第6話 ダンジョンと教訓

 ダンジョンの街アールマル。昔ここが単にアールマルという土地だったところにダンジョンが現れた。そしてダンジョンに挑む冒険者のために商店や宿ができそして街になった。


 今や立派にダンジョンの街として栄えている。そんなアールマルに今俺はいる。


 街行く人々はほとんどが冒険者のようで重装備の人は甲冑、軽装備の人だと胸当てだけ、と格好や装備は千差万別だ。


 ダンジョンを管理するダンジョン組合の建物内、受付横の掲示板には種々雑多な依頼が掲示されていた。


 ダンジョン組合の受付に行って昨日ギルドの支部で発行してもらった冒険者証を見せるとすんなり通してくれた。


 さて、ダンジョンというのはモンスターが徘徊する一定の空間のことだ。なぜそこへ人類が熱を上げるのかと言えばダンジョン内でしか入手できないアイテムや資源があるからだ。


 モンスターに関する注意点としてダンジョンの深層へ行けば行くほど強くなる。それからモンスターは倒されても自然と出現する。ゲームで言うところの自然スポーンだ。


 このアールマルダンジョンは地下に広がるダンジョンで50階層まであるらしい。


 受付を済ませるとダンジョンへつながる順路に従い一度建物を出た。順路の先に見えるのは古代の神殿のような白い石材造りの建物だ。


 その神殿内に入り少し歩くと大きな地下へ続く階段があった。ここがダンジョンへの入り口だ。階段を下ると目の前に濃い紫色のもやがあった。これを抜けるとダンジョンの一階層目だ。


 俺の手は震えていた。武者震い……、じゃ正直無い。恐怖を感じているのだ。一昨日のフューリアスボアとの戦闘で危うく俺はあっさり命を落としていたかもしれなかった。


 今からダンジョンに足を踏み入れるがそれは必然的にモンスターとの戦闘を意味する。死の危険というのは常に付きまとうことになる。


 ……だが、それでも俺はそれ以上にワクワクしていることに気付いた。今から俺は前世ではなし得なかった冒険に挑もうとしているのだ。心ははやっていた。


 俺は一度大きく息を吐き出すと勇躍、ダンジョンへ歩を進めた。



××××××××


 マガジンをstg44に差し込みボルトを引いた。これで初弾がチェンバー内に送り込まれ発射の準備が整った。後は引き金を引けば射撃できる。安全装置を掛けダンジョンへと一歩を踏み出した。


 ダンジョンへと続く紫色のもやの中を歩く。足元の感覚は神殿内と変わらず石畳を歩いている。視界が効かない中を歩いていくとある地点で一気に視界が晴れた。ダンジョンへと着いたのだ。


 ダンジョン内は地下ということもありヒンヤリと冷たかった。見た目は朽ちつつある神殿の内部といった感じだ。やっぱり地下だからか薄暗く明かりは壁に等間隔に設置された松明のみ。


 「なるほど……」


 なんとなくの雰囲気を掴んだ俺は一歩一歩ダンジョンを踏み締めながら前へ進む。


 銃のストックを軽く肩に付け少し左に傾け寝かせるようにして保持する。レディ・ポジションの一種でロー・レディと呼ばれるものだ。


 引き金に指を掛け親指を安全装置に添える。いざとなれば即座に安全装置を解除し引き金を引く。


 今のところダンジョンは人っ子1人いないかのように静かで俺が歩く音以外物音1つしない。


 静謐さに満ちた不思議な空間。それが俺のダンジョンに対する第一印象だ。


 カツカツと俺が歩く音がダンジョン内に反響する。と、角の向こうから何か変な音が聞こえる。良くは分からないが何か硬い重量のある物が床に押し付けられているような音だ。その何かは音の感じからして歩いている気がする。


 銃を構えながら慎重に角の向こうを覗き込む。知識でしか知らないカッティング・パイという動きを真似する。これは細かく角度を付けて角をクリアしていくのが上から見ると切られたパイに見えるからだ。


 どうでも良いけど切られたパイだとカット・パイだよね。


 それはともかく、これを上手くやると接敵時、敵から見えているのが目から外の顔部分と銃だけになる。もっとも俺は初めてやってるから足もいくらか見えてるだろう。


 角の先にいたのは豚と人間を足して2で割ったようなモンスターだ。たしかピッグマン。通称は豚もどきとか豚で、俺も豚で覚えてる。一部で、特に教会から名前に人間を意味する『マン』が含まれていることへの反発があるとかいう奴だ。


 一匹だけ、ボロい角材を持っている。こちらに左半身を向けて立っていて俺に気付いては……、いや気付かれた。こちらに首を曲げて俺を視認すると体全体で向き直って怪気炎を上げた。ぶもぉぉぉ!という雄叫びは実に想像通りの豚っぽい。


 豚が怪気炎を上げ切らない内に俺は撃った。セレクターを単発にして5発、全て胴体に当たった。


 豚は怪気炎が同時に断末魔の叫びになってしまった格好だ。ドシーンと倒れるとぴくりとも動かない。一応、死んだろう。


 一応、と付くのはモンスターの中には死んだふりをするやつがいるらしいからだ。


 ダンジョンでは下層に行くほどモンスターの強さも知能も上がる。だから上層では雑魚だったのが下層では手強くなるし待ち伏せや死んだふりもしてくるようになる。


 もっとも今俺がいるのは上層も上層、一階層目。そんな奴はいないだろう。とは言えそもそもモンスターの強さを知らないから警戒しながら近付いて、忍び無いとは思いながらも頭に1発撃ち込んだ。


 あんま関係無いことを言うがどうせ上層なら社会の上層が良かった。



×××××



 豚を倒した後、俺は耳が痛くて仕方なくなっていた。いや、倒した豚のせいとかダンジョンせいじゃない。銃声のせいだ。


 銃声というのは人間の耳が耐えられる音量を越えている。そんなものを音が反響する地下の密閉空間で撃ったらどうなるかという話である。

 

 当然、耳鳴りなんてもので済んでなかった。頭の中がガンガンと痛いくらいで周囲の音が全く聞こえない。


 とりあえず俺は一本道の通路の壁に背中を預けて耳鳴りが止むまで休むことにした。一本道という地形を選んだのは警戒するのが左右だけで済むからだ。


 今挿さっているマガジンを腰の雑納に入れてマガジンポーチから新しいマガジンを1つ取り出して装填した。既に薬室内に弾は入ってるからコッキングレバーを引く必要は無い。


 とりあえずだ。ただちにイヤーマフが欲しい。銃声から耳を保護する手段は大別して2つ。耳栓かイヤーマフがある。


 耳栓は文字通りのものだ。耳に詰めて音を低減する。ただあくまで低減するだけ。あんまり大きい銃声や、あるいは長時間銃声を聞き続けると耳鳴りはある程度発生してしまう。


 一方のイヤーマフ。これの外見はヘッドセットとほとんど同じだ。耳栓と違うのは一定以上の音がすると電子的にその音をカットするのだ。それから耳栓と違って周囲の小さい音も聞こえるのもメリットだ。


 という訳でスマホをポチポチ、死神商店からイヤーマフを購入する。……する、……できない!?


 いや、何か知らんけど購入不可と表示されているのだ。金はある。なのに買えない。ゲームみたいに購入制限があるわけでもない。死神から貰ったものだしバグ、なんてのも無いと思うが……。


 現状考えられる可能性は俺がダンジョン内にいるから、だろうか。俺がダンジョンに入る時、靄の中を通りある地点で突然ダンジョン内に来たように人はダンジョンに入る時おそらくワープしてる。


 つまりダンジョンは別世界とまでは行かないが別次元のような存在なのかもしれない。この世界のダンジョンそのものの仕組みについてはまだ解き明かされていない。ある意味で超常のものなのだ。


 しかし……。俺は今銃以外の武器を所持していない。ストックでぶん殴ることもできなくはないがそれは避けたい。


 なら俺が取るべき行動はただ1つ。可能な限り交戦を避けつつ直ちに帰還することだ。このダンジョンは一階層毎に帰還するか下層に行くか選択できる。階層の奥に階段があって上へ行けば帰還、下へ行けば下層だ。


 やがてなんとか耳鳴りが治ると再び歩きだした。できれば射撃はしたくないが対抗手段が他にないから相変わらず銃を構えて進む。


 今いるのは一階層目の入り口近く。最奥部まではまだまだ距離がある。不意の近距離遭遇を避けるために角こそ慎重にクリアしていくが見通しのきく通路は小走りで駆け抜ける。体が軽い。


 このアールマルダンジョンは長さの異なる直線通路と大小様々な四角い部屋もしくは広場で構成されている。


 下層に行くほど同じ直線でも複雑化するようだが一階層目は地図なんか無くても感覚だけでどんどん奥へ行ける。


 最初の層ということもあってかモンスターも少ない。いざとなれば全力疾走で逃げることもできた。一度だけ撃たなければならなかったがかなり奥まで来れた。最奥部まではあと少しだろうか。


 しかし一度だけ発砲しなければならなかったがやはり耳へのダメージが酷い。「あー、あー!」と叫んで耳が正常に戻ったか確認しなければだった。そこだけ切り取れば蓮実聖司に似てた。面白いよね、『悪の教典』。


 ともかくだ。速足で進む俺の耳に女の子の悲鳴が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る