ささくれ

睡田止企

ささくれ

 ささくれには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、住宅の内見である。

 住宅とは言っても、ささくれの住宅はただの箱である。

 しかし、箱であれ、棲家を与えられるというのは破格の対応である。


 ことの経緯はこうである。

 男がカップ麺の包装を剥がしたとき、指のささくれに気づいた。

 気づかれたささくれは離さないでと懇願した。

 男はいつかは離れるものだからと千切ろうとした。

 ささくれは、ならばせめて、捨てないでと懇願した。

 男は数秒ささくれを見つめ、カップ麺にお湯を入れた。

 そして、待ち時間の三分であれば、ささくれの棲家を探してもいいと言った。


 まず、黒い箱を内見した。

 箱は外側は黒いが内側は半透明の白いビニール袋で覆われていた。

 箱の中には先客がいた。

 ペットボトルのラベルや汚れの付いたティッシュ。

 箱はゴミ箱だった。

 ここに住めば、すぐに捨てられてしまう。

 ささくれは別の住宅の内見を望んだ。


 次に青い箱を内見した。

 箱はプラスチックでできていて、先客がいなかった。

 非常に条件のいい物件に思える。

 しかし、先客がいないのは偶々だったようで、男は箱にマスクを詰めた。

 箱はマスクケースだった。

 男は何か気になったようでマスクを箱から取り出し、箱に息を吹きかけた。

 箱に溜まっていた繊維が吹き飛ぶ。

 ここに住めば、すぐに繊維と一緒に吹き飛ばされてしまう。

 ささくれは別の住宅の内見を望んだ。


 次に、赤い箱を内見した。

 箱の中には先客がいた。

 いくつもの人形とブロックとミニカー。

 箱はおもちゃ箱だった。

 長年使われていなかったようで、箱はかなり劣化していた。

 男が内見をしやすいようにと動かすと、手の触れた箱のフチが欠けた。

 これは捨てるからここ以外にしようと男が言った。

 言い終わると、タイマーが非情なタイムアップを告げた。


 三分が経った。

 色々な色の箱を見てきたが、住宅は決まらなかった。

 ささくれは、また、捨てないでと懇願した。

 男はそれに空返事を返した。

 男の意識は既にささくれではなくカップ麺に向いていた。

 男は、とりあえず、ささくれをメガネケースにしまった。


 男がカップ麺を食べ始める。

 男のメガネが湯気で曇る。

 男はメガネを外し、メガネケースにしまった。

 その時、ささくれがケースの外に飛び出してしまった。


 翌日、ささくれはゴミとして掃除機に吸われた。

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ささくれ 睡田止企 @suida

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