第11話 山賊の狙い
この男が山賊では無いと解れば、話を聞くまでである。男の背後に忍ぶと、その首元へ短刀を突き付けた。
「山賊にしておくには惜しい程に良い腕だな、お前さん武人だろ」
「まさか斯様な状況で褒められようとはな……しかし気配も無く我が背を盗るとは、そっちは忍びか」
感心したのは弓術だけではない。喉元に短刀を当てられても尚、落ち着き払った肝の据わり方も中々のものなのだ。
「ほう、勘が良い」
「ふっ……で、何用か?」
「武人が山賊のふりとは気になってな」
「なるほどな」
喉元の短刀をあっさりと仕舞うと、小平太は倒れている弓手を眺めていた。背を向けた小平太に対して弓手の男に動きはない、殺気も無ければ不審な動きすら無い。それどころか、喉元に短刀を突き付けられていた事など気にする事も無く、先に居る山賊共の動きを観察しているのであった。
「ところでお主、小笠原の忍びではあるまい」
「ほう、何故そう思う?」
信濃の南に位置するこの地は小笠原の領地らしい。乱世ゆえ、何処が誰の領地であるか、他国の者には見当がつかないのだ。
「小笠原の忍びであれば、成り行きを最後まで見届け報告するのが使命、斯様な状況で姿を見せる事も無ければ、接触する事も無い、ましてやお主のように口を開く事など有る訳もない」
「なるほど、それは解りやすい」
年の頃は二十代後半だろうか、据わった肝と同様に気持ちの良い面構えの男であった。
「で、他国の忍びが此処で何をしておる」
一瞬、凄味を感じたが、それは刀を抜くと言ったものでは無く、いつでも切り捨てるぞと言わんばかりの気迫のみである。
「国へ帰る道中だが、山賊が出たようだから懲らしめてやろうと思ってな」
男は振り返って小平太を見れば、口元を弛めて笑顔を見せた。
「なるほど、偽りではなさそうだ。しかし、これだけの人数をたった一人で相手するつもりだったのか?」
「それは、お前さんもだろ?」
「やらねば、村が窮地となる、ならばこうする以外に策は無かった」
この男が山賊の行動を観察していたのは、今後の出方を思案していたに違いない、何せ一人で戦うとなれば綿密な作戦が必要となる。
「なるほど」
頷きつつ、死んだ者の長弓を手に取ると小平太はそれを眺めていた。
「それがどうかしたか?」
「山賊如きが持つに不相応、しかも皆同じ弓だ」
「なるほど、察しが良いな、なら少々種を明かそう。これらは金子元より与えられたもの」
「山賊に金子元とな」
金子元が居て指示通りに動いているのだから、それは金品が目的とは考え難い。狙いは他にあると見て間違いはない。
となれば、賊の狙いは何なのか、敢えてこの山村を襲ったのだから、それは木材の存在、もしくは地の利である可能性が高い。しかし木材が狙いとすれば、山賊如きでは一時的には奪えても、すぐさま形勢逆転となるのは目に見えている。ならば地の利だろうか。
小平太にはまるで土地勘が無いから知る由も無いのだが、その可能性は非常に高い。賊が占拠した事を理由に兵を挙げる事は、何も不自然ではないのだ。ならば、この山村を拠点に何か事を起こす可能性がある。
そうなれば、まさに今滞在中となる小平太とすずにとっては、かなりの厄介事となろう。大騒動の真っただ中に居れば、無事にこの山村から出られる可能性は極端に低くなるのだ。
故に、本来であれば巻き込まれぬよう、急ぎ此処を離れなければならないのだが、すずが居る上にこの天候となれば、それは叶わない。ならば取り敢えずは山賊を追い払うか始末して、挙兵が叶わぬようにするしか難を逃れる手は無い。
「で、これよりどう出る」
「とりあえずはこの村より撤退させる、数人を射り、大将さえ怪我を負ったとあれば引き返すに違いない、作戦を練り直している間に奴らの狙いを探る」
それは小平太にとっても都合の良い筋書きである。
「そうか、ならば手伝うか」
「ほう、それは心強い……念の為、先に行っておくが、奴らを撤退させるが目的ぞ」
「あぁ、解っている、俺はお前さんに疑いが及ばぬように、奴らにこの姿を晒してやろう」
「それは有難い」
「向こうも始まった様だ、参ろう」
「うむ」
山師と対峙していた二人が相次いで倒れれば、山賊たちは挙動を乱し周囲を警戒した。小平太は己の姿を晒しつつ、山賊たちを分散させ、槍を持った兵を二人射った。
間もなく小平太の合図を受け、弓手の男が大将の顎と腕を射れば、山賊共は更に混乱し、大将を抱え敗走を始めたのである。
「忍びにしておくには惜しい程に良い腕だな」
それは小平太が最初にこの男に言った言葉である。
「お前さん堅苦しい武人にしては面白いな。仕方ない、他国の事ゆえ関わらないと決めていたが、一つ思う事を言っておこう」
「ん?」
「山賊どもが狙い、木材とは考え難い、ならば地の利と言う可能性もある」
「地の利……か……」
「山賊どもがこの村を襲ったとして、制圧に入るのは何処の家の者か」
男からは笑顔が消え厳しい表情となった。
「……鈴川が何か企んでいるのか……? しかし一体何を……」
「何か大事が隠れているかも知れぬぞ」
「儂には見当も付かぬ、先ずは急ぎ殿に報告致そう」
「それが良い」
「お主と出会えた事、生涯忘れまいぞ」
「それは光栄だ」
男は三張の長弓を背に掛けると、礼を言い走り去った。間もなく案じていた通り雨粒が落ちてきたかと思えば、瞬く間に本降りとなり、宿所に戻る頃には小袖がすっかり濡れていた。
「一体何の騒ぎだったんだ?」
「山賊だ」
「物騒が続くだな……やっつけただか?」
「いや、今回は訳があって敢えて逃がした」
「んだか」
間もなくして薄暗い朝がやって来れば、小平太は火を焚き朝餉の容易である。すずは木影に身を隠していた事で、冷えた身体を温めるのだと、温泉に浸かりに行ったところである。
「だあぁぁぁあぁぁ熱っちぃぃぃ!」
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