人ぎらいの毒舌少女、今日も正義を振りかざす
知脳りむ
1章 いじめ
第1話 神島は疑問に思う
ようやっと事態の異様さに気づいてきた人もいるようだが、まだ呑気に学校生活を暮らしている人もいる。もしくは、気づいていないフリをしているだけかもしれない。
まあ気づいているにしろいないにしろ、正直考えるだけ無駄なことには違いないのだが。
きっとこの人たちは気づいていたところで行動なんて起こさない。例えば群衆の中で一人の人が倒れていたとして、駆け寄って助けようとする人よりも心配そうな目線を向けつつ素通りする人の方が多いように。
「ねーねー、神島さんは白谷のことどう思う?」
そんな感じで昼休みの真っ只中、教室の騒がしいムードから避難するように朝コンビニで買ってきたカツ丼を一人黙々と頬張っていたというのに、まだなんだったか名前を思い出せないクラスメイトの女子が図々しくも話しかけてきた。
人が食事に集中してる時に話しかけてくるんじゃねえ唾がかかるだろ、などという感想を抱きつつ「そんなの知ってるわけないでしょ」ときっぱり言って速攻で会話を終わらせる。女子は私の適当なあしらい方に不満を覚えたかのように顔を
とりあえず私がするべきなのは、彼女のように自分で行動しなければ掴めない答えだとわかりきっているのに無意味に誇張した疑問を立ち上げ騒ぎ立てることではないのは確かである。先程の女子が大人数でギャーギャー騒ぎながら食事をしている群れに戻っていくのを少し横目に見ながら思った。
そもそも、明らかにこんなことを起こした張本人が誰なのかというのは知っているのだから本人に聞けばいいものを、とも思ったが、流石に病院に面会に行くほどの行動力があんなことをしている人間にあるわけないか、と思い直す。
この間、白谷あすかをいじめていた
心労を抱えていたあすかならまだしも、どうしてあやのまで来なくなったのかという疑問が湧くわけだが、その理由は既にある程度分かっている。下校中に事故に遭い足を骨折し、今は入院しているとのことだった。
しかもそのタイミングが少し興味深く、あやのが入院して学校に来なくなったのはあすかが不登校になった一週間前の日と完全に同タイミングなのである。偶然の一致か、それとも何かよからぬ事が意図的に仕組まれたのか。そういうことがあったとなれば、元々日常的にあすかが
しかし私からすればこんな状況は気持ちが悪くて反吐が出そうなほど不快である。もちろんカツ丼でそろそろお腹も満たされてきた頃なのにここで吐いてしまったら勿体無さすぎるので本当に吐くわけはないが。
前触れがあった段階で何もしなかったくせに、実際に事が起きてみればどうしてこんな事が起きたんだろうね、などと偏差値の高い高校に合格した実績があるはずのその頭で全員が全員意味の無さすぎる疑問を作り続けている。本当にどうしようもない。
もちろんそう考えておきながら、私も少なからずこの偶然の一致を疑っている節はある。だが、加えてそこに行動を起こそうという意志が含まれているかどうかは重要な問題であろう。ちなみに私の疑問には含まれている。しかし、この教室にいる有象無象どものほとんどが浮かべている疑問には多分含まれていないのだろう。
とりあえずだ。もし本当に今回のことが偶然の出来事ならばいい。それならそれで、私はあすかの不登校に関する対応だけで済む。しかしもしも何らかのトラブルがあったのなら、話は違ってくるはずだ。
何らかのトラブル、があったのかもしれないなどと考えるのは正直フィクションの話に毒された夢見がちな人間の
そして、それを知る手がかりを得るための一番手っ取り早い方法は二人の言い分を聞きに行くことである。一週間前の下校中、あすかはどのようにして帰路についたか。あやのはどのようにして事故に遭ったのか。本人たちに会いに行き、直接話を訊くのだ。
カツ丼を食べ終え、ふうっと息を吐く。それから眼鏡をいったん外し、ぼやけた視界の中で見える手に持った赤いフレームのそれを凝視した。考え事に集中したい時、私がよくする癖である。多分うーんと唸ったり目をつぶったりするのと同じようなものだ。
会いに行くとして、どのように話を聞き出すべきだろうか? その点がやはり私にとっての問題だ。
二年生に進級してからまだ一ヶ月ほどしか経っておらず、加えて私は一年生の時、あすかともあやのとも違うクラスだった。だから彼女らと接する機会は極端に少なく、関係性なども築けているわけがない。そんなあまり親しくない状況で、例えば事故の詳細なんかを聞いたりしたらきっとあやのは私を不審に思ったりして話をしてくれない気がした。聞き出すためにはかなり上手く話を誘導する必要があるかもしれない。
しかしそれを考えると逆に、あすかにとっては私が不審がられない理由になるかもしれないとも思った。
あやのにいじめを受けている彼女という存在をつい一ヶ月前頃まで知らなかった私は、彼女と彼女の受けているいじめのことを一年も前から知っている人間に比べればあまり警戒はされないだろう。それに彼女のような気弱なタイプであれば、同情したりしながら押し付けがましく話を聞いてあげるなどと言えば、聞き出すことが容易なようにも思える。あやののような図太く横柄な態度と比べればすごく楽そうだ。
私は眼鏡をかけ直し、鮮明になった視界で、隣の席の机を眺める。そこはあすかの席。
そこに書かれていたほとんどの落書きは既に消されている。ただ端に小さく書いているせいで『泥棒女』という文字列だけが残っていた。それを視界の端に捉えながら、私はまず今日、あすかの家に訪問することを決めた。
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