よいこ、わるいこ、あくまのこ

仮面乃音子

第1話

 友達を作るのは苦手だって話をすると、いつだって意外がられる。

 話の中心にいることが多い。

 からっとして明るい。

 悩みとかも嫌がらずに聞いてくれる。

 人の良いところを見つけるのが上手。

 かつてわたしの友達だった女子たちは概ねそんなところを褒めてくれたし、モトコと一緒にいるのは楽しいと言ってフォローしてくれた。

 勉強や運動、ルックスといったスペック面は一切評価されないのがわたしらしい。実際のところ何をとっても平凡で、誇れるものは一つもない。背だって低いし、出て欲しいところは出てくれないし、わたしを可愛いと言ってくれるのは両親だけだ。子供を可愛いと言うのは親の義務みたいなものだから、実質わたしを可愛いと思っている人は誰もいないということだ。

 一人だけ、正義感が強いと褒めてくれた子もいたかな。とはいっても大したことをしたわけじゃない。拾ったものを交番に届けるとか、足が悪そうな人がいたら席を譲るとか、あとはその子にわざとぶつかって来た大人に、謝れってしつこく追いかけ回したことはあったけど、良い大人のくせに馬鹿なことをしたんだから、詫びの一言くらい入れろっていう話だった。

 結局そいつには逃げられて、申し訳ない気持ちで一杯だったわたしに、その子が言ってくれたんだ。

 でもさ、後になって考えたら本当にやるべきは真っ先にその子に駆け寄って、怪我を心配することだったんだよね。

 単純に転んだだけでも打ちどころが悪いと酷いことになる。実際にわたしは小三の頃、猫の真似をして塀の上を四つん這いで歩いていたらうっかり落ちてしまい、転んだ拍子に足を折ってしまった。幸いにしてその子は膝を軽く擦りむいたくらいだったけど。

 肝心なとき、肝心なことができないんだろうね、わたしって。その子とも学年が変わってクラスが別になったらちっとも話さなくなった。

 彼女だけじゃなくいつだってそう。学年が変わると人間関係がリセットされる。わたしは別にリセット症候群なんかじゃないし、むしろ長い付き合いのできる友達を望んでいる。それなのにいつだって、うまくいかない。わたしは縁というものにほとほと見放されているのかもしれない。

 寝不足だといよいよ舌が回らなくなるかもしれないから、スマホを置いていつもより早く横になったけど、不安と緊張でなかなか寝付けず、大丈夫今度こそ大丈夫と羊代わりに心の中で何十回と唱えているうちにようやく眠ることができた。



 一晩かけて弱気を振り払おうとしたわたしを打ちのめす事実が掲示板に貼り出されていた。同じクラスに中学の友達が一人もいなかったのだ。

 新しい環境で今度も友達ができるのか気が気ではなく、入学式のあれこれはほとんど頭の中に入って来なかった。気がついたら式は終わっており、わたしは軽く肩を叩かれ、大袈裟に体を震わせてしまった。

 慌てて振り返ると、びっくりするくらい綺麗な女子が立っており、喉の奥から心臓が飛び出しそうになった。

 優雅という言葉が人の姿をしている、なんて形容も大袈裟じゃないと思った。二世代くらいデザインの古い制服も、彼女が着たらとてもお洒落に見える。体が細くてわたしより出てないんだけど、本当に美しいものには余計な装飾が必要ないんだなと思い知らされた。

「入学式から居眠りとは勇ましいのね」

 するりと耳に染みる鮮やかな声だった。わたしは反射的に頷きかけ、慌てて首を横に振った。

「わたし、寝てたわけじゃ……」

「分かってる、さっきのは軽い冗談」

 女の人はくつくつと可笑しそうに笑う。わたしは耳の下が少し熱くなるのを感じた。

「これからの高校生活のこととか考えてた?」

 あっさりと言い当てられ、彼女は心を読めるのかと思ったけど、よく考えたら入学式の最中に悩むことなんて限られている。

「高校生になったら中学の頃よりもきちんと行動しなくちゃいけないのかな、とか」

 友達が作れるだろうか、とは口にしなかった。なんだか催促しているように取られたら嫌だと思ったから。

「ふぅん、きちんと考えてるんだ。わたしは新しい学校でどんな楽しいことがあるんだろうとわくわくしていただけなのに」

 あなたなら何もしなくても相手の方から寄ってくるし、友達だって選び放題……なんて浅ましい考えが浮かび、慌てて頭の中から追い払う。

「みんなそうだと思うよ。わたしが考え過ぎてるだけ」

「そうかな? 大人って感じするよ」

 そう言って彼女はわたしの顔をじっと見る。なんだか気恥ずかしくなって視線を逸らすと、眼前の彼女とは方向性の全く違う美人が二人、わたしたちの様子をうかがっていた。

 鏡写しのようなそっくりの双子で、髪の毛も体つきもふわふわ。甘い匂いがするんだろうなって、一目で分かるような可愛さだった。一人でも強烈なのにほぼ同じ姿でもう一人いるんだから、迫力があるとかそういうレベルじゃない。ついさっき、本当に綺麗なものは余計な装飾がなくても良いと考えたばかりなのに、その反証がこんなにもすぐ近くにいて、なんだか混乱しそうだった。

 わたしたちが見ていることに気付くと、双子はそそくさと離れていった。

「あの子たち、あなたと友達になりたかったのよ。わたしのほうが一足早かったけど」

「そうかな、凄い顔で睨んでいるように見えたけど」

 わたしに敵意があるのかと錯覚するほどだった。今日が初対面なのだから嫌われる筋合いなんてないと思うけど、入学式をぼんやりと過ごしていたのが気に入らなかったのだろうか。

 いや、それよりももっと大事なことがあった。

「一足早かったって、どういうこと?」

「もちろん、言葉通りよ」

 そう言って、彼女はわたしの耳に口を近付ける。

「わたしは加藤かとうメグミって言うの、これからよろしくね」

「えっと……わたしは草那くさなモトコ。こちらこそ、どうぞよろしくってことで良いのかな?」

「当然じゃない、同じクラスなのだから」

 友達になる絶好のチャンスなのに、気の利いた言葉が出てこない。加藤さんが綺麗で物怖じしたというのもあるけど、こんなにも早くチャンスが巡ってくるとは想定していなかったからアドリブがきかなかったのだ。

 口ごもるわたしの背を、彼女=加藤さんは軽く押す仕草をする。

「教室に向かいましょう。予定表通りなら入学式が終わってすぐ、オリエンテーションよ」

「そうだね、遅刻しちゃう」

 わたしは椅子から立ち上がると保護者席にちらりと目を寄せ、端のほうに座っている父を首尾良く見つけると軽く手を振る。向こうのほうでは気付いていないらしく、式は終わっているのに背筋をぴんと伸ばしているのがなんともおかしい。

 わたしの上がり症はきっと父に似たんだな、と思った。



 クラス替え直後は出席順に座るから、加藤さんとは割と近くになるだろうなと分かっていたけど、隣とは思っていなかった。か行の苗字は多いから間に一人か二人は挟まると諦めていたのだ。

 そんなことを考えながら教室をぐるりと見渡せば、あのふわふわな双子が少し離れた所で揃って座っており、わたしをじっと見ていた。やけに真剣な表情で、わたしに気分を害されたことがあると主張しているみたいだ。

 慌てて目を逸らし、それ以外の生徒も一通りチェックする。加藤さんや双子みたいな子ばかりだったらどうしようかと思ったけど、上振れはそこで打ち止めだった。一学年に一人いるかいないかレベルの美人が同じクラスに三人もいるというだけで十分にレアなんだけど。

 クラスを観察している間に休憩時間が終わり、担任が教室に入ってきた。

 髪を薄く茶に染めた穏やかそうな女性で、教室のがやがやを静かにさせた時以外は口調も表情も柔らかく、やることはテキパキとして、軽く挟まれた雑談も面白く、何よりも話の分かりそうな人だった。中三の時の教師は良くも悪くも厳格で、生徒のことは自分が一番分かっていると言いたげな人だったから苦手意識があって、だから思わずほっとしてしまった。

 本当はもっと家から近い高校があって、制服も今風でかわいいからそちらに通いたかったけど、その先生が『草那は頑張りが効く子だし、もう一つ上にも届くはずだ』と言い張って、今日から通い出したこの高校を受けさせたのだ。実際に合格したから見立ては正しかったし、良い所に受かったのだからそちらを選ぼうって話になったけど、制服がかわいい高校に進んだ友達も何人かいた。

 今更なんだけど、こうしてクラスメイトと教室の中にいると胃がキリキリしてくる。みんな平気そうな顔をしてるけど、上手く友達を作る自信があるんだろうか。

 そんなことを考えているうちに先生の話が終わり、自己紹介という試練の時がやってきた。

 自分を簡潔に、控えめに、そして少しだけ面白く説明する。たったそれだけのことが実に難しい。小学生の頃はもっと無邪気に自分のことを話せていたけど、中学に入ってからはいつも予行演習をしてから臨んでいる。今日だって文章を何度も練り直し、すらすらと言えるようにきちんと覚えた。

 だから大丈夫と心の中に言い聞かせ、皆の自己紹介にもじっと耳を傾ける。ここで得られる情報が今後を左右することだってあるからだ。

 かつては他人の自己紹介なんて軽く流していたけど、中一の時に一度やらかしかけてからは重視するようになった。SNSにしてもそうだけど、自己紹介というのはなかなか侮れない。ものの好悪、得手不得手を軽くでも把握しておき、地雷に触れないよう気をつければ人間関係を良好に保つ一助となる。

 あの双子はそれぞれ石硯いすずりヒカゲ、ヒナタという名前で、自己紹介は実に素っ気なかった。柔らかそうな外見とは裏腹に媚びを売るような言動はなく、そして終わるとわたしを睨みつけてくる。あの二人に嫌われているのはどうやら確定らしく、これからの学校生活に陰がさすような気持ちだった。二人ほどの美人がわたしへの不信を露わにしたら、同じグループでないにしても声をかけたり誘ったりするのははばかられるだろう。わたしは何の取り柄もメリットもない、普通の女の子なのだから。

 動揺を隠しながら自己紹介を目と耳で追い、一つ前までやってくる。加藤さんが立ち上がるとそれだけでどよめきのような視線が注がれた。

「加藤メグミです。趣味は走ることと飛ぶことです。よろしくお願いします」

 あの双子と同じで実に簡潔な自己紹介だった。美人はそれだけで自分を紹介しているようなものだから、言葉を重ねる必要がないということだろうか。

 続けてわたしが席を立つ。加藤さんに集まっていた注目がわたしに向けられることはなく、現実を容赦なくつきつけられた形だった。

「草那モトコです。趣味は映画鑑賞で、恋愛ドラマとホラーが好きです。現在、倍速視聴の練習中ですが、なかなか難しくて苦戦しています。これから一年間、よろしくお願いします」

 練習通り噛まずに言うことができてほっとする。加藤さんはそっと振り向いて僅かに笑み、双子に視線を向ければやはり睨まれていた。

 それから十五分ほどかけて自己紹介の時間が終わった。高校生ともなればみな弁えるのか、悪目立ちして顰蹙を買うような生徒はいなかった。軽く滑った人はいたけど。

 担任はこれからの高校生活に必要なことを一通り説明し、慣れないことが多いと思うけど、みんなそうだったから少しずつ馴染んでいけば良いと、最後に励ましてくれた。

 室内でのオリエンテーションが終わると教室がざわめき始める。これから体育館に移り、各部活のプレゼンテーションが行われる予定となっている。中学の時と違って必須ではないし、何かの部活動に入るつもりはなかった。放課後の時間は趣味の準備に使いたかったから。

 わたしにとっては全く意味のないことだが、どこの部活に入ろうかなんて話題で室内は早速盛り上がっていた。

 若干の後ろめたさを持て余していると、加藤さんが声をかけてくる。

「草那さんって、部活に入る予定はあるの?」

「ううん、部活には入らない。他にやりたいことがあるから」

「部活以外でやりたいことって、もしかして将来の夢のためとか?」

「そういうコーショーなやつじゃないって」

 公言するのがはばかられて思わずお茶を濁す。隠しごとをされたら気を悪くするかなと思ったけど、加藤さんは柔らかく微笑むだけだった。

「加藤さんこそ部活に入るの? 走ることと飛ぶことが好きって言ってたけど、バレーとかバスケとか?」

 身長が高い彼女に似合いそうだと思ったが、加藤さんは首を横に振った。

「まだ決めてなくて。運動部が良いかなと、少し考えてるくらいで」

「だったらバレー部にしない? わたしも入ろうと思ってるんだけど」

 加藤さんが迷う素振りを見せていると、後ろの席の久保くぼさんが声をかける。運動が得意そうな溌剌とした女子で、趣味は体を動かすことと言っていた。

「折角のお誘いだけど、プレゼンテーションを見てから決めたいと考えてるの」

「そう、残念。加藤さんって背が高いし、バレーが向いてそうなんだけど」

 二人はわたし越しに会話を始め、間に挟まれたわたしは心持ち身を縮こまらせる。久保さんはわたしを邪魔そうにしていて、なるべく視界に入らないように心がけているようだった。三人ではなく、加藤さんとだけ話したいというのは会話の内容からもよく分かる。

 加藤さんはわたしにも話を振ってくれたけど、そのことが久保さんは不満そうだ。あまりにも露骨で息が苦しくなる。こんな横からかっさらうようなやり方を、わたしは今まで経験したことがない。

 誰の目も引く美人だからみんな加藤さんと友達になりたがるし、他の人には友達になって欲しくないのだ。できるだけ独占できたほうがステータスになるから。

 そんな考えを慌てて頭から追い払う。わたしの恨みがましさ、冥さを他の人も同じように抱えていると思うなんて傲慢にもほどがあるし、久保さんはわたしのそういうところを見抜いて嫌がっているのかもしれない。

 石硯さんの席をちらと見たが、どこにもいなかった。あの双子もわたしにきつい視線を寄せてくるし、わたしの何かしらを不快に覚えたのかもしれない。

 わたしは嫌な子、本当は付き合いたくない子なのだろうか。これまで友達になってくれた子たちに訊いてみたいという思いがふっと生まれ、泡のように弾けて消える。みんながわたしのことを本当は疎んでいたとしたらどうすれば良いのか、思い浮かばなかったからだ。

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