我慢はほどほどに

MURASAKI

我慢したんだよ、俺も

 俺、三浦順平はずっといた。

 生まれてこの方ツッコミ属性だと自負していた。だから、今この場面でこのくだらないツッコミを言ってしまったら、彼女とのデートは終わるだろう。

 デートどころか、付き合いも終わってしまうかもしれない。


 関西の田舎で育った俺は、とりあえず誰かがボケたらツッコむという世界で生きてきた。しかし、東京の大学に入ることになって大学デビューを果たした俺は、自分で言うのも何だけど……まあまあイケていた。

 とはいえ性格をすぐに変えるのは難しい。ただ、女の子とまともに話したことの無かった俺が、異性と一緒にいる時だけはいつもの自分を上手く隠すことが出来たのは幸いとも言える。


 自分を変えたくて入ったお洒落なサークルで出来た初カノ、加奈の前で俺はめいいっぱい恰好をつけていた。


「ねー、じゅんぺーくん。これどう思う?」

「ええんとちゃう? あ、カナはこっちのフレームの方が似合うんちゃうかな」


 俺が手渡した、少し太めで赤のラインが入ったフレームのめがねを受け取ると、それを掛けて見せてくれる。

 かわいい。マジでかわいい。天使すぎる。


「似合う?」


 似合うに決まってる。けど、俺のさっきのセリフへのツッコミがまだだ。やはりこのままスルーするというのか。またダジャレが脳裏をかすめる。

 ツッコミをこらえながら彼女の可愛さをほめたたえる。


「ええんちゃう? めちゃ似合におてるわ~!」


 加奈はとても満足そうににんまり笑うと、今度はじゅんぺーくんの眼鏡を探そう!と、俺の手を握ってメンズコーナーへと連れて行った。

 柔らかくて小さな加奈の手が俺の手を握っている。俺からじゃなくて彼女から先にボディタッチしてくれるなんて、恋愛初心者の俺には刺激が強すぎるって言うか、ニヤける口元を誤魔化すのが大変だ。


「ほらほら、これとかカッコイイと思う!」


 細いインテリ眼鏡をむりやり押し付けられ、東京に出てくる前の俺が脳裏にちらついた。あの頃の俺はでっかい四角の黒ぶち便底眼鏡で、髪型もマッシュルームと言えば聞こえはいいが、近所の床屋で坊ちゃん刈りだった。

 時給890円の皿洗いで何とか貯めた貯金を使い、上京してすぐ雑誌で見たカリスマ美容師にイケてる髪型にしてもらい(正直、初美容院にはキョドった)、眼鏡も卒業してコンタクトに変えて、今の俺がいる。だから、眼鏡をかけることには少々抵抗がある。

 恐る恐る眼鏡をかけてみる。まあ、自己評価は悪くはない。


「どお?」

 

 いくら自己評価が高くても、彼女の感想ともなると恐ろしくて少しだけ声が上ずった。

 俺の顔を180度舐め回すように見た加奈は、満面の笑みを浮かべてサムズアップした。


「いいっ! 私、眼鏡男子が大好きで、うーん……なんていうんだっけ。夢中だっけ? まあいいや、次! 次、これかけてっ」


 急にきゃぴきゃぴしながら彼女は俺の眼鏡ファッションショーを始めた。

 俺は、俺は我慢できなくなってしまった。もう、ここはこのセリフを使わなければいけないシチュエーションなのに、目の前の彼女は俺の眼鏡に夢中になっている。

 違う、夢中ちゃうねん!


「そこは、眼鏡に目がねぇって言うてくれ!」




 END

――――――――――――



 後日談

 ちゃんと彼女は笑ってくれて、それからはツッコミ解禁したっちゅー話や。

 お幸せに!

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