第49話 前線へ
船場に着ければ、積み荷を降ろし荷箱へと棒を通した。荷車を置いて来たのは泥濘では使い物にならないからである、棒を通した荷箱は二人で運べば難も無く移動が可能となるのだ。
「さて参るかな」
「千弦様、兵が一人参ります」
「うむ、現場は大惨事。引き返すよう伝えに来たのだろう」
程なくして、一行の目の前まで来ると息を切らしつつ、両手を広げて一行をその場に止めたのである。
「失礼ながら、
その表情は血相を変え一大事を訴えていた。
「いかにも」
「一刻も早くお戻りを! この地は今、死人が生き返り人を襲い地獄のような有様にございます!」
「なら退治せねばなるまい」
「戯れには御座いませぬ! 一刻も早くこの地をお離れ下され!」
兵の慌てぶりに対して一行は皆、平然としていた。故に余計に慌てその進路を塞いだのである。
「お、お戻りを! 誠の話にございます!」
「心配無用、我々は武器を持参してまいった、死人は我々が退治致そう」
「な、なんと?」
ポカンと口を開いたまま一行を眺めれば、少しは理解が出来たのだろう。腰には刀が差してあり、仁平が指し示す荷物には凡そ人数分と思われる薙刀があったのだ。
「……皆様方が死人を退治してくださると?」
「うむ、そう申した」
「……、……恐ろしい程に素早く御座いますが……」
「我らは、さらに素早い」
「……、……力も強いと聞き及んでおりますが……」
「我らは、さらに力強くある」
瞬きを繰り返していたが、間もなく行く手から一歩引き一行の道を開けたのである。
「……大変なるご無礼……お許しください……」
「良い良い、それより兵所まで案内を頼む」
一行は案内の元で北の門から入れば、問題となる南門へと向かった。
「首も心の臓も効かぬなら、頭部だ! 頭部を狙え!」
頭部を射ってもまるで効果も無い事に弓兵は唖然としていた。
「頭部も駄目です!」
「……奴らの弱点は一体何処だというのだ……」
「首を落すに限る」
「……首を落せだと?」
あれ程素早く動く妖の首など落とせる訳もない、呆れた物言いに振り返れば、甚五郎は我が目を疑った。紛れもなく鏡の社の一行がそこに居たのである。
「……何故此処に……」
「申し上げます! 鏡の方々が妖を退治して下さるとの事に!」
「何?」
見れば神職と思わしき人物が二名、小さき娘は巫女なのだろうか、一人だけ違う衣装を身につけている、そして残りの者は全員が同じ衣装で腰に刀を差していた。
「我ら、鏡の宮司とその守り人一行。そなたが此処の責任者かな?」
「い、如何にも……兵長の高岡甚五郎にございます……し、しかし失礼ながら……あれらをどのように退治すると仰せで……」
頭を射られても平然と動き回る妖を甚五郎が指させば、守り人達は感心した様子でそれを見ていた。
「だっ! 頭に矢が刺さってるだで……死人だで死なねえだか……あれ? 死んでるだで……なんて言うだかな……」
「どのように退治するかは守り人達を見ていれば解る、それよりも死人たちが少ない門まで案内頂こう、外の兵には時間がないからな」
「はっ!」
流石に此処の門を開ければ死人が流れ込み惨事となる。故に死人のいない門から静かに出る必要があった。
「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか……」
「なんなりと」
「はっ! 皆様方は死人を見ても驚く様子もございませぬし、倒し方まで存じておられます、もしやこのような事態が他でもございましたのでしょうか?」
甚五郎の疑問は当然の事である。
「いや、初めての事。死人の存在や倒し方は、わが社に伝わる古文書に記されておってな、簡単に言えば予言の様なものだ」
「予言……」
「うむ」
「……では、皆様が今日此処に来た理由は……もしや……」
「うむ、古文書の指示通りに参った次第」
「……なんと……」
「幕府には、予言という訳にもいかぬから、視察として申し出たのだよ」
「……これは驚いた……」
驚き、天を仰いでいる間に、守り人達は薙刀を手にすれば、間もなく気を取り直した甚五郎の案内の元、最寄りの門へと向かったのである。
「ところで援軍の要請はなさったかな?」
「はっ! 皆様が、此処に来られる少し前に」
「ならば、至急知らせを伝え頂きたい、死人は目と鼻は利かぬが音は感知できる、援軍の足音を聞けば一気に襲ってくるだろう、故に足音や物音には細心の注意を願いたい」
「承知致しました。左之助、急ぎ伝令を頼む」
「はっ!」
静かに門が開けられれば、小平太を先頭に守り人達が音も無く走り南門を目指した。先ずは兵の救助が優先となる。
「生き残った者には、静かに此処の門へ下がる様伝えて下さるか」
「はっ!」
「して、死人との戦いは全て我々に任せ、皆は死人の回収と埋葬に尽力頂きたい」
「はっ!」
間もなく南門まで来た守り人達は静かに散ると、苦戦を強いられている兵たちの元へ行き、静かに死人の首を落していったのである。
「……いとも簡単に……」
「凄いな……目で追えねえぞ……」
「あぁ……恐ろしい程の達人揃いだな……」
音も気配も無く近づくものだから、死人は小平太達の存在を知る前に首を落されるのだ、まるで水が流れるような美しく素早い動きに南門の内外で見ていた者は絶句するばかりである。
「……あの人たちって神職……なんだよな……」
「……あぁ……鏡の社の守り人と言うらしい」
「守り人か……つまり……社を守る兵という事か?」
「そうなるな……」
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