第7話 悲鳴 初めまして

 ダンジョンを駆ける俺の耳にきゃー!、と女の子の悲鳴が聞こえた。近い。おそらく一階層最奥部の部屋だ。


 果たしてその通りで広場のようになっているところで俺より一回り下くらいの年齢の白髪の女の子がゴブリン複数匹に囲まれていた。


 女の子は広場の隅の方に追い詰められている。剣こそ構えているが腰が退けている。俺と同じ駆け出しの冒険者なんだろうか。


 と、今そんなことを考えている暇は無い。


 「伏せろ!」


 女の子に叫びながらセレクターを単発に入れ銃を構える。連射しないのは弾の消費が激しいこと、反動のせいでどうせ大した弾数当たらないからだ。


 優先して狙うのは当然女の子の周りにいるゴブリンだ。暗い緑色でゴツい皮膚のちょっと醜悪な外見のモンスターだ。


 俺の叫び声に反応して一瞬動きを止めたゴブリン。その隙を逃さず次々と銃弾を叩き込んだ。


 3匹も倒すとゴブリンは俺の方が脅威度は高いと判断したのか一斉にこちらに迫ってきた。ざっと5匹。互いの距離は100m。


 単発の指切り射撃じゃ厳しいか。親指でカチリとセレクターを連射にして短くフルオート射撃を繰り返す短連射で射撃する。


 こちらに近い奴から順に連射を喰らわす。照準は一番当てやすい胴体。一度の連射で4、5発が発射され、ゴブリンの胴体から首の辺りにかけてまでに着弾が散らばる。


 撃たれたゴブリンは極々短い悲鳴を上げると絶命し、バタリとその場に倒れた。2匹、3匹と射弾を浴びせ、4匹目は頭部に銃弾が当たり、頭蓋骨が砕かれ脳漿のうしょうもぶち撒かれた。おかげでゴブリンの血は緑というどうでも良い知識が身に付いてしまった。


 ぐしゃりとグロテスクな音と共にゴブリンが倒れ伏し、同時にガチンと弾切れを告げる音がした。


 槓桿が後ろでストロークした状態で止まっていてホールドオープンしている。残った1匹のゴブリンは尚もこちらに向かってきていて悠長にリロードしている暇は無い。


 マガジンは銃から引き抜きそのまま投げ捨て、マガジンポーチに手を伸ばす。いや、それでも間に合わない。


 そう判断してマガジンポーチに伸ばしていた左手は射撃時の様にハンドガードを掴み右手は銃把じゅうはを離しストックの基部を掴む。


 ゴブリンの攻撃に合わせて右に飛び退きゴブリンの動きに合わせてストックでゴブリンの左側頭部を殴りつけた。

 

 ぐげっ、とうめいて吹っ飛ばされたゴブリンから距離を取りリロードすると単発で頭目掛けて数発撃ち込んだ。


 今度はうめく間も無く、ただ着弾するグジャッという音が聞こえるのみでゴブリンは動かなくなった。


 広場を見渡してどうやらもうゴブリンはいないことを確認するとセレクターを安全の位置に入れた。


 また耳鳴りが痛い。どうやらそれは女の子も一緒のようで耳を押さえて悶えている。あー、申し訳ない。


 とりあえず俺は女の子が無事か確かめた。


 「……えーと、こんにちは。大丈夫ですか?」


 「?」


 女の子は目を細めて首を傾げた。あ、そうか。お互い耳鳴りが酷いから普通の音量じゃ聞こえないんだ。


 「こんにちは!!大丈夫ですか!!」


 「あ、はい!!大丈夫です!!ありがとうございます!!」

 

 頭を縦にコクコク振る。どうやら耳鳴り以外に問題は無いらしい。


 とりあえず俺は一旦ダンジョンから出ようと出口の方を指差した。言葉は特に発しない。女の子も頷くだけ。そりゃお互い腹の底から怒鳴ってようやく意思疎通が可能なんだからわざわざ話そうなんて思わない。


 こうして俺の初のダンジョン挑戦は銃声は想像を絶するから耳の保護無しに銃を撃ってはいけないという教訓を残して終わった。


 知識としては知ってたはずなんだがなあ……。


 






 「先程は助けて頂きありがとうございました!!」


 ダンジョンからの帰還後、俺たちはギルドの建物内の一画、冒険者同士の交流を目的に設置されている憩いの場にいた。


 「そう言えば自己紹介をしていませんでした!!私、フィーファと申します!!」

 

 お互い、耳があんまり聞こえなくなってるからフィーファは俺の耳に口を寄せた。自然、フィーファの顔が間近にきたのだが、その時女の子らしいとても良い匂いがした。


 大声で話す俺達を周囲の冒険者達は奇異の視線で見ていた。実のところ、大声で話すだけなら別に変なことじゃない。特にダンジョンからの帰還後だと興奮していて声が自然と大声になる。


 ならばなぜ俺達だけがそんな視線を浴びているのかと言えば内容だ。ダンジョン帰りだと話すことと言えば戦利品とか何かしらダンジョン内でのことだ。


 それを俺達は自己紹介している。なるほど、なぜ興奮しているわけでもないのに大声で自己紹介をする必要があるのだろうか。


 ある。俺達は耳をやられているからだ。その可能性に思い至ったのは一部の冒険者だけだった。

 

 と、フィーファという名前に反応した人がいた。フィーファの後ろでピクッと一瞬体を止めてフィーファの方を見る。長身、青がかった長い黒髪に鋭い目の女の人だ。どうやら間違い無いらしく、ダッと走り寄るとなんの躊躇ためらいもなく肘打ちをフィーファの脳天に食らわせた。


 あまりに早い肘打ち、俺でなきゃ見逃しちゃうね。実に流麗で無駄な所作の無い肘打ちだった。多分この女の人は中々の武芸者だ。


 ……いや、え?なんで?展開が分からず口を間抜けにポケッと開けるしかない俺。


 え、大丈夫?肘打ちした時になかなかにエグい音がしたけど?それに肘打ちって下手したら殴るより危険って聞いたけど?


 「このバカッ!どこ勝手に行ってんだ!」


 女性はフィーファを叱りつける。フィーファのお姉さんだろうか。


 「お見苦しいところ失礼しました。私ハイロス家使用人のセレーナと申します。この度はフィーファをお助け頂いた、ということでお間違い無かったでしょうか」


 叱っていた時とは一転、非常に楚楚そそとした態度でセリーナと名乗る女性は俺に一礼した。ダンジョンという場に似つかわしくない身のこなしは伝統舞踊の踊り子の様に優雅だ。


 「あ、これはご丁寧に。私はケンジと言います。そうですね、そうなります」


 「そうなんですね。フィーファを助けて頂きありがとうございます」


 全くお前は何をしてるんだ、とセリーナをフィーファをめ付け、フィーファは首をすくめた。


 「あの、フィーファさんはなんでダンジョンに?」

 

 話を聞いた感じセリーナさんもフィーファさんも冒険者じゃない。少なくともセリーナさんは使用人と名乗っているわけで、2人の関係は分からないがフィーファさんだけ冒険者というのも妙な話だ。


 「ああ、助けて頂いた身で恐縮ですがそれは当家の事ですので……」


 説明を断る姿勢のセリーナさんだがフィーファさんが強引に割り込んだ。


 「必要だからです!」

 

 「フィーファ!」


 押し留めるセリーナに構わずフィーファは続けた。

 

 「セリーナさん、ケンジさんの力は絶対役立ちます!セリーナさんだってまだ35階層にしか行けていないんでしょう?時間は限られているんです!」


 ……ん?セリーナさんはダンジョンに潜っている?使用人なのに?それとも使用人の意味がこの世界では違うだろうか。てっきりメイドさんのことかと思ってたけど。それに時間って何の時間だ?


 俺の困惑を他所よそに2人の議論は白熱する。


 セリーナはフィーファの目を見た。心の底の底まで見通すような怜悧れいりな目だ。フィーファが決して勇み足や拙速せっそくな判断ではないこと確かめると、渋々といった態で頷いた。


 「よかろう。だが最終的に私自身の目で実力を見てみないことにはなんとも言えん」


 そして俺に向き直った。


 「そういう訳で失礼を承知で私達に少々付き合って頂きたいのですが大丈夫でしょうか」


 「ええ、それは構いませんが……」


 その前に事態の説明が欲しいなー、とチラチラ視線を送っているとセリーナさんが気付いてくれた。


 「場所を変えましょう。どうぞこちらへ」


 言われて導かれるままギルドを出ると待ち構えていたのは馬車だ。だがただの馬車じゃない。装飾が施されていてそんじょそこらの質素な馬車とは違う。


 とにかく馬車に揺られながらセリーナさんは言葉重たく切り出した。


 「私の主人、セレナデーテ様は深刻な病魔に冒されているのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る