第14話 視察の一行
手筈通り藤十郎が指揮の元、二十人の視察一行が鈴川の屋敷を訪れれば、その場には緊張が走った。それはすでに周囲に潜んでいる忍び達にも感じたはずである。
「視察とは一体どのような……」
「当時どのような状況であったのか、また襲われた山村の様子も詳しく見てゆきたい」
「しかし、今日が今日とは……我々にも都合がございます故……困りましたな」
「その都合とやらは、御屋形様の御意より事重きと申されるか?」
「いや! 滅相も無い! しばし猶予を頂けないかと……せめて二日……いや一日」
家臣は完全に狼狽えた様相である。藤十郎は話にならないと言わんばかりの態度を見せれば鈴川本人を見やった。
「では、鈴川殿本人に伺いたい、その都合とやらで御屋形様に背くおつもりか?」
「まさか! 御屋形様に背くなど有る訳もない、存分に視察をされるが良い」
「承知した、ではいくつか話を聞き、後に現地へと参りたいが、よろしいかな」
「結構」
先ずは山賊が現れた時の経緯を聞けば、鈴川に指名された者が一歩前へ出てその場に説明を始めた。
「聞き取りをしたところ」
男はほぼ正確に当時の様子を語れば、視察の書記官役がその全てを書き留めていた。
「で、何者かが弓だけで山賊たちを追い払ったと」
「その通りに」
「一体何者であろうな」
「これは噂なれど、主を失った他国の武人たちのようにございます」
「なるほど、して、山賊だが間もなく、馬は使わずに其々の足で敗走したと」
「その様に聞き及んでおります」
「なるほどな」
続いて大きな紙を広げれば、今度はそこに正確に周辺図を書かせ、いよいよ鈴川を揺すり始めたのであった。
「さて、山賊どもの根城はどの辺りと考えておろうか」
そこに居る全員を見渡せば、六割の者に動揺が見られた。鈴川に至っては厳しい表情を見せていた。まさか根城の所在を問われるとは思わなかったのだろう。
「さ、さて……この界隈に居れば見つかる可能性がある、ならば此処より遠くに潜伏しているかと」
「なるほど、一理ある」
「既に懲りて、他国へと去ったのでは?」
「ほう、弓手の腕に恐れをなしたか、所詮は山賊だな」
「その通りに」
屋敷の者達に安堵の色が見えれば、藤十郎の口元が緩んだ。
「しかし、先ほどの話では山賊共、馬は使って無いとの事、ならばこの界隈に根城が存在する可能性が高い。しかも先ほど申された通りの大雨、遠くへは行くはずもない」
「う、馬は途中においてきた可能性も……」
「その様な面倒を何故?」
「さ、さあ……」
屋敷には再び緊張が走った。
異様な空気の中で藤十郎は周辺図を眺めていた。大取の周辺にある道を、指先に辿りつつ進めれば、やがて根城の近くへと辿り着いた。間もなくその周辺を指先で叩いて見せれば、鈴川の屋敷内の空気は更に重くなった。
「距離的にも
加藤宗忠は藤十郎の幼馴染で見るからに豪胆な男である。指し示した箇所を見れば深く考えている振りをしながら頷いていた。
「某が山賊の将として、この大取村を今一度襲うのならば、間違いなくこの辺りに潜む」
「さ、山賊が今一度襲う理由が大取にあると?」
「さてな、何かしら理由があるから大取を狙ったはず、ならば今は静かに機会を伺っていると我らは考えるが、方々は如何かな?」
「た、確かに……」
「佐々木殿、大取の視察の後、時間が有ったら立ち寄ってみては如何か?」
「うむ、それが良い。山賊達と一戦交える可能性もある、皆良いな」
「おぉ!」
此処まで揺さぶれば間違いなく根城へと使者を送り、撤退するように伝えるはずである。藤十郎たちが現地へと視察に発てば、小平太の読み通り黒幕へも使者を送る事となろう。
周辺図を仕舞う中、鈴川に耳打ちをされた者が、速やかにその場を離れたのは根城への伝令に違いない。
「では、聞き込みはこれ位にして、現地へ案内頂きたい」
数名の者が案内として一行と共に屋敷を発てば、此処からは小笠原の忍びに任せるだけである。
馬で進み、間もなく根城へ行く道の出合まで来れば、そこに真新しい馬の足跡を見ていた。間違いなく使者が来たという事になる。
「ん? 馬の足跡、未だ新しいが」
「本当だな」
案内役たちは皆ぎょっとして、その足跡を見ていたが、やがて気を利かせた一人が言い訳を始めたのである。
「恐らく賊が潜んでいるか確かめに行ったものかと、先ほど馬で発った者を見ましたので」
「なるほど、斥候に行ってくれたか」
「現地を確かめ報告に参るかと」
「左様か」
その後、大取まで行けば形ばかりの視察を終えた後に、要所ごとに設けられた関について尋ねていた。
「これらの関は小笠原として報告を受けておらぬ故、直ちに撤去願いたい、無論、御屋形様の御意思にて悪しからず」
「……しかし、我が殿の了承なしには……」
「ほう、これは面白い。御屋形様より鈴川殿の意思が大事とな?」
「いや! 滅相も無い、直ちに」
この後、小平太と待ち合わせをするのだから、関があっては不都合だった、それらを直ちに撤去させ人員を帰す様に促したのである。
「斥候は未だ来ぬのか?」
「念入りに調べているのかと」
「なるほどな。では、我々はこのまま岡本殿の屋敷に立ち寄り、山賊に関わる情報が無いか聞き、そのまま帰らせて貰う故、明日また参る、斥候が何か見た場合そちらの判断で動かずに、我々の到着を待つ様に」
「はっ」
頃合いを見て宿所を発てば、道の出合には関が設けられ周囲を警戒していた。その様子からも二度目の決行は間違いなく近い。
森を走り根城近くまで来れば、鈴川の配下が集落を囲むように警戒に当っていた。小平太は切り株に腰を掛け、使者が来るのを待っていた。
やがて馬が急ぎやって来れば、使者が大声で此処を急ぎ離れるよう伝えたのであった、視察の一行が来る可能性があるのだから事は急を要する。
鈴川の配下が足跡を消しつつ森へと消えてゆけば、屋根上へと跳び煙出しから中の様子を伺った。
「何事だ!」
「急ぎ此処から離れよ、小笠原より山賊対策の視察一行が来る、足跡が残らぬ様森を行くのだ」
「露見した訳ではあるまいな」
「今は未だ、よって急ぎ此処を」
「承知した」
使者が離れるのを待って下へと降りると、賊たちは混乱の最中である。誰の目に触れる事無く大将の背後に立てば、気絶させその身体を抱えると、森を走り約束の辻を目指した。間もなく藤十郎たちの姿が見えた所である。
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