第16話 ベルギー・ゾルダーにて
9月半ば、E-GP3はベルギー・ゾルダーで開催された。1982年、F1の英雄ジル・ヴィルヌーヴが追突されて亡くなったコースである。その後、安全対策で高速コーナーの7コーナーにはシケインコーナーが設置され、複雑なラインとなっている。
エイミーはE-GP3に参戦するので、今回タレントカップレースには参加しない。私がチームを引っ張る存在となっている。
木曜日の夕方、サーキットに着くと、テントにジム・フランクがやってきた。会うのは久しぶりだ。
「 How are you , Momoka ? I was worried because you said you fell down in a race . I'm glad to meet you . 」
(ももか、元気だったか? レースで転んだというから心配していたんだ。会えてうれしい!)
と言って、ハグしてきた。突然のハグに驚いたが、すぐに両手で引き離し、
「 Sorry . Japanese people are not used to hugging . 」
(ごめんね。日本人はハグに慣れていないので)
と謝ると、
「 That's right . There's no deep meaning . 」
(そうだったね。深い意味はないから)
と笑っている。それでも、ジムに会えたのはうれしかった。今の私にとっての目標は彼だからだ。その日はエイミーとジムといっしょに食べた。ベルギー名物のムール貝の白ワイン蒸しとグラタンがおいしかった。スパでも食べたが、今回は酔っぱらわずに済んだ。
金曜日、フリー走行。タレントカップレースのメンバー全員にとっては初コースだ。皆、様子見で走る。8コーナーの右コーナーがきつい。リバースとまではいかないが、270度ほどの低速コーナーだ。それとシケイン後の最終コーナー。左・右と続く大きなシケインという感じだ。この最終コーナーのラインどりがとても重要ということがわかる。有名なレーサー、ジャッキーイクスの名前がついている。
土曜日、午前の予選。私は後半勝負と思い、前半はおさえて走った。他のライダーたちのタイムは昨日の私のタイムより0.1秒速いだけだ。どこでタイムを詰めるかを考えていたら、ジム・フランクが近寄ってきて、
「 You had better changing the line at the last corner . 」
(最終コーナーのラインを変えてみたら)
と言うのである。多くのライダーは左コーナーをアウトから入って左に寄り、次の右コーナーをアウトから入り、立ち上がってフィニッシュラインにまっすぐ行く。それをインからはいり、またインに入れと言うのである。要は安全ラインより最短ラインをとれということだ。フリー走行の時にやってはいたが、アクセルワークと体の入れ替えが難しかった。
「 Momoka can do it . Just replace your butt like this right away . 」
(ももかならできるよ。お尻をこういう風にすぐ入れ替えればいいんだから)
とお尻を左右に振った。その仕草がおかしかったが、ジムが私の尻を見ていたということを知り、ちょっと恥ずかしくなった。
残り5分。3周のラストアタックにでる。1周目に最短ラインをとる。スピードを出していなければ難しいラインではない。2周目にアタック。ラインはとれたが、立ち上がりのアクセルのタイミングが遅れた。少しアクセルを戻し過ぎた。そしてラストアタック。最短ラインと体重移動そしてアクセルワーク。うまくいった。
結果、ポールポジションをとることができた。久しぶりのいい走りができて満足だったが、大事なのは夕方の決勝だ。気を引き締めていかねばならないと思った。ピットにもどると、ジム・フランクがヘルメットをかぶったままやってきて、私にハグしてきた。意味のないハグというのはわかっている。
「 Good job , Momoka . Win in the final too . And let's run the next race together . 」
(やったな、ももか。決勝でも勝てよ。そして次のレースいっしょに走ろうぜ)
と言い残して、自分の予選にでていった。
決勝。スタートがうまくいって、第1コーナーのホールショットもとれた。こんなにうまくいくスタートはなかなかない。前半の右高速ストレートでスピードがのる。続くシケインもラインどおりにいける。問題の7コーナーも右・左・右・右という変則のシケインだが、1列になって抜ける。違うのは最終ジャッキーイクスコーナーでのラインどりだ。私は最短ラインをとるが、他のライダーはふくらんだラインをとっている。ここで差をつけることができた。ポールトゥウィンを決めたのはアッセン以来2度目だが、一度もトップを譲らなかったのは初めてだ。
表彰を終えて、一番先に向かったのはGrokkenチームのピットである。そこにいたジム・フランクにとびつく。
「 Thank you Jim . Today's victory is all thanks to you . But , this hug has no meaning . 」
(ありがとうジム。今日の優勝はあなたのおかげです。でも、このハグは意味はないからね)
と言うと、ジムは笑っていた。自分からハグをしたのは生まれて初めてのこと。自分の心の中で、意味のないハグではないと思い始めていたのは事実である。
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