レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦
飛鳥 竜二
第1話 桃佳スカウトされる 18才
私の名は伊藤桃佳。18才の女性ライダーである。高校1年の時からバイクに乗り始め、2年の時から知り合いのバイクチームに参加し、MOTEGIの地方レースに参戦している。マシンはH社の250ccに乗っている。
たまにバイク雑誌に紹介されることがあるが、そのタイトルは決まって「かわいすぎる女性ライダー」で始まる。かわいいと言われるのは悪い気はしないが、たまには走りで注目してほしいと思っている。
参戦2年目の今年は成績も残すことができている。初戦は3位、第2戦は2位、そして今回の第3戦は優勝することができた。ランキングは2位に位置している。最終戦でランキングトップの藤田に勝つことができれば、年間チャンピオンになることができる。そうすれば、地方戦から全日本戦にステップアップできるとチーム監督から言われている。そこで実績を残せば、J-GP3にチャレンジし、その次は世界戦のMoto3に挑戦できる。ただ、スポンサーがつけばだが・・・。
10月末、第4戦が開催された。予選は2位。上々のポジションだ。チャンピオン争いの藤田は3位に位置している。
午後に決勝スタート。8周のスプリントレースだ。スタートはうまくいった。2位でオープニングラップを終える。ここからが勝負だ。
勝負の第5コーナー。藤田がアウトに並ぶ。ブレーキング勝負だ。遅くブレーキをかけた分、立ち上がりで膨らんでしまった。インから藤田が抜いていく。でもS字でぴったりつくことができた。Vの字コーナーやヘアピンで藤田の走りを観察する。堅実なコーナリングだ。しかし、90度コーナーでスキを見つけた。アウトインアウトのラインが少し甘いのだ。インに飛び込めば並ぶことができると感じた。
6周目、90度コーナーでインに飛び込んだ。藤田は驚いたようで、いつもより倒し込みが少ない。それで2位にあがることができた。あと2周。
ところが、第2コーナーを過ぎたところでレッドクロスの旗が振られている。
(雨?)
と思ったとたん、ヘルメットのシールドに雨粒がつき始めた。
(コーナーで滑るかも)
と思った瞬間、第3コーナーでスリップダウンしてしまった。右のグラベルにマシンが滑っていく。まるでスローモーションのように景色が流れていく。自分もスライディングのように滑ったが、ケガはない。マシンをすぐに起こす。だが、エンジンは止まっている。コースオフィシャルがマシンをコース脇に運ぶ。素早い動きだ。レスキューの女性が声をかけてくれる。
「大丈夫ですか?」
「はい、体は痛くありません」
「残念でしたね。チャンピオンを争っていたのに」
その言葉にへなへなとなってしまった。でも、気を取り直して、マシンの再スタートを試みる。キルスイッチを元に戻して、オイルもれがないことをチェックしてスターターをプッシュする。すると何とかエンジンは再始動した。オフィシャルにあいさつをして、グラベルの外側からコースに復帰する。すぐにはレーシングスピードにはもどせない。異音があればまた止めなければならない。でも異常を感じなかったので、第5コーナーからはレーシングスピードに戻した。
結果は10位だった。チャンピオンシップも3位に落ちた。
その夜、チームの反省会で監督が
「桃佳、惜しかったな」
と話しかけてきた。
「残念です。レッドクロスを確認したところで、もう少しアクセルをもどせばよかった」
「仕方ないさ。2位争いを藤田とやっていたんだから、そうそうゆるめるわけにはいかない。まぁ、これも経験さ」
「でも、これで全日本にあがるチャンスを逃してしまいました」
「そう、しょげるな。全日本だけがレースじゃない。それに、いいニュースがあるぞ」
「いいニュース?」
私は怪訝な顔で監督の顔を見た。監督はニヤニヤしている。
「実は、ジュン川口が桃佳に会いたいってよ」
「ジュン川口って、MotoGPチャンピオンのジュン?」
「そうだよ。去年、交通事故にあって引退してしまったけどな」
ジュン川口は5年前のMotoGP日本グランプリで優勝して世界チャンピオンになった。だが、翌年は義兄のハインツがチャンピオンになりジュンはランキング2位。3年目はH社のチームメートであるスペンサーJr.に抜かれ、ランキング3位。4年目はスペンサーJr.がチャンピオンでハインツ・ジュンのランキングとなっていた。一度チャンピオンになったもののその後は、なかなか勝てない状況だった。地元の日本GPだけはがんばって優勝していたが・・・。そして昨年、交通事故でクルマにぶつかられ、右目を負傷してしまった。リハビリをしたが、レースをする視力は得られず引退をしなければならなくなった。
「会うのはいつですか?」
「なるべく早く会いたいって言っていた。来週にはヨーロッパに戻るんだって」
「会いたいです。ぜひ、会わせてください」
「わかったよ。代理人の人に連絡してみるよ」
翌日、ジュン川口から連絡が来て、宿泊先のMOTEGIのホテルに向かった。
ホテルのロビーでジュン川口と会う。代理人の方もいっしょである。桃佳の横にはチーム監督の原田が同席している。
ジュン川口が最初に挨拶をしてきた。
「はじめまして。伊藤桃佳さん。なんと呼んだらいいのかな?」
「桃佳と呼んでください。仲間は桃ちゃんと呼ぶ人もいますけど」
「さすがに桃ちゃんとは言えないな。では桃佳さん、昨日の走りよかったですね」
「でも、こけてしまいました」
「雨が降ってきたからね。運が悪かったね。でも、あの90度の突っ込み、なかなか良かったよ」
「見てくれていたんですか?」
「モニターで見ていただけどね」
「数周走って、藤田さんのスキを見つけたんです。思い切って突っ込みました」
「その判断ができるのはすばらしい。そこで、桃佳さんにひとつ提案があるのですが」
「何でしょうか?」
「1月からアカデミーを作ります。それに参加しませんか、という誘いです」
「アカデミーというと?」
「義兄のハインツが来年Grokkenチームを作ります。マシンは古巣のKT社です。そこでGrokkenジュニアチームを作り、Moto3に挑戦させるという計画があります。まぁ、1年は修行でヨーロッパのレースに参加させ、1年後に2人だけMoto3にあげるという計画です」
「それをジュンさんが主宰なさるのですか?」
「ハインツにお前がしろ。と言われています。もうレースはできないからね。後進の育成というやつですよ。どうですか、やってみませんか?」
「興味はあります。でも、私だけじゃないですよね」
「はい、全部で10人集める予定です。全世界から有望な若手を集めています」
「でも、1月からですよね・・・」
と私が言うと、チーム監督の原田が
「桃佳はまだ高校生です。親御さんから学業の妨げにならないようにと言われています。今日も学校が終わってから、ここに来た次第です」
と私が言いたいことを代弁してくれた。
「レースが始まる3月からでもいいですよ」
とジュンさんが言うので、私は即座に
「お願いします。夢はMotoGPです。それにつながるならぜひやりたいです」
「2ケ月の遅れをとりもどす覚悟はありますか?」
「はい、死ぬ気でがんばります」
「そこまではいらないけれど、座学はオンラインでもできるからね。では、今後はメールでやり取りをしましょう」
ということで、書類にサインをした。アカデミーの費用は無料だが、行きの飛行機代は自己負担である。私は親に借金を申し込まなければならないと思っていた。と、その時、
「あれ、桃ちゃんじゃないか。ジュンくんもいるし、どういう組み合わせだ?」
と聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。ジュンさんは、即座に立って挨拶をしている。振り返ると、そこには母方の祖父がいた。
「あっ、おじいちゃん。どうしてここに?」
「うん、今度の全日本の中継の打ち合わせ。解説を頼まれているんでな」
そこにジュンさんが口をあんぐりさせて、
「眞二さんが桃佳さんのおじいちゃん?」
「そうだよ。娘の娘。つまり外孫。たまに会う程度だけどね。レースの才能はあるよ」
「でしょうね。レジェンドの孫ですから・・・」
「それで、なんで桃ちゃんとジュンくんがいっしょにいるの?」
「今度、ジュンさんが主宰するGrokkenチームのアカデミーに入ることになったんです」
「ああー、ハインツのジュニアチームね。あれ、ジュンくんがやることになったの?」
「はい、ハインツにやれ、と言われました」
「そりゃ、断れないな。でもジュンくんなら適任だ。Moto3も経験しているからな。オレの孫よろしくな」
「はい、わかりました。でも特別扱いはしません」
「あたり前だ。でも、特別に厳しくやってもいいぞ」
「おじいちゃんたら・・・」
と私が言うと、皆笑っていた。
ジュンさんと祖父は昔からの顔なじみで、いっしょのチームで鈴鹿8耐を走り、優勝したこともある。私が小学生のころである。ジュンさんが日本グランプリで優勝した時は13才の中学生だった。この二人にあこがれて、バイクに乗るようになった。祖父とは母に連れられて宮城の実家に行ったり、レース場でたまに会って挨拶する程度で、特に援助を受けているわけではない。チーム監督の原田も知らなかったぐらいで、先ほどから口をあんぐりさせて、声を発することができなかった。ただ、後で匿名でチームスポンサーをしている人がおり、それが佐藤眞二だということがわかった。影ながら私を応援してくれていたのである。
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