僕にも〇の気持ちは判る気がします。もちろん真逆の立場かも知れませんが、今までは貴族たちのお洒落アイテムとして名を馳せたあなたが、得たいの知れぬディスプレイにその地位を奪われようとしている姿は。もちろん僕のせいではないものの、なんとなく加害者意識を持ってしまいそうです」〇〇は答えた。
傷をなめあっているのだろうか。お互いの恵まれない境遇が仲間意識をでっち上げているのか。お互い共通の敵に向かって怨嗟の念を交換しているだけなのか。
共通の敵?
それはなんだろう。〇は迷っていた。
レンズを2つセットにした普通の眼鏡、つまりは両眼鏡が敵足り得るのだろうか。
彼も彼の立場に苦しんでいるのではなかったか。医療用具でありながら、ファッション性を重視されて、あるものは右目と左目のフレームの形が□と〇で異なるケースもあるようだ。
眼鏡は愚弄されているのではないか。
共通の敵。
それは人間の欲望だ。
モノクル 新座遊 @niiza
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