第3話 初戦

 ダンジョン攻略をしたいという俺の願いを聞いて死神はしばしダンジョンまでの旅程を考えた。


 「良し、じゃあまずは近場の町まで行くか」


 直接ダンジョンへ行かないのは俺をこの世界に慣れさせるためだと言う。親切だ。


 俺達は森の中の道に出て死神に先導されて町へ向けて歩き始めた。季節は春か初夏辺りだろう。濃厚な緑の匂いが鼻腔を満たす。


 「そう言えばいつまで一緒にいてくれるんですか?」


 さっきマガジンに弾を込めている時に死神は俺にこの世界の説明を終えたら消えると言っていた。とは言え世界のことである。さすがに手取り足取り、一から十まで全て教えてもらおうというつもりはないが覚えなければならないことは多いはずだ。これがもし俺が赤ん坊からスタート、とかならそんな必要も無いのだが。


 「んー、次の町までかな」


 意外と早い……。いくらなんでもこの世界がそんな単純なはずはないと思うんだが。それともあれかな、最低限の知識だけ与えてその後は自分でって感じかな?


 どんな意図があるにせよ、聞きたいことは早めに聞いた方が良さそうだ。早速聞きたいことがあった。


 「こっちの世界にいるっている魔物ってどんな感じなんですか?」


 「えーとね、色々いるよ。ちっこい犬っころみたいな可愛いやつからマンモスレベルまで多種多様だよ」


 「はあ……」


 大雑把あ……。もうちょっと具体的な情報を教えてくれないかとチラと死神を見る。


 「まあ千差万別だからなあ。積極的に襲ってくる奴もいれば攻撃しない限り襲ってこないやつもいる。あ、ただダンジョンにいる奴自然にいる奴より一回り強いし人間見つけたら必ず襲ってくるよ」


 「そうなんですか……」


 「ああ、それからあれが自然にいるやつの強さの標準かな」


 なんて事ない様な口調でツイ、とアゴを前方にやって死神が示した先には猪によく似た獣が一匹。距離約100m。


 「は?」


 死神の話の内容からしてあいつは魔物なのだろう。あの猪と同じだけの強さが標準なのか、それともあれが魔物で、あいつの強さが標準なのか掴みかけていると猪っぽいやつが唸りを上げた。


 絶対猪じゃないような野太く腹に響く唸り声。そして、信じがたいことに額から角が生えてきた。なるほど、魔物の強さの平均ということらしい。


 魔物だと脳が理解した瞬間、驚きのあまり全身が一気に脈打った。魔物は攻撃態勢を取りつつある。


 急いで雑納からマガジンを取り出す。差し込む側を確認している間に耳をつん裂くような叫び声を上げると魔物は突進してきた。


 右手でstg44を保持し、左手でマガジンを装填しようと急ぐ。しかし焦るせいでガチガチとマガジン差し込み口(マガジンハウジング)に当たるだけで一向に入らない。それでも何とかガチン、と音を立てて入った。


 「避けろ!」


 死神が鋭い声で警告した。はっと意識を前方、魔物の方へ戻すと何と直ぐそこまで砂埃を巻き上げながら来ていた。


 「うわっ!?」


 反射的に横に飛び突進を回避した。恐るべきことに態勢を立て直した時には100m向こうの木にドスンと恐るべき音を立ててぶつかっていた。なぜたかが猪ほどの大きさで木が見て分かるほど揺れているのだろうか。額から生えた角が軽々と成人男性ほどの太さの木を貫通している。見た目にも凶悪なあの角は食らえば普通に死ぬだろう。


 しかし木に突き刺さっているなら身動きが取れないはずだ。アサルトライフルであるstg44にとっては余裕の距離。本体左側面にあるセレクターを操作して安全装置を解除した。


 と、猪っぽい奴が角を一旦しまった。いや、しまったと言う表現が適切かは分からないがともかく遭遇した時のように角が生えていない状態に戻った。


 そしてまたこちらを見据えると唸り声と共に再度突進してきた。だが今度は照準にしっかり魔物を捉えている。躊躇せずトリガーを引いた。


 カチリと弾薬の雷管を叩くためにハンマーが落ちる音がした。そして何も起きない。

 

 「え?え?」


 ガチガチとトリガーを引いても弾が発射されない。ただカチリとハンマーの落ちる音がするだけだ。


 そんな、故障?何度トリガーを引いても発射されない銃。嫌な冷たい汗が背中を流れた。


 いや、違う。必須の動作を1つ忘れていた。右側面、マガジンの上の槓桿こうかん(ボルト)を引いた。これで初弾が薬室(チェンバー)内に送り込まれ、射撃できるようになった。


 魔物との距離はもう10mもない。しっかりと狙いを定めるには近過ぎし、精密に狙わなくても大雑把で当たる。横に飛び退きながらストックを肩付けし、構えて照準を使うことはなく、おおよその方向に銃身を向けてトリガーを引いた。


 耳をろうする射撃音の連続に肩に伝わる銃の反動。


 着弾の瞬間は良く見えなかったが魔物は野太い唸り声とは違う悲痛の叫びを上げると足をもつれさせて転がり、完全に止まった。地面を血が伝う。


 魔物のことは全く知らない。まだ生きていないか、死んだふりをしていないか確認のため気が引けるが蹴って反応があるか確かめた。


 うんともすんとも言わない。見てみれば右目が撃ち抜かれており、そこから入り込んだ弾が脳まで到達したのだろう。魔物がどうやったら死ぬのかなんて知らないから推測に過ぎないが。他にも胴体にも数発当たったようだが体毛に阻まれて目視は敵わない。もっとも、これっぽっちも見たいとは思わない。


 戦いが終わったと実感できて一気に緊張の糸が解けその場にへたりこんだ。安堵なのか緊張が解けたからなのか、よく分からないが情け無いため息が出た。


 「随分と危ない初戦だったな」


 話し掛けてくる死神は全く呑気そうだ。


 「……どうも」


 正直あまり返す力は残ってない。戦闘による疲れ、それから魔物とは言え命を奪ったわだかまりが胸に渦巻いていた。


 銃を使ったから殺した感覚というのはあまり無い。ただ撃っただけ。もちろん流れ出る血やぐったりと動かない死体を見れば殺したのだと事実は骨身に染みる。


 これが刃物なんかだったら直接刺した感触が手に伝わるんだろうか?相手は魔物だったとは言え命との折り合いの付け方が分からない。俺は蚊を叩き潰したことしかない。


 無意識に銃をリロードした。これがFPSの癖なのかこの世界に体が適応し始めているのかは判然としない。だが適応しているのだとしたらそれは早過ぎるような気がした。


 「いきなり死なれたら困るから助けたがもう助けないからな」


 そんな俺の心の内はどこ吹く風。そう簡単に死んでくれるなと死神は俺に注文つけた。


 「うん」


 「よし、じゃあ町目指すか」


 「そうですね」


 スリングで銃を右肩に担ぎ吊れ銃の状態にした俺達はまた道を歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る