第51話 紅月夜

 呼吸を乱す事も無く死人を次々に倒していけば、やがて千弦が教えの通り、死人たちの動きに変化が見えてきた所である。


 邪神は操るべく死人が増えれば力も分散する為、それなりに弱体化するらしいが、一定数まで減れば逆に強化される様だ。今、死人は察知が早く、動きには力と速度が大幅に増し始めていたのである。


「これより全力で参るぞ。疲労を感じたら迷わず紅月夜べにつきよを」

「承知!」


 紅月夜とは徳蔵が大集落の山師である玄太が案内の元、遠くの雪山より採取してきた希少な植物の担根体に数種類の薬草を加えて作った秘薬中の秘薬で、服用すれば瞬く間に疲労が消え去り、力が漲る優れた丸薬である。


 ただし、この紅月夜だが、幾つか注意しなければならない点もあった。疲労が浅いにも拘らず飲めば、強すぎる作用によって真っ直ぐ歩く事さえ難しくなってしまうのと、飲んだ直後は強烈な反応により十を数える間は身体が硬直し、無防備となってしまう事である。故に飲みどきを誤れば大きな負とも成り兼ねないのだ。


「今回は三粒だ、皆覚悟した方が良いぞ」

「佐一よ、先の事は先で考えるさ」

「あぁ、違いねえ、おっと危ねえ、随分動きが早くなりやがったぞ」


 守り人達が気にしているのは副作用の方である。効能が切れた時点で、全身がどうにもならない程の激痛に襲われるのだ。たったの一粒でも酷い副作用に襲われると言うのに、今回は三粒も用意されているのだ。想像するに三倍の激痛に襲われるという事になるのだ。


 守り人達は順に下がり、先ずは一粒目を服用したのであった。十を数える間薙刀の柄に身体を預け武者震いをすれば、凄まじい勢いで地を蹴り戦いへと戻るのである。


 一方で、兵長の高岡甚五郎と、援軍の指揮官である沢田三郎太は守り人達の戦い様を少しは安全な所から眺めていた。


 あり得ないほど機敏な死人たちの動きをさらに上回る一行の体術に二人は言葉を失うばかりである。


「あれ程に……」

「あぁ」


 死人たちの動きを予測することは不可能に思えるのだが、一行の動きには一切の無駄がなく確実に仕留めているのである。特に抜きんでた三人の動きは目にも追いつかず、残像のように所々目に止まるだけだが、唯一それさえも大きく上回る動きを見せる者が一人居た。その者は最初に甚五郎に声を掛けてきた男で、小平太と呼ばれていた者である。


「何たる動き……」

「あぁ、とてもでは無いが普通ではない。しかも既に三時も戦いながら、あの動き……常識では考えられん」


 人体を切れば骨にも当るし、動く者を切ろうとすれば無理が生じ、刀身に負担も掛かる。しかし守り人達の薙刀は研いだばかりとしか言いようのない切れ味を見せているのであった。


 それは甚五郎たちは知る由も無いが、大沢の忍びは数少ない武器で最後まで戦い抜く為の鍛錬を、幼い頃より繰り返していた事で、何十体切ろうが刃には一切影響を及ぼさない技を身につけていたからに他ならない。


「しかし、守り人の方々これより先どうやって……まさか不眠不休で?」

「死人には疲労も眠気もあるまいからな……」

「しかし、今宵は闇夜にございますぞ……いくら何でも分が悪すぎるのでは……」

「さてな……」


 徳蔵の丸薬の効果もあってすずに疲れは無いが、流石に飽きてきたのは仕方も無い。床几に腰かけ闇となりかけた中で忙しなく働く兵たちの姿を見ていた。


「飽きてしまったか?」

「だ! 徳蔵さんだで」

「握り飯と水を持ってきたぞ。千弦様には頼まれていた刀もな」


 そう言いながら五人分の握り飯と竹筒の水をすずに渡せば、荷箱より持ってきた刀を道忠へと渡すのである。この刀は、戦いの最後に宿主の首を落す為に使うものであった。腰に差しておくのも邪魔だから、後で届ける様に徳蔵に頼んでおいたものである。


「佐助にかすみも一先ず腹ごしらえをしておくが良い、代わりに儂が見張る」

「承知」


 この二人は紅月夜を服用した経験がない、ならば実戦において飲ませるのは危険が伴う事となる。千弦達と同様の丸薬を二人に渡せば、己は見張りを始めていた。


 間もなく完全な闇夜となろう、遠くで戦う小平太達の姿を見ていれば、やがてこちらに向かい歩く二人の姿を見つけていた。


「兵長殿か」

「守り人様たちの戦い様を拝見させて頂きました、闇夜ゆえ、戻って参りましたが、皆様はあのまま戦い続けるおつもりで?」

「当然そうなる、一時休戦という訳にもいくまい」

「もしや……方々はこの闇の中でも目が見えるのでしょうか?」

「無論だ、五感の全てを使い目とする」

「……なんと……」


 小平太達の夜目は尋常ではない、それは普段より常飲している薬湯が相当に効いているのだが、幼少の頃より暗闇の中で鍛えた五感も手伝っている。


 僅かな匂いや物音、空気の流れなどそれら全てに注意を払い視力を補うのである。


 間もなくして、佐助とかすみが戻れば、同じくして千弦が剣を振るい終え道忠と交代したところであった。


「徳蔵殿、かたじけない」

「儂に出来ることはこれ位の事で、ところで千弦様、守り人に欠けたる一名はとうとう現れませんだな」

「うーむ、古文書の記したる事に間違いは無かったのだが……なんとしたものか……現れぬという事は必要としないからであろうか……」


 荷箱には最後の一名が現れた時の為に皆と同様の薙刀と刀が残ったままであったのだ。

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